36.メカニック学科の生徒
*春*
2コーナー進入。
俺の車のすぐ隣を、ウラクの車が掠める。
「危ねっ、またムチャなラインで突っ込んで……」
アウトへ膨らんでいくウラクを横目に、俺はアクセルを吹かしながらクロスラインで巻き返した。
だが加速力が足りず、まだ鼻先が並びかけたまま並走で3コーナーへ。
今度はアウトとインが逆になり、ウラクが有利になる。
予想通りあいつはここで勝負を決めるつもりだが――
「させねえよ!」
ギリギリのところで粘った。
4コーナー、再びインとアウトが入れ替わる。
ここだ。
俺は限界までブレーキを遅らせ、ウラクの前に出てコーナーを曲がっていく。
ここは脱出に向かってコースのアウト側が広くなっているので、多少なら無理が効く。
「よし、入った」
俺はそのままスムーズに立ち上がっていき、バックミラーに映るウラクに向かって口を開いた。
「まだまだ甘いな」
俺はピットへ車を停め、ヘルメットを脱いで汗を拭った。
「あぁー、やっぱ暑いね。夏も来てないのに」
ウラクが煮え切らない顔で俺を見ていた。
「ん、何?」
「あと1周あれば、俺が勝ってたぜ」
「そんなこと言ってたらいつまでたってもC級止まりになるよ」
「くっ、痛いところを突いてきやがった……」
待ちに待った5年生への進級からしばらく経った朝。
1か月ほど前のテストで俺たちにとって初めての昇格・降格テストが行われ、俺はライセンス交付時のD級からB級へと飛び級した。
ウラク、フィーノはC級へ昇格。
これでまたウラクに敵視される理由が1つ増えたのは言うまでもない。
「ほら授業始まるよ。今日は確かメカニック学科との合同授業だっけ?」
「そうか、お前は前半組か。頑張れよ」
受験以来すっかり忘れていたが、ラ・スルス自動車上級校のモータースポーツ学部には、俺が在籍するレーシングドライバー学科の他にメカニック学科とレースエンジニア学科が存在する。
今回はそのなかのメカニック学科と合同授業らしいが、一体何をするのだろう?
先生からは「楽しいゲーム」としか伝えられなかった。
「お、フィーノも前半か」
「うん」
どうやら実習授業らしく、俺たちはランダムに前半組・後半組へと別れた。
レーシングドライバー学科の生徒20人に対して実習車が10台のため、1人1台必要な授業ではたまにこういうことがある。
にしても今回は午前・午後ではなく、今日と明日の2日間行われるらしい。
結構大がかりな合同授業なんだろうか?
集合場所へ行くと、先生(と先に着いた何人かの生徒)が待っていた。
「あ、来た来た。これで全員揃ったかな?」
また俺たち最後だったのか。集合時間5分前だからあまり悪い気はしないが。
「今回は、セッティング当てテストをします!」
先生が唐突に発表した。
セッティング当てテスト?
馴染みのない言葉が脳内を飛び回る。
「すでにピットのガレージの中では、いつもの実習車が用意されています。何周かサーキットを走って感覚を覚えたら、今度はメカニック学科の生徒にセッティングを変えてもらいます。そしてまた走って、どこを変えたか言い当てる。これを数回繰り返して終わりです」
あー、なるほど。
セッティングというのは、チューニングとはまた違った方法で車を速くする手段だ。
チューニングは車を改造して速くするのに対して、セッティングは状況や環境、車両の状態に合わせてパーツの設定を変えること。
つまり、車を最適化して本来の性能を発揮できるようにすることだ。
これはかなり難しいテストじゃないか?
とりあえず、俺は指定されたガレージへ行って車に乗った。
ゆっくりピットレーンを走り、コースへ一番乗りで合流。
今のうちにしっかり感覚を身につけておかないと、後でどこが変わったか分からなくなる。
いつも乗っているから大体の挙動は覚えているが、今回ばかりはそれら全てをいったん忘れて、1から体に刻みなおそう。
一度先入観を取っ払ってみると、この車の内なるポテンシャルが改めて認識できる。
フロントが軽くて低重心なおかげで、コーナーにスーッと入っていく。
高剛性で軽量なボディを加速させるのには200馬力のエンジンでも十分だ。
むしろこのぐらいのパワーの方が気持ちよく曲がれて、より運転が楽しくなる。
セッティングって、どの程度までいじるんだろう?
主なセッティングと言えば足回りだが、もしかしたらエンジンとかの可能性もないわけではない。
いやでもエンジンのセッティングって……パッと思いつく限りでは燃調ぐらいだ。
ターボをいじる? いや、この車にターボは付いていない。
ECUの最適化ならありそうだが、それってチューニングの域では?
ダウンフォース……ルクスにはエアロパーツの類もない。
さすがに外付けでエアロなんか付けたら、乗らずとも一発でわかるし。
いろいろ考えつつ、走り終えた俺はピットへ戻った。
そういえばメカニック学科の生徒が待ってるんだっけ?
初対面の人と会うのは久しぶりだ。
俺が乗る4号車が入っていたガレージに停め、バックで慎重に駐車する。
バックミラーに人影がちらついたが、顔までは見えなかった。
駐車を終えてエンジンを切り、俺はメカニック学科の生徒に会うべく車を降りた。
「運転おつかれさま。セッティングが終わるまで……あっ!」
2人の生徒が車を降りた俺をガレージで出迎えてくれたが、片方は俺がよく知っている人物だった。
え、なんでここに?
向こうも俺に気付いている。
「レイ、私と同じ学校に通ってたの!?」




