51.慣らしドライブ旅行記
*翌日*
「ふぁぁ、おはよう……」
眠気をこらえながら朝早くにガレージを訪れ、Zの最終確認をしようとした俺だが。
「おはよう!」
なぜか朝から元気なエルマが、すでに待機していた。
「じゃあさっそく出発?」
いくらなんでも早すぎる。
せめてもう少し時間が欲しい。
「ちょ、ちょっと待って」
「んー分かった」
慣らしを1000kmで終わらせるとすれば、片道500kmだ。
オイル交換は行った先ですればいいとして。
どこへ行こう?
ここから500km圏内というと……南の方に海の見える灯台があったはず。
今日はそこを目指すとしよう。
道中で美味しい物でも食べながら。
さて交換用のオイルを積んで、と。
「OK、待たせてごめん。行こう」
「はいはーい!」
俺とエルマはZに乗り込んだ。
思えばこのフェアレディZに他人を乗せるのはいつぶりだろう?
隣に乗ったことがあるのは兄貴ぐらいで助手席は滅多に使わなかったが、念のために取り外さないでおいた。
まさか異世界で使うことになるなんて、夢にも思わなかっただろう。
それはともかく、エンジンをかける。
ゴオオオォォォという美しい低音がガレージに響いた。
「出発!」
妙にハイテンションなエルマとともに、俺はおっちゃんに手を振った。
「いってきまーす」
「おう、楽しんでこいよ」
朝日が照らす早朝のガレージから、太陽に負けず劣らず赤い色のフェアレディZが飛び立った。
*数十分後*
「ねぇ、どこに向かうつもりなの?」
「ここから高架道路に乗って南へ走り、ラメール灯台を目指す」
「ラメール灯台……ずっと行きたいと思ってたんだ」
「そうなんだ。初耳」
運転席と助手席の間にあるセンターコンソールのカップホルダーには、さっき立ち寄ったスムージー屋でエルマが買ったスムージーのコップが入っている。
誰かが隣にいるという、この感覚が新鮮だ。
シフトチェンジするときにはコップが若干邪魔になるが、気にするほどではない。
そうこうしているうちに、高架道路への入り口に着いた。
「飛ばす? 飛ばしちゃう?」
エルマが目を輝かせて聞いてくる。
知っての通り高架道路には速度制限がないが、そんなに期待されても。
「飛ばさないよ。慣らし運転なんだから、あんまりエンジンを上まで回せない」
「そっか。残念」
高架道路に合流すると、すぐさま白いスポーツカーが俺を追い越していった。
死角から急に抜かれたので車種は分からない。
「うわ、速っ」
慣らし中とはいえ、そこらの一般車を楽々追い越せるほどのスピードで巡行している。
それでも本気で走りこんでいる車には勝てないのだ。
次に会ったら瞬時に抜き返してバックミラーにさえ映させない――なんて考えていると、エルマが話しかけてきた。
「慣らし運転ってどれくらい走るの?」
「500km走ってオイル交換、1000kmでもう一度オイル交換ってとこかな」
「なるほどー」
「エンジンオイルの様子によってはもうちょっと走るかも」
「まだまだ道のりは長いね」
「先を急がず、気楽に走ろう」
ふと思ったのだが、この世界でもZのカーラジオは使えるのだろうか?
物は試しだ。俺はオーディオに手を――
「あっ」「ごめん」
同じタイミングでジュースを取ろうとしたエルマの手とぶつかってしまった。
普段なら気にも留めないことだが、なぜか隣が気になってしまう。
気を取り直してオーディオの電源を入れると、雑音に交じって音楽が聞こえてきた。
どうやらラジオは問題ないらしい。
スピーカーから流れてくるのは甘ったるいラブソングだった。
まだまだ遠い海と同じくらい綺麗な青空の下、俺はZを走らせ続ける。
*数時間後*
「あれ、もう高架降りちゃうの? まだ灯台まで結構かかるよ?」
「分かってる」
事実、俺は最短ルートより2つほど前の出口で高架道路を降りた。
もちろんミスではない。
「せっかく来たんだし、一般道の景色も見たいから」
「あーそういうことね」
トンネルを抜けると、道路の右側は広い広い海になっていた。
青い空に浮かぶ太陽が波を照らし、光がダイヤモンドのように反射している。
「うわぁ、海だ! すごい綺麗……!」
エルマが身を乗り出して、運転席側の窓から海を眺めている。
「今日は天気良いからラッキーだな」
「水平線まで見通せるよ!」
この先は長い橋だ。
ラメール灯台は本土から離れた孤島にあり、海上に伸びる大きな橋が本土と島を結んでいる。
その長さは約10km。
「おー、想像してたより長いな」
視界の最奥まで一直線に待ち構えている橋を前にして、思わず身構える。
橋の上から見渡せる景色は、前後左右360度、海。
「すごい良い眺め……来れてよかった!」
まるで波の上を走っているかのような錯覚を覚えながら、長かった橋もあっという間に渡り終えてしまった。
「もうすぐ着くよ」
緑が美しい自然の孤島をしばらく走り、上り坂を辿って丘を越える。
山なりになっている道の向こう側はまさに絶景だった。
海をバックに優雅な雰囲気のラメール灯台がそびえ立ち、駐車場といくつかの建物を木々草々が囲む。
その景色はまさに天国ここにありといった感じだ。
「いやぁ、やっと着いた……長かった……」
500kmぶっ通しで運転して疲労困憊の俺をよそに。
「うわぁ……広い! 私たち、ラメール灯台に着いたんだ!」
時刻はちょうどお昼時、俺は空腹感を覚えた。
「エルマ、お腹空かない?」
「え? ……言われてみれば」
「だよね。あそこにレストランがあるから、そこでお昼にしようか」
「やったー!」
波の上を吹く潮風が、俺とエルマを歓迎してくれた。




