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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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43.リュードの頭脳戦

 

『4番グリッド! ドライバーはリュード・プレスト、レイナーデ・ウィロー。チーム3!!』


 実況にコールされて、観客席の下級生たちから歓声が上がる。

 今年の卒業式は一段と盛り上がってるようだ。


『5番グリッド! ドライバーは――――』


 俺はひとつ気になることがあって、ルーチェに質問した。


「ルーチェ、無線機の予備ってある?」


「はい? ありますけど……」


「俺に貸してくれないか」


「構いませんよ」


「ありがとう」


 ヘッドセットを受け取って電源を入れ、口を開く。


「俺だ、聞こえるか?」


『レイか』


「ローリングスタートはとにかく前にピッタリ張り付け。離されたら終わりだ。力を抜いて、気楽にいこう」


 レースのスタート方式には、スタンディングスタートとローリングスタートの2種類がある。

 スタンディングスタートは全車がコース上に停止した状態からシグナルの消灯(ブラックアウト)でスタートする。

 対してローリングスタートは走った状態からスタートする。

 今回のレースはローリングスタートだ。


 スタート前にこれだけは伝えておきたかった。

 再び実況の声が入る。


『――――以上、全10台。エンジンスタート!』


 コース上に並ぶ10台のエンジンに、各々火が灯る。


『……ありがとう』


 リュードはそう言って、エンジンをかけた。

 ホームストレート端のポストに立つ校長先生が旗を掲げる。

 その旗が、大きく振り下ろされた。


 そうしてフォーメーションラップが始まった。

 いわばスタート前の助走といったところだ。

 ここからグルっと1周まわり、再びホームストレートに帰ってきてからレースは幕を開ける。




 先生が運転する先導車(セーフティーカー)に続いて、2列の並びを崩さずに10台の車が走行する。

 1周まわってきてセーフティーカーがピットに入った。


 さあ、始まりだ。


 ポストからジルペイン国旗が振られる。


「全開だ! 後ろにピッタリ()け!」


 10台の車が列を崩しながらそれぞれ加速していき――


 サーキットが戦場へと変わった。




 1コーナーは緩い左コーナー。

 アウト側に位置する4番グリッドは若干不利だ。

 だがリュードは上手い具合にアウトで堪えながら加速し、順位を落とさないまま直線を迎えた。


「いいスタートだ。次はほぼ確実にインから抜かれるが、クロスラインで対処していけ」


『わかってる』


 2コーナー、ストレートでインを並走していた車がブレーキングで仕掛けてくるが、俺仕込みのクロスラインで抜き返した。

 しかしあと一歩足りない。


 3コーナーで再びアウトを並走し、4コーナーでインから刺すように抜いた。


「ナイスオーバーテイク。後ろの車は今ので少し姿勢を崩したから、前だけ狙っても大丈夫だ」


 現在3位、前にいるのは2台。

 耐久レースなのだから1周目で焦ってもしょうがない。

 チャンスはあと39周ある。


「シャンテ、状況は?」


「トップ2が争ってて、お互いラインがめちゃくちゃっす」


「よし」


 基本的に、車同士が争ってるときは一人で走ってるときに比べてタイムが落ちる。

 抜くときは相手を避けて無理なラインでコーナーに入るし、ブロックするときは後ろに合わせて理不尽なラインを通らされるのだから当然だ。

 前2台が争ってるということは、ちょっと離れて単独走行してるリュードでも追いつける可能性は十分にある。


「リュード君、前2台が競り合っていますよ。今がチャンスです! プッシュプッシュ!」


 ルーチェも情報を聞いて同じことを考えていたようだ。

 助かる。


『わかった。タイヤを消耗させない程度に攻めていく』


 今日の作戦を念頭に置いてくれると話が早い。

 いくら他車を抜いたとしても、タイヤがズルズルになれば後ろとの差は一瞬で縮まってしまう。




 そうして前の2台を追い始めてから3周が経った。


「差は、あんま縮まってないっすね。1位が2位をじわじわ離してる感じっす」


 そうか……こうなると厄介だ。

 どんどん離されていけば反撃のチャンスを失ってしまう。


「1位と2位のチームは?」


「1位がチーム4、2位がチーム7」


 なるほど。

 もしチーム1の最初のドライバーがウラクなら、とっくに1位へ躍り出ているはずだ。

 ということはあいつも後半でステアリングを握るんだろう。


「リュード君、聞こえますか? 前の2台がじわじわ離れています。タイヤを温存しながら、若干ペースを落としてください」


『了解だ』


 常に全力で走っていたって勝利は掴めない。

 タイヤの限界、車の限界、己を限界を理解した知性的な走りが求められる。

 モータースポーツは高度な頭脳戦。

 そんなことはここにいる誰もが分かった上でレースに臨んでいるのだ。




 そこからしばらくの時間が経ち、レースは20周目――つまり折り返し地点を迎える。

 これを『やっと半分』と考えるか『もう半分』と考えるか。


 リュードは順位をキープしていたが、後ろから来るチーム5に猛追されていた。


「ブロックは構わないが、ペースを上げて逃げ切ろうとはするな。せっかく貯めたタイヤのアドバンテージをここで使うのはもったいない」


『そんなことは分かってるが、こっちにも限界ってものがある』


「お願いです、なんとか耐えてください!」


 ルーチェと俺からのエールを受けて、レースは21周目に突入する。

 ここで上位2台がピットインした。


『今だ! 間に合えっ!』


 リュード、何する気だ?

 俺の疑問は2台がピットアウトした瞬間に晴れた。


『……よし!』


「上手いな。そのままキープだ」


 リュードの車は上位2台を抑えて、先頭を走っていた。

 ピットストップにかかる時間で差を縮め、ギリギリのところで抜かしたのだ。

 このまま抑えつけておけば、こっちのチームがピットインする前に上位2台に逃げられるという可能性が減る。


『向こうはニュータイヤだ、いつまでブロックできるかは分からない。こっちのタイヤにもそろそろ限界が来そうだ』


「あまり無理しないでください。ピットストップの1周前になったら教えてもらえると助かります」


 そろそろドライバー交代、俺の出番が来そうだ。


「俺は準備があるから通信を切る。最後まで気を抜くなよ」


『分かってる。……ありがとう』


 俺はルーチェから借りた予備のヘッドセットを丁寧に返し、準備を始めた。

 グローブのきつい感触が緊張感を高めてくれる。

 ヘルメットをかぶり、あとはルーチェからの指示を待った。




「……了解です。お疲れ様でした。いったん無線を切りますね」


 どうやらついにその時が来たようだ。

 ルーチェがみんなの注目を集めて口を開く。


「みなさん、ピットストップです! 準備してください!」


「腕が鳴るっすよ!」


 全員が頷いて立ち上がった。

 ドライバー交代の俺もなんとか作業に加わるが、それでも割ける人材は5人が限界だ。

 メカニックの二人はガレージの隅からタイヤとレンチを運び、エンジニアの姉弟はタイヤ交換の際に車を浮かせるためのジャッキを持ってきた。


 役割分担は事前に決められている。

 ルーチェが左前タイヤ、ランスが左後タイヤ、エルマが右後タイヤ、シャンテが右前タイヤだ。

 車を浮かせるジャッキは前側がシャンテ、後ろ側は上げるのが俺で降ろすのがリュード。


「来た! みんな、しくじらないでよ……」


 エルマの一言でジャッキを握る手に力が入る。




 視界の奥からピットレーンを真っ直ぐ進んでくる3号車。



 そのヘッドライトが、俺を睨みつけた。







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