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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
125/140

118.最速であるために

 新しいタイヤを履いて、先頭でコースに復帰した。後は逃げ切るだけだ。


「状況を確認したい」


『いいよ。現在32周目、残り14周。私たちはP1。後ろはメルクーレのラムダ、差は3.3秒』


「ありがとう」


 後方から迫るのはラムダ・トゥーラ。今年のクラス2チャンピオン候補とも言われているドライバーだ。

 歳は俺の一個上だが、彼は既にメルクーレ社の育成プログラムに所属している。つまり、グランプリ・ワンで戦える才能の原石として見出され、チームから手厚いサポートを受けているのだ。

 今年の成績次第でグランプリデビューが内定――さぞ未来は明るいだろう。


 そしてただデビューするだけならともかく、あのメルクーレからデビューできるというのも俺にとっては羨望の的だ。

 グランプリの世界は厳しい。実力を証明し続けなければすぐにシートを失う。代わりに乗せるべきドライバーなど、いくらでも見つかる。

 だからこそ、メルクーレのような中堅チームに身を置けばひとまずは安泰という訳だ。少なくともマシンにある程度の戦闘力は保障されている。

 実力を正当に評価されるにも、それなりの良い環境が必要になる。


 まあ、それはどうでもいい。俺はこのレースに勝つ。それだけだ。


 タイヤは温まってきた。ここから14周でちょうど使いきれるペースを考える。

 下り坂の突き当り、左に曲がるパラッツォ。そして右に切り返すカステッロ。

 予選でスピンした場所だ。理想的なラインをトレースしながらも、アクセルの開け方は慎重に。


 リアタイヤが俺に囁いた。


「あっ……!」


 ああ、そういうことか。気付かなかった――――――!


 どうにもここでリアが不安定になる理由。コーナーの径が出口に向かって大きくなっているからとか、上り坂の始まりでリアにいきなり荷重が乗るからとか、そういう話ではない。

 市街地特有の路面が原因なのだ。


 おそらく部分的な舗装工事によって埋められたのであろう、新しいアスファルト。カステッロのほんの一部分だけ、路面の質が微妙に違う。

 一昨日のトラックウォークで自分の足でコースを歩いたはずなのに、それでも気付かなかった。今、やっと分かった。


 脳内でラインを修正する。あの場所にタイヤを乗せないようにするには、最もインに寄せるクリッピングポイントを少しだけ手前に。そこから斜めに突っ切るようにして脱出すればいい。トラクションがかかるはずだ。


 上手くやれば、たったのコーナーひとつでコンマ1秒は稼げるだろう。


 橋に差し掛かり、無線が聞こえる。


『後ろとの差は詰まってないよ。ペースは大丈夫』


「了解」


 俺の方が新しいタイヤだ。抜かれる心配はまずない。

 スタートした時からガソリンがだいぶ減ってきて、よりストレスなくコーナーを抜けることができている。

 次の周あたり、狙ってみるか。


 ライオンフィッシュを越えて、最終コーナーはあえて外から回る。

 いつも以上にスピードが乗ったまま迎えるホームストレート。


「エルマ、1周だけ集中させてほしい」


『えっ?……わかった』


 今の俺と今のZなら、行ける。


 最初のデーア・デル・マーレ、イン側の縁石をカットする寸前まで寄せて、すぐさまアクセルを再び全開にして坂を下る。


 ここからが勝負だ。まずは左に曲げてパラッツォをクリア。そうしたら左に留まらず、ステアリングを右に。例のアスファルトを避けて、カステッロを通り抜け、上り坂を加速する。

 スーパーチャージャーが大排気量のV6エンジンに鞭打って、生み出されたトルクに俺の身体は前へ前へと持っていかれる。


 完璧だ。伸びる。スピードが伸びていく。もっと、もっと。


 このまま1周だけ、全力で飛ばさせてくれ。


 チェントタンタを曲がり、右コーナーを抜け、橋で再び全開。

 橋の終わりのシケイン。左に飛び込むカクテル。中速セクション。早く、前に。


 ライオンフィッシュ。最終コーナー。


 ホームストレート。


「はぁ、はぁ……どう?」


『……ファステストラップ、更新。もう、レイ!無茶しないで!』


 やった。ファステストラップだ。

 レース中に最速のラップタイムを刻んだ者に送られる勲章。せっかくなら貰えるものは貰っておきたかった。


「へへ、ごめん。ペース落とすよ」


 今は全ての歯車が完璧に嚙み合っている。あとはこの状態を残り12周の間、維持するだけだ。

 タイヤも問題なくグリップする。本当に何一つ、不安材料が見つからない。


 フィニッシュまでに与えられた12周で、俺はZとの時間を心から楽しんだ。

 ずっと、これだけが生きがいだった。今までも、これからも。

 俺の両手両足、全身と密着して、Zの気持ちが手に取るように分かる。どこへ行こうとしているのか、どこへ行きたくないのか。

 この狭いコースの中で、それでもはしゃいで遊ぶ子供のように、俺とZは走り回った。


 チェッカーフラッグが見えた時、ああ、もう終わりか――と思った。


 そして、誰よりも早く、その旗の下を走り抜けた。




「勝った……」




 クラス2、初優勝だ。


「……っしゃ。勝った、勝った。よっしゃあああ!!」


『ふふっ、やったー!!ありがとう、レイ!最っ高のレースだったよ!』


「ありがとう、エルマ。ありがとう、スクーデリア・ヴェント!皆のおかげだ。……ありがとう、Z」




 マシンを指定された保管所(パルクフェルメ)に停める。名残惜しいが、レース後の車検のために一旦降りてここを離れなければならない。

 Zのドアを開けると、その瞬間から歓声が聞こえた。勝者を讃えているようだった。つまり、俺を――――――


「レイナーデ!」


 声の方に振り返ると、今まさにメルクーレを降りたばかりのラムダ・トゥーラが俺に駆け寄ってきた。今回は2位だったとはいえ、手強い相手だ。


「初優勝だね。速かったよ……!おめでとう!」


「ありがと――」


 ラムダと握手した瞬間、強く腕を引かれて耳元で呟かれた。


「キミも、気付いたんだろ?」


「何が……?」


「カステッロの路面。急にラインが変わったんだ。見逃すはずない」


 そう言うと、彼はいたずらっぽく口元を緩めた。


「知ってたのはオレだけだと思ってたんだけどなぁ……!」


 どうやらラムダは予選の段階で既にカステッロを抜ける最適なラインを見出していたらしかった。どうりでポールポジションな訳だ。


「……キミのこと、警戒しておくね」


 好戦的な笑顔で告げ、そのままヘルメットとグローブを手にして去って行った。


 良いだろう。なら俺も、全力で戦うのみだ。

 ようやく初めてクラス2で勝てたんだ。勝ち方を知れば、もう怖いものはない。


 ひたすら俺にできることをやってやる。




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