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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
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127.絶対に忘れない

「にしても、記憶喪失か……だとしたら記憶を失う前の俺は幸せ者だったんだろうな、ほんと」


 石畳の道を歩きながら、レイは空に向かって呟いた。


「なあ、俺の記憶はどれぐらい遡ってることになるんだ?」


「えっと……うーん……」


 どれぐらい、か。魔法性健忘を発症した今のレイの状態は、記憶喪失の一言で済ませるには少し複雑すぎるかもしれない。なんて言ったらいいんだろう。


「つまり、俺は本来何歳なんだ?」


「17歳だよ」


「嘘、17なの!?……それでプロのレーシングドライバーか。じゃあジュニアフォーミュラか、F3にでも乗ってんのかな。良い夢だ。現実じゃ、どうやったって1年でそこまで上がれないよな……」


 そう、私の知っているレイナーデ・ウィローは17歳だ。そして目の前のレイは、自分が16歳だと思っている。差は1年。でも、ただ過去1年の記憶が飛んだ――ということじゃなさそうだった。


「ジュニアフォーミュラ?」


「え……F3より下の、入門フォーミュラだよ。エンジンもボディーも小さくて、基礎を学べるってやつ。ほら、フォーミュラルノーとか、スーパーFJとかさ」


 ただ17歳のレイが16歳のレイになっただけじゃない。

 そうだとしたら、昔から知ってる私のことだって覚えてるはずだし、ラ・スルスのことも、ウラクのことも、覚えてるはず。


 レイはまるで、16年分の全く違う記憶を持ってるみたいだった。16年間、別の世界で過ごしてきたかのようにさえ感じる。


「フォーミュラって、何?」


 私が聞き慣れない単語を問うと、レイは信じられないという顔をした。


「この夢の世界に、フォーミュラはないのか……。まあ、しょうがない。夢だし」


「夢じゃないよ、信じてよ……」


「俺だって信じたいよ。これが現実なら泣いて喜ぶね」


「ほっぺつねってあげようか?」


「絶対に嫌だ。目覚めたくない」


 ああ、しくじった。私が何も言わずにほっぺをつねったら、レイにこれが現実だと信じてもらえたのに、言っちゃったせいでレイは警戒してしまった。心なしか少しだけ距離を置かれた気がする。


「……えいっ!」


「うわぁ、やめろ!危ねえ……」


 避けられた。レーシングドライバーの反射神経、恐るべし。


「どうしたらこれが現実だって信じてもらえる?」


 ひとまずは目の前の現実を受け入れさせないと。いつ記憶が戻るのか――あるいはもう戻らないのか――はわからないが、いずれはまたステアリングを握ってもらわなきゃいけない。あんまり考えたくはないけど、もしそれが叶わなかったとしても、この世界で生きていくことに変わりはないし。


「論理的な説明がつけば信じるよ」


「説明?」


「そう。俺の記憶では、俺……カラナギレイは16歳で、ニホン人で、兄貴とアパートで暮らしているはずだ。そこから17歳になるまでの1年間で、俺に何があった?君が俺の幼馴染なら、どうして俺は覚えてないんだ?」


 途方もない違和感があった。たぶん、レイも同じ違和感を抱えてるはずだ。

 それを説明して違和感を解消し、レイを現実に引き戻せるかどうか、私は確信できなかった。


「……説明しなくていいよ。少なくとも、俺がこの夢を一通り楽しむまでは。もう目覚めてもいいかなって俺が思ったら、その時はゆっくり聞かせてほしい」


 やや西に傾きかけた太陽が、こじんまりとした屋敷の前に停まっている古いフェンリルを優しく照らしていた。


「おお……!エルマ、何あれ!?」


「フェンリルの4212/Bだね。さっき教えたフェンリルってメーカーの、50年ぐらい前のスーパーカー。今だと結構な価値があるんじゃないかな?」


「へえ……。V12?」


「うん。4.2LのV12だよ」


「あ、だから4212なのか」




 *




「これは――!」


 彼女はボンネットの中に鎮座している銀色のそれ(・・)にフラッシュライトを当てて、注意深く覗き込んだ。

 小さく刻印されている“TTK-411N173”の文字。見覚えがある。


「“オールナイト”タービン……。なぜ、奴が……?」


 偽物ではないだろう。彼女は執拗にボールペンをノックし、メモに書き込んだ。

 まだ聞かなければならないことは多い。




 *




 旧市街を一回りして、私たちは家に戻ってきた。

 散歩中に、シビくんからMysticaを通じてメッセージが送られていた。


『フェアレディZのギア比ってわかる?』


 たしか私の整備ノートに書いてあったはず。どこに置いたっけ――スクーデリア・ヴェントのガレージだ。

 どうしよう。シビくんがいない今、レイを家に一人で残していくわけにはいかないし、かと言ってヴェントに連れて行ってもそれはそれで面倒なことになる。外で待っててもらうのも可哀想だ。


 ガレージまでノートを取りに行くついでに借りっぱなしのF-650を返そうと思ってたけど、やっぱりもうしばらくはうちの駐車場に置かせてもらおう。そしたら向こうに着いてもレイだけ車内で待っててもらえるし。


「レイ、ちょっと近くまで用事があるから……ドライブ行かない?」


 するとなぜかレイは首を傾げた。


「え?だって……幼馴染ってことはエルマも17だろ?免許は?」


「免許は上級校を卒業したら15歳から取れるよ。私はもちろん持ってるし、レイも持ってる」


 その瞬間の目の輝きといったら、私が今まで見た中で一番かもしれない。


「じ……じゅうご!?最っ高だ!本当、最高だよこの世界は!」


 そうかなぁ。レイの記憶ではいくつだと思っていたんだろう。18歳とか20歳にならないと免許が取れないのを想像してみたら、確かにその反応も納得は行く。


「待てよ……じゃあ、俺の車は?」


「フェアレディZっていうクーペに乗ってるよ。記憶に残ってるか――」


 言い終わらないうちに、その目の輝きはいっそう増した。


「Z!?フェアレディZ……ああ、ようやく俺の知ってる車だ。夢の中じゃ夢が叶ってるんだな。さすが俺の夢」


 ――――――よかった。この世界の車は全部記憶から飛んでると思ってたけど、大好きなフェアレディZの記憶だけは残ってるようだ。そうだよね、忘れるはずがない。


「覚えてるんだ……!」


「そりゃあ、この俺の一番好きな車だからな。夢の世界でも、たとえ俺が君の言うように記憶喪失になったとしても……忘れるなんてありえない」


「じゃあさ、フェアレディZのギア比も……覚えてたりしない?」


 さすがにそこまでの記憶は残ってないか。ダメもとで聞いてみたけど、それは完全に杞憂だった。


「6MT?」


「うん」


「1速から順番に、3.794、2.324、1.624、1.271、1、0.794。ファイナルは3.692で、バックが3.446」


 レイはまるで魔法の詠唱をするように、すらすらとギア比を(そら)んじた。フェアレディZへの愛情を、私は完全に見くびっていたらしい。


「助かった……!ありがと!」


「ええ、どういうこと?俺のフェアレディZは……?」




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