21.楽園は無制限
キューッキュッシャリン!
スターターとクラッチの音がガレージに響く。
――グウォオオォンンンンンン……。
腹の底を揺らすような低いエンジン音が轟いた。
助手席の前に置かれたモニターが、エンジンの調子をグラフや数字で表している。
アイドリング時の回転数は1000回転といったところか。
「始動は上々だな。あとはどこまで走れるかだ」
おっちゃんは呟き、ギアをニュートラルから1速に入れた。
運転席の窓から顔を出したおっちゃんは、「いってらっしゃーい」と手を振るエルマに向けられていた。
もう一度俺の方を振り返って言う。
「お前さん、シートベルトはしっかり締めとけよ。飛ばすぞ」
「大丈夫です。どこで走るんですか?」
「決まってんだろ。高架道路だ」
高架道路というのは、元の世界での高速道路にあたる。
都市にとって主要な交通網の1つで、昼夜問わず車が行き来する高架上の道路だ。
だが、高速道路と高架道路には決定的に違う点が2つある。
1つ、全区間無料。
高速道路には入り口・出口ごとにある料金所がこの世界の高架道路にはないので、車さえあれば誰でも気軽に高架道路を利用できる。
2つ、速度無制限。
これを知ったときは驚いた。
高架道路には速度制限がなく、スピード出し放題なのだ。
もちろん、いくらスピードを出しても警察のお世話になることはない。
元の世界のドイツにはアウトバーンという名前の速度制限がない高速道路があるが、この世界の高架道路はすべてがアウトバーンのようなものだ。
こんなんじゃ治安という言葉が意味を成さなくなりそうだが、この世界では自動車事故などに関する罰則がかなり厳しく、よほど事故らない自信がない限りはみんな程々の速度で走っているらしい。
この速度無制限のおかげで、深夜の高架道路は走り屋たちにとって第二のサーキットと化していた。
話には聞いていた高架道路をいよいよ助手席で体感できるため、行き先を聞いてから興奮が止まらなかった。
「よぉし、今から高架道路にあがるぞ。モニターをよく見とけよ」
「はい!」
おっちゃんはアクセルをグッと踏んで、一気に加速しながら高架道路へ合流していった。
V23型ヴィバームスに搭載されている、改造された2.6リッター直6ツインターボエンジンが唸りを上げて車体を加速させた。
俺の体は歓声でシートに押さえつけられる。
運転席のメーターが跳ね上がった。
針がきっちり8を指したところで――
ガチャッ!
――おっちゃんの左手が目にもとまらぬ速さでギアチェンジをこなした。
「言い忘れてたが、このエンジンのレブリミットは8000回転だからな」
レブリミットというのは、エンジンの限界値みたいなものだ。
エンジンは基本的に高回転まで回せば回すほどパワーが出るが、耐久性の面から実際はそういうわけにもいかない。
だから、エンジンごとに『ここまでなら回しても大丈夫』という線引きがされている。
それがレブリミットだ。
レブリミットはエンジンのチューニングによっても変わるため、慣れないエンジンは慎重に扱わなければならない。
って、今はそれどころじゃない。
モニター見ないと。
エンジンパワーの変化を表す曲線がグラフとなってモニターに表示されている。
俺はそれを注意深く眺めていた。
エンジンの回転数とギア数も数字で一目瞭然だ。
現在のギアは3速、回転数は5000……いや6000、もう7000……。
ウォオオォンンッグォーオオン――
ギアチェンジ。
4速、6000……。
速すぎて目で追えない。
ちょっとまて、今4速で全開ってことは200キロぐらい出てるんじゃないか!?
視線を目の前のモニターから道路に移すと、周りの景色が絶え間なく後ろにすっ飛んでいる。
速い!
いや落ち着け、このぐらいのスピードならいつもZで出してたはず……。
なのにどうしてこんな速く感じるんだ?
考えていたら、急に体が横へ持ってかれた。
前の一般車を追い抜いたのだ。
そうか。
まだ朝の10時ぐらいだが、それでも一般車は多い。
俺がサーキットで走るときは周りの車も同じ速度域で走ってたから、あまりスピードを感じなかったんだ。
逆に言えば、スピードをあまり出していない一般車の存在が感覚を鋭くさせているということになる。
なるほど。
うわ、危なっ!
車線をそれぞれ塞いでいた一般車2台を、網の目をくぐるように躱して加速していく。
モニター見ないと……。
ギアは5速、回転数7500。
たしか、V23型ヴィバームスのギアは5速しかないはずだ。
それで今7500回転ということは……ほぼトップスピード。
何キロぐらいだ?
脳裏に昨日のおっちゃんの声が聞こえる。
『このエンジンなら300キロは出るんじゃねえかな』
マジかよ。
俺のZでさえ、300キロ出したことなんて数えるほどしかない。
この車どうなってるんだ……。
ふと目を上げると、ものすごい勢いで進む視界の先に、2台の車が見えた。
車、いや――――トラックだ。
どんどん近づいてくる。
片側二車線のここじゃ、ほぼ真横に並んでいるトラックをこのスピードで抜くことはできない。
それでもヴィバームスのスピードは落ちない。
「お、おっちゃん……?」
「ちっ、今回はここまでか」
そうつぶやくと、座っている俺の体は急に前へ吹っ飛びそうになった。
ギリギリのところでフルブレーキングしたのだ。
――ウウウゥゥンンッ、ヴォオォンンン……。
ヴィバームスのエンジンは残念そうに回転を落としていく。
「いったんパーキングエリアに寄るぞ」
おっちゃんはそういうと、減速しながらウィンカーを付けてパーキングエリアに入っていった。
やばかった……。
データを確認しよう。




