82.ダイエットは楽しく
そこからはもう、あっという間だった。
クラス3全国選手権の最終戦を優勝で飾り、参戦1年目のルーキーながら年間チャンピオンとなった俺は、めでたくクラス2のレースに出場する資格が手に入った。
もちろん他の道を辿ってステップアップするドライバーも多くいるが、こうも綺麗に階段を登れるのは気持ち良い。
さて来年からはどうしようかと悩んでいたら、おっちゃんから「必要なことはこっちでやっとくからとりあえず車いじっとけ」と言われ、現在に至る。
なんとなく不安がないわけでもないが、ちまちました手続きや書類仕事を引き受けてくれたのは助かった。
クラス2のレースに出場するマシンは、基本的には車検にさえ通っていれば問題なし。つまり改造の自由度が一気に高まるということだ。
法律の範囲内なら何をしてもOKということで、俺もぼーっとしてはいられない。
チューニングもここまで来ると、もはやアイディア勝負である。
とりあえず何が何でもフェアレディZを壊すわけにはいかないので、エンジンにはあまり手を入れずに軽量化で攻めるつもりだ。
まず、現在のエンジンパワーは483馬力。といってもこれはシーズン前に計測した値なので、度重なる過酷な戦いにより多少はパワーダウンしているだろう。
これを分解・洗浄・組み直し、つまりオーバーホールする。
そして燃調などの制御をほんの少しいじれば、日本で走っていた頃の500馬力オーバーまで復活するはずだ。
だがおそらく、そこがVQ37VHR型エンジンの限界だろう。
純正では330馬力程度のこのエンジンを隅から隅までチューンして、さらにスーパーチャージャーという過給機まで装着した。
これ以上は耐えられない――――耐えられなかった。
もう無理はさせないからな。
それはともかくとして、今俺とZは限界ギリギリの軽量化に挑んでいる最中である。
ただ単に車検に通る最低限のパーツを残してそれ以外を取り外せばいいのだが、これがなかなか難しい。
まあこの世界の統一車検規格は日本より緩いから、その分自由度は広がっているが。
まず外装。
ボンネットは軽いカーボン製のものに交換していたが、フェンダーなど他のボディーパネルまで可能な限り軽くしたい。
――――とここで問題になる点が一つある。
そもそもフェアレディZ用のパーツが、この世界には売っていないのだ。
日本にはいっぱいあったんだけどな……こんなことなら買い溜めして持ってくればよかった。
嘆いても仕方がないので、市販品のオーバーフェンダーを加工して装着する。
その前にまずはオーバーフェンダーについて説明しなくては。
フェンダーというのはボディーのうち、タイヤをカバーしている部分のことだ。
これの幅を左右に広くとることで、右タイヤと左タイヤの間であるトレッドが広くなる。そうすると車の運動性能が良くなるというわけだ。
車の雰囲気も一気にガラッと変わった。
あとは、フロントガラスをアクリル製に。
内装の軽量化にも妥協はしない。
まず助手席を外す。街乗りには必須だが、レースになれば邪魔以外の何者でもない。
あとスペアタイヤとジャッキを降ろして、エアコンもお役御免だ。
内張りももちろん外す。遮音材・断熱材も不要だ。
足回りの軽量化は特に重要視される。
『バネ下1kgの軽量化は、バネ上15kgの軽量化に相当する』なんて言葉もあるぐらいだ。
バネというのは言わずもがな、タイヤとボディーを繋ぐサスペンションのこと。
ADVANのアルミホイールから、圧倒的に軽いマグネシウム合金のホイールに交換する。
やはり5本スポークが俺のフェアレディZにはよく似合う。
にしても日本で使っていたパーツがどんどん異世界のパーツに替わっていくのは、複雑な気持ちだ。
いつかテセウスの船になってしまわないだろうか?
とまあ軽量化はこんなもんだが、ただ闇雲に軽くすればいいということはない。
フェアレディZはエンジンが重くフロントヘビーの傾向があるので、その重量バランスも考える必要がある。
また、車を軽くしたら当然安定性も失われる。
クラス2にステップアップしてレーススピードが跳ね上がるから、空力により高速域でタイヤの接地感が増すエアロパーツも必須だ。
一応今までもエアロパーツは付けていたが、肝心のリアウィングは小さめなダックテールと呼ばれる種類のものだった。
ダックテールはその名の通りアヒルの尾みたいな形をしていて、かなりデザインの好みが分かれる。
個人的には大好きなのだが、絶対的なダウンフォースの量が必要な現状では仕方がない。
苦渋の決断だがダックテールには引退してもらおう。
代わりに導入するのは、高剛性・軽量なカーボンファイバー製の大型リアウィングだ。
といっても、よくある形のGTウィングではなく――――なんて言ったらいいのだろうか。
スバルインプレッサの純正ウィングみたいな形をした、あれ。
まあこんな例えをしたところで、この世界の住人たちが揃って首を傾げることは百も承知だが。
*数週間後*
「なあ、来週末のフェスティバル、行くんだろ?」
作業もあらかた終わり、店でうとうとしていたら、おっちゃんに声をかけられた。
フェスティバル……もうそんな時期か。
「ゲメント・フェスティバル・オブ・スピードだよね? もちろん行くよ。……てかおっちゃんも行くんじゃないの?」
たしか半年ぐらい前にその話をしたときは、エルマと三人で行くってことになっていたはずだが。
「行きたいのは山々だったんだがな……運悪いことに、海外へ行く予定ができたんだ」
「……は? 海外!?」
予想もしなかった情報に混乱する。
そもそも海外に行くならもっと先に言ってくれればよかったのだが。
「おう。出発は明後日だ。行くのは俺一人だから、しばらくは留守を任せることになるな」
「明後日って……」
なおさら早く言え。と心の中で抗議した。
「急で悪いな。エルマと二人で楽しんできてくれ」
ゲメント・フェスティバル・オブ・スピードは、年に一度ゲメント山で開催される国内最大のカーイベントだ。
ジルペイン国のみならず世界各国からレーシングカーや自動車メーカーが集結し、毎年多くの車好きで賑わっている。
ゲメント峠の中腹あたりに特設された会場には、古き良き名車や超高級スーパーカーなどから最新型のコンセプトカーまで、普段は目にすることのできない様々な車が展示される。
また、パーツショップや専門誌の書店なども出店し、オークションもあるらしい。
そしてフェスティバル最大の目玉となるのが、誰でも参加可能の一騎打ちレース。
特設会場をスタートして峠をぐるっと回る1周4km弱のコースを使い、1vs1のバトルが次から次へと行われる。
それによって、エンジン形式別で最速の称号を手にしたチューニングカー4台である四迅も決まる。
エンジン形式別の称号というのは、“ターボの玄武”、“ロータリーの青龍”、“スーパーチャージャーの朱雀”、“自然吸気の白虎”の四つ。
一年ごとに移り変わるその称号を今年は誰が手にするのか。
観客の熱狂は計り知れない。




