25.始まりの教室で
「やっと着いた……」
「何ボーっとしてんだよ! 早く行こうぜ!」
敷地内を歩いて校舎にたどり着いたが、ウラクはさっそく教室へ行ってしまった。
あいつの無尽蔵な体力はどこから出てくるのか。
さて、レーシングドライバー学科の1年生は……2階の教室か。
疲れた足で今度は階段を上らなければいけないが、3階じゃなかっただけでも感謝しよう。
走っていったウラクを追いかけるのは諦めてゆっくり階段を上っていると、踊り場の窓からかすかにサーキットが見えた。
俺も、いつかあそこで走る。
何度そう思ったかわからないが、何度そう思っても俺の気持ちは冷めなかった。
やっと2階に着いた。
疲労のせいでそう感じるのかもしれないが、階段が異常に長かった気がする。
説明によると、階段を上がって一番近い教室がレーシングドライバー学科1年生の教室らしい。
ウラクの姿は廊下に見えないから、もう中に入っているのだろう。
このドアを開ければ、いよいよ俺の上級校生活が始まる。
レーサーへの道が始まる。
車に全てを費やす5年間が始まる。
俺はドアを開け――
「レイ、やっと来たか! おっせぇなー。この教室の生徒はお前で最後じゃねえの?」
なんでドアの真ん前で待ち構えてるんだよ、ウラク。
少しはおとなしくしていてくれ。
「こいつが俺のルームメイトの、レイナーデ・ウィローだ」
なんでお前が紹介してんだよ。
教室にいる他の生徒からはまばらな拍手と、歓声(?)のようなものが聞こえる。
「え、今どういう状況?」
「先生が来るまでは自己紹介タイムだってよ。俺はもう友達が一人できたぜ」
早い。
教室にはレーシングドライバー学科の1年生、つまりこれから5年間を共に過ごす仲間たちが集まっている。
何人いるんだろう?
俺が最後だから教室には全員そろったはずだ。
ぴったり20人か。
とりあえずウラクのことはほっといて先に席に着こう……と思ったが、自己紹介タイムだからか知らないが、席順は特に決められていないようだ。
「おーい、レイ! ちょっとこっちに来てくれよ」
と考えてる間に、ウラクに呼ばれた。
特にすることもないので行ってみるか。
「紹介するぜ。俺の友達の、フィーノだ」
ウラクの隣で窓から外を見ていた彼は、俺のほうを振り返って微笑んだ。
「僕はフィーノ・コルサ。よろしくね」
差し出された手を握って、握手する。
「レイナーデ・ウィローだ。よろしく」
ウラクが妙に嬉しそうにこっちを見ていた。
「お、さっそく仲良さそうじゃん。改めてよろしくな!」
相変わらずハイテンションだな、ウラクは。
自己紹介が終わったところで、1人の女性が教室に入ってきた。
あの人、どこかで見たことあるような……。
「ほらほら、みんな席について。授業始めるよ」
あ、思い出した。
寮の入り口で手続きしてくれた人だ。
あの人、先生だったのか。
とりあえず席に着かないと。
「みんなはレーシングドライバー学科の1年生で、間違いないね? 私はみんなの担任を務める、サリーンといいます。よろしく」
そういってサリーン先生は笑顔で礼をした。
そういえば、ひと昔前に世界で活躍したという女性レーサーの名前がサリーンだったような?
ファーストネームは覚えてないし確認しようとも思わないが、もしサリーン先生が本人だったとしても年齢的にはつじつまが合う。
というかむしろ、この学校の校長先生があのニールソン選手なんだし、本人だと考えるのが正解か?
「まず初めに、この学校のシステムについておさらいします」
サリーン先生は、教室の前の大きなホワイトボードにピラミッドを書き込んでいる。
「みんなは、まだ1年生。学ぶことはたくさんある」
そう言って、手に持つペンでピラミッドの一番下を指した。
「それを3年間かけて片っ端から学んでいきます」
ペンの先が、ピラミッドを駆けあがっていく。
「4年生になったとき、十分に今までの知識が身についているかテストをします」
先生がホワイトボードに免許の絵を描いた。
免許の横には、Eの文字。
「テストに合格すれば、E級ライセンスとも呼ばれる仮免許が与えられる。この仮免許があれば、実習授業でサーキットを走れるようになります」
先生は仮免許の上にもう1つ、今度は赤で免許を描いた。
「そして5年生になるときに、もう一度テストをします。それに合格すれば、晴れてライセンス獲得よ。仮免許との違いは、『授業外の時間にサーキットを自由に走っていい』ってこと」
ライセンスの絵を大きく赤丸で囲う。
その横に、A、B、C、Dの文字が書かれた。
「ライセンスには階級があって、上からA、B、C、Dの順に決められている。ライセンスを渡された時点では、みんなDクラスのライセンスです。昇格は月1回程度の定期テストで行われるから、練習しておいてね」
先生はAからDへの矢印を描いた。
「定期テストの結果が悪いと、昇格だけじゃなく降格もありえるから注意して。説明は以上です。何か質問はある?」
俺の目は、ただライセンス横のAの文字を一点に見ていた。
いつの日かあれを手にする時が来るのだろうか。
その日が今から待ちきれない。




