2.前世:今日はオムライス
急に視界が奪われる中で、閻魔はこう言った。
「空凪 澪さん。これからあなたの人生を見て、あなたが向かうべき逝き先の判断を下します」
ここは……どこだ?
急に知らない場所へ放り出されて混乱していた頭が次第に冷静さを取り戻してくると、懐かしいという感情が溢れ出してきた。
「ここって……俺が昔住んでた家?」
「そうだよ。記憶力いいんだね」
独り言のつもりで呟いたらいつの間にか隣に浮いている閻魔から答えが返ってきたのでちょっとびっくりしてしまった。
あれ?
さっきと同じように閻魔は浮いているが、今度は俺のほうが目線が高い。
足元を見ると俺も浮いていた。
「今から人生を追体験する感じで生前の罪を見ていくよ」
「ということはこれから21年間に渡って俺の人生を遡るってこと?」
「ううん、人生の大事な場面だけダイジェスト版で」
なるほど。死人を裁くシステムも簡略化されているらしい。
それはともかく、記憶が正しければこの家は俺が生まれてから3才まで過ごした家だ。その壁や床を見ているだけで思い出が蘇ってきて、なんともいえない温かい気持ちになる。
そんなことを考えていると、閻魔は俺を追い越していった。
「そろそろ行こうか」
ずっと感傷に浸っていてもしょうがないので、空中を滑るように進む閻魔についていった。
「あ、そうそう。私たちの姿は誰にも見えないから安心して」と付け加えた。
行った先はリビング。
3才の俺とまだ若い母が二人で夜ご飯のオムライスを食べている。一足先に食べ終わった、俺より1つ上の兄貴がソファーでテレビを見ていた。
何気ない普通の光景。どこの家庭にもありそうな幸せな夕食。
昔の自分を眺めている俺の視点にはやはり多少の違和感があったが、それすら忘れてしまうほどに懐かしい光景を前にして俺は胸がいっぱいになった。
すると閻魔が兄貴を指さして「あれはお兄さん?」と言った。
どうやら死人の俺のことは知っていても、家族構成までは知らないらしい。
「そうだよ。俺の兄貴で、名前は空凪 承」
「なるほど」と言いながら、閻魔はいつのまにか手に持っていたノートに何か書き始めた。
どうやらそのノートに俺の生前の行動を記録していくらしい。
ふと、家のドアが開く音がした。振り返って時計を見ると、7時半をちょっと過ぎたところ。
父が帰ってくる時間帯だった。
昔の家なのに反射的に時計の位置を思い出したことに驚きつつも、二人の子供を追うようにして俺も玄関まで迎えに行った。
ドアを閉めた父は俺の記憶に残っている父と全く同じ姿で子供たちと話している。
「ただいまー」「おかえりー」「今日の晩御飯は何?」「オムライスだよー」……そんな他愛のない会話を近くで聞いていた俺の目にはいつのまにか涙が浮かび、瞼を越えてあふれ出してきた。
久しぶりに父に会えたからだろうか、あるいは昔の日常に触れていろいろなことを思い出したからだろうか。
なぜかはわからなかったが、涙が止まらない。
近くでノートを書き終えた閻魔は「大丈夫?」と優しく聞いてくれた。
俺は涙を拭い、「なんでもない。ただちょっと……懐かしいなぁって……」と答える。
「書くことは書いたよ。次に行こう」という閻魔の声に頷くと、視界が白く霞んで消え始めた。
その光景は自分の子供時代へ永遠の別れを告げるようで、少し寂しかった。