54.所属という証明
*数日後*
先日、南西ブロックの第1戦を観客席で見届けた俺は、走行欲が湧き上がっていた。
レースはまさに圧巻の一言。
あれほど白熱した勝負が今まであっただろうか。
あんなものを間近で見せられれば、こっちだってサーキットかどこかを走りたくなってくるというものだ。
しかしエントリーもしていないのに真昼間からサーキットを走りこむのは気が引ける。
そこで首都高に通おうと決めた。
「行ってきまーす」
「気を付けてな」
深夜10時ごろ、寝ているエルマを起こさないように気を使いながら俺はガレージを出た。
この前ナンパした奴とバトルした後に聞いたのだが、ここでは走り屋たちが毎日のようにバトルを行っているらしい。
それは俺にとって好都合だった。
相手はいくらでもいるということになる。
しばらくZを走らせて、走り屋の溜まり場となっているパーキングエリアに到着した。
以前もそうだったが、駐車している改造車の多いこと多いこと。
なるべく目立たないような場所に駐車したつもりだったが、車を降りてすぐ誰かに話しかけられてしまった。
「君、噂の500馬力だろう? バッチリ見ていたさ」
覚え方が馬力なのは若干癪に障るが、振り返って見上げたところに彼の顔はなかった。
今は深夜だが暗闇のせいではない。
彼は仮面を被っていた。
仮面といっても顔全体が隠れているわけではないので、表情は微かに見て取れる。
俺ってそこまで噂になるようなことしたか?
「んー、人違いじゃないですか?」
とりあえず切り抜けようとするが、仮面の男は確信していたらしい。
「自己紹介がまだだったな、すまない。俺の名は……幽霊。よろしく、ふっ」
幽霊と名乗る彼は仮面の下に笑みを浮かべていた。
しかし、幽霊? 通り名か何かだろうか?
「君はいつから首都高を走っているんだ?」
「え? あぁえっと、今日が2回目です」
「ということは前のバトルが初めてだった、と?」
「そうですね」
「ふっ、なかなかいいセンスだ。よければ俺のチームに案内してやろうか?」
チーム……そういえばナンパの奴が、走り屋チームのリーダーだとかほざいてたな。
やはりここではチームを組むのが基本なのだろうか?
「ぜひお願いします」
して連れてこられた先には、やはり改造車が並べられている。
全車フロントガラスの端に貼られているステッカーはチームの証だろう。
「ここが俺のチーム、エヴァーミタだ。ふっ」
幽霊が案内したパーキングエリアの一角、そこで話をしていた人たちは幽霊の姿に気付くと一礼した。
「どうだ500馬力よ。エヴァーミタに入る気はないか?」
「あの、500馬力って呼ぶのやめてもらえますか」
「別にいいが、他に呼び名がない」
ごもっともだ。俺は名乗ってないし。
だがそれには理由があって、下手に話が広がっても困るのだ。
俺はただドライビングテクニック追求のために走りに来てるし。
「……あと、誘いは嬉しいですけど遠慮します」
「ということは、他のチームに入るつもりか? それともソロで走るつもりか?」
「当分はソロで走ろうかと」
そもそも俺はムダに人間関係を広くしたくないので、ソロでも何ら問題はない。
というかチームに貢献できるほどの器でもない。
「ふっ、そうか……そう言うなら仕方がない。好きにすればいい」
とりあえずは一人で首都高を走っていくことにしよう。
にしても幽霊、事あるごとに『ふっ』の一言を欠かさないな。
「だが、気が変わったら教えてくれよ。エヴァーミタに来るならいつでも歓迎するさ、ふっ」
「ありがとうございます。ふっ」
「それ俺の」
車を停めたところに戻り、自動販売機でコーヒーを買った。
俺がそれを飲んでいる間にも何台かの車がパーキングエリアを出て行き、また何台かの車がパーキングエリアに入ってきた。
茂みから出てきた野良犬もそれを見守っている。
深夜の街を照らすライト――――
「あああああぁぁぁぁっ!!!」
え、何?
声がした隣を見ると、炭酸飲料の缶が噴出……ウラク。
どうしてウラクがここにいるのかは置いといて。
「炭酸を自販機で買ったらすぐには開けるなって何回言えば……」
「うるっせぇな、んなこと分かって……あれ、レイ!?」
向こうもこちらに気付いたようだ。
「久しぶり。ウラクも走りに来たの?」
「ああ、っても最近初めて来たんだけどよ」
「俺も。どっかチームには入ってる?」
「いや、ソロだ」
「だと思った」
俺があることを閃く。
「せっかくだし二人だけでチーム組まない?」
「ハハハ、いいんじゃねえの? あんまメリットはなさそうだけどな」
「とりあえずどっかチーム入っとけみたいな風潮あるじゃん」
ある意味、走り屋チームに所属していること自体が実力の証明みたいなものだろう。
ソロが冷遇されていたとしても不思議ではない。
「じゃあ、決まりだ。これからよろしくな」
「よろしく」
ひっそりと首都高を攻め続ける、たった二人だけの走り屋チーム。
パーキングエリアの街灯が俺たちを照らしていた。




