14.引きこもり勉強の再来
*
「ただいまー」
ドアを開けると、弟が靴を脱いでいた。
「うわっ、びっくりした。僕もちょうど今帰ってきたところ」
「ふーん」
「兄ちゃんは今日のサンドイッチいくつ食べた?」
またこれか。
なにかと負けず嫌いな弟は、給食を食べた量で俺と勝負するのが楽しいらしい。
「じゃあせーので言おう」
「せーの、5」
「また俺の勝ちか」
「兄ちゃんずるい!」
なにがずるいのかよくわかんないがひとまず勝利した俺は、弟の抗議を受けながら自室に入った。
今朝ウラクが言っていたように、そろそろ受験の時期。
志望校が超エリート校なだけに、受験勉強を欠かすわけにはいかない。
受験勉強をしなきゃいけなくなって最初は嫌気がさしたが、その後あることに気付いてすぐにやる気が出てきた。
俺(とウラク)が受験するのは、自動車上級校。
ということは、試験はほとんど車に関係する問題だろう。
そう思って調べてみたら、俺の予想は当たっていた。
中には下級校で勉強した内容を問う問題もいくつかあるが、仮にそれらが0点だったとしても、それ以外で満点を取れば十分合格できる計算だ。
さすがに0点を取っても大丈夫と思って勉強しているわけではないが、俺が車の勉強を優先していったことは言うまでもない。
というか本音を言えば、元プロレーサーのプライドに懸けて車の問題で満点を取れないはずがないという気持ちのほうが強かったが。
それはともかく、俺は下級校から帰るとすぐ自室に引きこもり、夕食まで勉強するという生活が続いた。
この生活はかなりしんどいが、前世の引きこもり時代の経験が幸いして孤独には勝てた。
むしろ勉強すればするほど膨らむ将来への希望に、胸が高鳴るのを感じる。
志望校のラ・スルス自動車上級校は、自動車上級校のなかでもトップレベル。今活躍しているレーサーのなかにも、ラ・スルスの卒業生は多いらしい。
ラ・スルスには、2つの学部に属する6つの学科が存在し、それぞれの学科ごとに試験と定員が決められている。学部どうしは基本的に関わらないが、同じ学科ではたまに合同授業があるらしい。
その学科というのが、
[モータースポーツ学部]
・レーシングドライバー科
・レースエンジニア科
・メカニック科
[オートモービル学部]
・コンセプト科
・マーケティング科
・メンテナンス科
の6つだ。
モータースポーツ学部は、その名の通りレースに関わる職業についての知識が学べる。
オートモービル学部は……詳しくは知らないが、たぶん自動車メーカーで働くために必要な知識を学べるんだろう。
レースエンジニアとメカニックの違いについてだが、レースエンジニアは車の整備や調整のほかにドライバーをサポートして万全の状態でレースできるようにするのに対し、メカニックは車を技術的な面で管理し、ドライバーやエンジニアの指示通りに仕上げるのが主な仕事だ。
どっちにしろ、レーシングドライバー科を受験する俺には関係ないが。
レーシングドライバー科の試験というと想像がつかないが、おそらくはレースをする上でのマナーやルールなどが問題に出るのだろう。
フラッグルールは現役時代に一通り覚えたし、マナーも3年間で十分学べたから心配ないはずだ。
モータースポーツ学部では、4年生と5年生に実習授業も行っているという。
実習授業というのはつまり、メカニック科なら実際に車をいじったりと、シンプルに言えば車を相手に勉強できるのだ。
つまりレーシングドライバー科の実習というのは、実際にコースを走れるのだろう。
この世界では車は15才(上級校卒業後)からでないと運転できないが、校内は私有地扱いなので問題ない。
もしかして駐車場か何かがあるのだろうか? と思っていたが、受験前の下見に行って驚いた。
サーキットが丸ごと、校内にあったのだ。
そこでは5年生がレースをしていた。
さすがは超エリート校。そんじょそこらの自動車上級校とは規模が違う。
説明会によると、レーシングドライバー科の生徒は4年生に進級した時点で学校側から仮免許が交付される。この仮免許によって、校内のサーキットを授業中に走る許可が下りるというわけだ。
もちろん学校オリジナルの仮免許なので法的な意味はないが、校則によってシステムが決められているらしい。
そして授業内での昇格試験に無事合格すると、正式にライセンスが交付される。このライセンスにも法的な効果があるわけではなく校内でしか使えないが、仮免許とは決定的に違う点がひとつある。
それは、ライセンスを持っている生徒は夏休みなどのサーキット開放時に自由に走行できるということだ。
それを知って、受験勉強に対する俺のモチベーションが明らかに跳ね上がったことは言うまでもない。
ひとまず今日の受験勉強を終わらせた俺は、赤い夕日が差すベッドに寝っ転がった。
ふぅ。
そろそろ、夕食の……時間……。
*
ん。
外が真っ暗だ。
時計を見ると、もうすぐ10時。
「寝落ちしちゃった……」
とつぶやいて、俺は考えるのをやめる。
また目を閉じた。




