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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第一章 空凪澪を終わらせない
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3.前世:3才の雪の日

 次に視界が開けた先には、あたり一面の雪景色が広がっていた。


「こんな雪の日なんてあったっけ……?」


 場所は移動せず3才まで住んでいた家のままだから、時間だけが進んだのだろう。

 閻魔のいう「人生を追体験」の意味がなんとなく分かってきた。


 にしても心に残る違和感が消えないのは、やはり窓の外で世界を白く染める雪の存在のせいだと思う。

 俺はずっと太平洋側に住んでいたから、雪を目にするのはせいぜい両手で数えられるくらいだ。

 3才のころに雪なんて見ていたら、兄貴と大はしゃぎした記憶ぐらい残っていてもいいはずなのに、なぜか俺には雪に関する思い出が見つからなかった。


 とりあえずリビングに向かって当時の自分を見に行くと、3才の俺はテーブルに座って絵を書いていた。

 テーブルの上のコップからは湯気が立ち上るのが見えたので、温かい飲み物でも飲んでいたようだ。

 その姿を見てなぜか安心している21歳の俺がいた。


「これからどうするの?」


 閻魔に聞いてみると、手に持っているノートを見つめて申し訳なさそうに黙り込んでしまった。

 それを不思議に思う暇もなく、突然家に電話がかかってきた。


 母が電話に出たが、受け答えをしている母の顔が不安と焦燥を物語っていた。

 昔の俺が学校で何かやらかしたのか? だとしたら親にとっては聞きたくない内容だろうな――なんてのんきに考える俺の想像は、まだ小さい自分が絵を書いている様子に打ち砕かれる。


 この時の俺はまだ、学校に通っていない(・・・・・・・・・)


 浮かんだまま母を見ている俺の心が一気に不安で締め付けられる。


 そんな俺に追い打ちを掛けるように、母の表情が一変する。

「えっ……?」という儚い希望に縋りつくような困惑の声とともに、母の表情が絶望で歪んでいくのが見えた。


 状況を理解できない俺をよそに、母は幼い俺と兄貴に向かって「今すぐ3人で外出することになったから、急いで支度して」とできるだけ感情を抑えて説明する。


 玄関から出ようとする親子3人を俺も追いかけようとしたとき、不意に閻魔が袖を掴んで引き留めた。

 振り返ると閻魔が涙をこらえながら、「行かないほうが、いいと思う」と小さく呟く。


「どういうこと?」


「いいから行っちゃダメ」


 ますます訳が分からずに混乱する俺の思考が、


 ガシャン!


 と突如響いた衝撃音によって現実に引き戻された。

 驚いて窓の外を見ると、家の目の前の交差点で2台の車が衝突事故を起こしていた。

 おそらくは雪のせいだろう、ここらに住む人は雪なんてほぼ目にしない。俺もその一人だ。


 ついさっき外出した家族は事故に巻き込まれていないかと心配になったが、家の車は父が仕事で使っている。

 確かこの日は出張で、今ごろは高速道路を行ったり来たりしているはずだ。




 あれ、なんでこんなことまで覚えているんだろう……?




 疑問が浮かんだときにはもう遅い。




 俺はすべてを思い出し、理解し、絶望するしかなかった。

























 今日は、雪の日。


 3才の雪の日。


 このあたりでは珍しい雪の日。




 今日は、父親の命日(・・・・・)


























 そうだ。そうだった。

 なぜ今まで思い出せなかったのだろう?

 忘れもしない雪の日。


 父は出張のおかげで仕事が早く終わり、家族の顔を早く見たかった。

 父は早く帰りたかった。


 父はスピード違反ギリギリまで加速していた。

 父は長いトンネルを抜けた。

 高速道路上の長い長いトンネルを。


 トンネルの向こうには、白く冷たい雪が積もった道路の上で列をなす渋滞が存在した。


 最後尾の車が雪と同じ白でなければ、もっと早く気づけたかもしれない。

 ブレーキを遠くから踏めば、止まりきれたかもしれない。

 車線変更が間に合えば、ケガで済んだのかもしれない。




 だが無情にも、現実はそうはいかなかった。




 あの電話は、事故を知らせる電話。

 あの母の表情は、聞きたくなかった知らせを聞いてしまった表情。

 あの雪は、父の乗る車がタイヤを滑らせた雪。






 そう理解したとたん、心を縛られたような途方もない悲しみと同時に、涙があふれてきた。

 涙は止まらなかった。


 嘘だと思いたい。

 嘘であることを祈りたい。


 だが、すべてはもう、3才の時に終わったことなのだ。




 どうしても死んでほしくなかった父への思いが、どうにもできなかった俺の不甲斐なさから来る涙が、止まることはなかった。


「ごめんね……」


 と不意に閻魔が呟く。見ると、彼女も泣いていた。


 閻魔はおそらく、このことを知っていたのだろう。それをあえて黙っていてくれたのだ。


 俺がこの記憶を思い出さないように。


 彼女なりに心遣いをしてくれたのだ。


「そんな、閻魔が謝る必要なんて……」


 と声をかけたが、失った父への涙は止まらなかった。







 涙でぼやけている視界は、雪に紛れて白く溶けていった。




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