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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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20.早朝のガレージ

 

 俺は見慣れた『John's Garage』という看板を見上げる。

 ここへ来るのも5日目で、もう道には迷わなくなっていた。


「おはようございます!」


「おはようさん。今日もよろしくな」


 おっちゃんの威勢の良い声が出迎えてくれる。


「今日は何するんですか?」


「午前は部品の入庫と車の調整。午後は配達だ」


 入庫というのは、購入した部品を倉庫に仕入れすることだ。

 おっちゃんの店もガレージである以上、倉庫にある部品の在庫を欠かすわけにはいかない。


 車の調整は、たぶん昨日から取り掛かっているお客の車の改造だ。

 ここは修理の依頼よりも改造の方が多いという珍しい店らしい。

 おそらく、お客の信頼が厚いからだろう。


 最後の配達は、注文が入った部品や頼まれていた車をお客に届ける仕事だ。

 これがなければ商売にはならない。


 いずれにしても、大事な仕事だ。

 俺が手伝うには少々力不足かもしれないが、それでもできることは全てやろう。




「さっそくだが、裏の倉庫前に部品が積んである。いつも通り、バーコードを使って入庫してくれ」


「はい」


 おっちゃんの指示で店の裏手へ向かうと、倉庫の前にはいくつかの大きな段ボールが積まれている。

 まず俺は、段ボールをすべて倉庫のなかに移動させた。


「あ、もう来てたんだ。おはよー」


 倉庫に入ると、中で一足先に作業を始めていたエルマに声を掛けられた。


「おはよう。そっちも入庫?」


「うん」


 この店の倉庫は一見大きいが、やはり個人経営ということもあって部品を棚に入れるとかなりスペースが狭くなってしまう。

 なのに段ボール単位でいっぱい部品が来るということは、それだけの数の部品が流通しているということだろう。


 俺は抱えている段ボールの山をちょっとした作業用テーブルのような棚に置いて、カッターでひとつひとつ開封していった。

 中に入っていた部品は様々だ。

 ブレーキパッドもあれば、エアクリーナーやワイパーゴムだってある。

 この店の部品をかき集めれば車1台ぐらい余裕で作れるんじゃないかと思えるほどの在庫の量だ。


 ひとまず物の整理を終えた俺は、壁のフックにかかっている携帯用バーコードリーダーを取り出す。

 入庫する部品にはすべてバーコードシールが貼ってあり、これを入庫のときに検知することで、コンピューターに在庫管理を任せられるというわけだ。

 減った部品は自動で注文してくれるため、おっちゃん曰く在庫が尽きることは滅多にないという。


 俺は取り出したバーコードリーダーを腰に提げると、部品のひとつひとつを手に取って検知させながら、倉庫内の決められた棚に物を置いていった。


 車の部品そのものをこうやってじっくり眺める機会は、俺にとっては新鮮だった。


 やがて全ての部品を入庫し終えると、俺はバーコードリーダーを元の場所に――


 あれ?

 まだ1個残っている、ということになっている。

 段ボールから出した部品はすべて入庫したはずだが。


 調べてみたら、入庫してない商品はオイル缶だった。

 どうりで残っているわけだ。

 倉庫の外、段ボールの横に置いてあったオイル缶をすっかり忘れていた。取りに行かないと。


 まだ朝の寒い風が吹く屋外に、オイル缶はぽつんと置いてあった。

 さっさと持って行けばいいのだが、満タンのオイル缶というのは子供の俺にとってとてつもなく重い。


 んんーっ、よいしょ。


 どうにか倉庫の中まで運べたが、重いものを持たされた腕と寒い中で金属の取っ手を握らされた指はジンジンと痛む。


 ふぅ、これで入庫は完了だ。


「おっちゃん、入庫終わりましたよ」


「おう、ごくろうさん。ちょっとこっち来て調整手伝ってくれ」




 おっちゃんが昨日からいじっている車は、V23(ニーサン)型ヴィバームスだ。

 ヴィバームスといえばやはり初代の伝説が有名だが、あれから50年以上経った今でもヴィバームスはモデルチェンジを繰り返し、スポーツカーの代表として販売されている。


 V23型は先代のV22型と比べて長くなったホイールベース(前タイヤと後タイヤの間の長さ)が批判されているが、テストコースではV22型の記録をなんと21秒も短縮し、『マイナス21秒ロマン』と銘打ったキャッチコピー通りに性能は折り紙つきだ。


「このヴィバームス、どうするんですか?」


「もう作業は大体終わったからな。あとは実戦(・・)で微調整だ。お前さんにも乗ってもらうぞ」


「やったー!」


「先に助手席に乗っててくれ。すぐ出るぞ」


 俺はワクワクしながらヴィバームスのドアを開けて乗り込んだ。

 4日前のシノレとは違ってリフトから下ろされているので、難なく乗れる。

 目の前のスピードメーターは真っ直ぐ0を指していた。


 シートベルトを締めてしばらくすると、運転席におっちゃんが乗った。

 腕には薄いタブレットのようなものが抱えられている。


「それどうするんですか?」


「このモニターで、リアルタイムにエンジンの情報が見られる」


「なるほど」


「んじゃ、ひとっ走りいってみっか!」


「はい!」


 車のエンジンというのは不安定で、同じ人が同じ部品で同じように組んでも、誤差やバラつきが生じる。

 街乗りならともかく、サーキットを頻繁に走るヴィバームスのようなスポーツカーにとってこの誤差は致命傷となってしまう。

 それを正すためにはとにかく走りこむしかないのだ。

 今までは助手席に座ってモニターを眺める仕事をエルマがやっていたらしいが、手伝っている俺の知識を生かすために乗せてくれるらしい。


「エルマ、留守番は頼んだぞ」


「りょうかーい」





 おっちゃんはそう告げて、エンジンをかけた。





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