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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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19.敬語じゃなくていいよ

 

 痛い。


 目が覚めて最初に俺が感じたのは痛覚だった。

 寝てる間に頭でも打ったか……?

 いや、そもそも俺は寝てなかったはずだ。


 慌てて目を開ける。

 やはり、俺は見たこともない場所に横たわっていた。


 どこだここ……。


「ん、目が覚めたかな」


 誰かの声がした。


「痛みはいくらか落ち着いた?」


 おそらく俺に向かって言っているのだろう。

 痛いかどうかでいえばかなり痛いが、言われてみれば少し良くなった気はする。

 とりあえず


「……はい」


 と答えておくことにした。


「それはよかった」


 誰かは少し安心したように返した。

 朦朧とする意識の中で、誰かに聞く。


「あの……どちら様ですか?」


「あ、私?」


 周りには俺と誰か以外いないはずだ。

 俺が気づいていないだけかもしれないが。


「私はエルマ。この店の従業員だよ」


 なるほど、従業員か。少し納得した。

 おそらくは頭を打った俺の身を心配してどこかへ運んだのだろう。

 だが、だんだんと意識がはっきりしてきた俺の目が、エルマと名乗る女性は働くほどの年齢ではないことを俺に伝える。


「従業員にしてはお若いんですね」


「あ、そう? ありがとう」


 別に褒めたつもりはないんだが。


「従業員ってのは冗談。私の父が仕事で忙しそうだから、店を手伝ってるだけ。あなたとは同い年だから、敬語じゃなくていいよ」


 意識が完全に戻った。

 そういえば、おっちゃんは俺と同い年の娘がいるって言ってたな。

 それを思い出してあたりを見回すと、車のパーツがたくさん飾ってある。


「ここは……?」


「店の休憩室。あなたが頭を打って倒れたから、父が運んだの」


 俺の予想は当たっていた。これまでの記憶を遡ってみよう。

 俺は店を手伝いに来て、エンジンを吹かして、車を――

 あ、そうだ、コケたんだった。それで頭を打ったのか。


 手伝うと言って店に来たのに、迷惑をかけている自分が情けない。

 せめて謝りにいかないと……。


 起き上がろうとした俺の体は、激痛によって押さえつけられた。


「いった……」


「大丈夫? 無理しないで」


「ごめん。ありがとう、エルマ」


 とエルマの名前を呼んで、まだ自分が自己紹介をしていないことに気付く。


「俺の名前は、レイナーデ・ウィロー。店を手伝いに来たんだけど……」


「――転んで頭を強く打った。父から聞いたよ」


 笑顔を見せて、エルマは自己紹介をした。


「改めて、私はエルマ・クライス。よろしく、レイナーデ」


「レイでいいよ。こちらこそよろしく、エルマ」


 そう言って握手した後、俺はどうにか立ち上がった。

 とりあえずおっちゃんに会わないと。

 そう思ってガレージのほうへ向かったが、そこにおっちゃんの姿はなかった。

 リフトの上にあったはずのシノレは、いつのまにか消えている。


「あれ、シノレが……」


「あそこにあった車? あれなら、父が今届けているはずだよ」


 エルマが教えてくれた。

 俺が倒れている間にターボの取り付けを終え、お客のところへ届けているのだろう。

 帰ってくるまでにできることを探して、俺はガレージの掃き掃除を始めた。




 掃除を始めてから20分ぐらい経った頃だろうか、おっちゃんが歩いて帰ってきた。


「ただいま。お、もう動いて大丈夫なのか?」


「はい。迷惑かけてすいませんでした」


「いいさ。店の人手が増えるだけでもありがたいしな。ん、二人そろって店を掃除してくれたのか。助かるよ」


 二人そろって?

 後ろを振り返ると、エルマも掃除をしていた。


「おっちゃん、シノレは……」


「ターボの取り付けが終わって、今届けてきたところだよ。協力してくれてありがとうな」


 おっちゃんは笑顔で俺に礼を言った。


「あの、今週の金曜日まで暇なので、毎日来てもいいですか?」


 勇気を出して聞いてみる。


「もちろん、大歓迎だ。ぜひ来てくれ。働き手が増えれば、仕事が捗って楽になる。それに、お前さんの車の知識とやらが必要になるかもしれないからな」


「ありがとうございます!」


 俺は全身全霊で感謝の言葉を言った。

 これ以上贅沢な一週間の使い方があるだろうか。

 ここで毎日のように車やパーツを見てられるのだ。

 最高と言わざるを得ない。


「娘ともよろしくやってくれよ」


 と言っておっちゃんが笑った。


「これから1週間お世話になるけど、迷惑かけないように頑張るね」


「こちらこそ、店を手伝ってくれるなんて嬉しいよ。ありがとう」


 エルマもこの店を手伝ってると言っていた以上、今後も一緒に作業するかもしれない。


「ハハハ、仲が良さそうで何よりだ。だが、お前さんはそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? もう日が暮れるぞ」


 おっちゃんに言われて空を見上げると、もう太陽が沈みかけてる。

 母さんとの約束がアバウトすぎて不安だが、早く帰るに越したことはないだろう。


「そうですね、今日はもう帰ります。明日からよろしくお願いします!」


「おう、じゃあな!」








 おっちゃんの笑顔が、夕日に照らされて眩しかった。









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