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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第二章 異なる世界で学ぶこと
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11.忘れない握手

 

「ただいまー」


 俺は玄関のドアを開けて言った。

 行きで走ったぶん帰りはのんびり歩いてきたが、春にしては強い日差しも相まって、まだ午前なのにそこそこお腹が空いていた。


「おかえり~」


 俺を出迎えてくれたのは弟だった。

 前世の俺に下の兄弟はいなかったが、いい兄としてのお手本は兄貴の頼れる背中が教えてくれた。


「なんかお腹空かない?」


「ううん」


「そっか。俺はもうお腹ペコペコだよ」


 話をしてると、2階から母さんが降りてきた。


「あ、もう帰ってきたんだ。おかえり」


「プリントもらってきたから、母さん読んどいて」


「はいはーい」


 転生後の俺の母さんはまだ若くノリも軽いが、責任感はしっかりとあった。




 昼食を終えて母さんといっしょに配布されたプリントを見ていると、母さんがその中の一枚を俺に手渡した。


「これクラス分けのプリントだから、自分のクラスだけでも確認しておいて」


 見ると、それぞれ30人ずつぐらいの生徒が、1組から3組までの3クラスに振り分けられている。

 レイナーデ・ウィローという名前は3組の中にあった。


 レイナーデ・ウィロー。


 それが俺の新しい名前。


 まさか前世の名前に似るとは思わなかった。

 ましてや、あだ名はレイだし。そのまんまじゃん。

 これって偶然なのか……?

 まあ、変な違和感がないから安心と言えば安心だが。


 とりあえず、他に知ってる名前が見つからなかったのでプリントを母さんに返した。


「あれ、この子ってもしかしてマセラの息子さん? そういえばちょうどレイと同い年って言ってたような……」


 と、母さんは自分の友達と同じ苗字を見つけては独り言を呟いている。

 そういえば前世で兄貴も似たようなことしてたな。


 ソファーから弟が不思議そうに俺と母さんを見ていた。




 *




 ベッドの上で目が覚めた。

 今日からいよいよ、本格的に授業が始まる。

 そう考えると眠気も吹き飛び、早起きできた。

 時計の針は7時半よりも前を指していたが、昨日の朝の教訓は忘れていない。

 俺は勢いよく、布団を……跳ね上げ……うぅ……。


 危ない。また二度寝していた。

 今回は10分にも満たなかったから遅刻の心配はしなくて大丈夫だろう。

 まだ寝ている弟を若干の嫉妬で睨みつつ、俺は階段を降りた。


「おはよう。レイのほうが先に起きるなんて珍しいね」


 母さんが俺を見て声をかけた。

 弟は俺より2つ下のくせに、いつもよく早起きできるよな。




 俺と母さんが二人で朝食を食べていると、やっと弟が起きてきた。


「あれ、兄ちゃんもう起きてたの?」


 と眠そうな目をこすりながら言う。


「今日から学校だし、いつもより目覚めが良かったんだ。それより、早く食べないとホットケーキ冷めちゃうよ」


「え、朝ごはんホットケーキなの!?」


 瞬時に目をパッチリさせて、弟はテーブルに走ってきた。


 席について「いただきます」と言う弟と入れ替わるように、食べ終わった俺が「ごちそうさま」と言った。


「結構時間に余裕あるけど、もう学校行くの?」


「うん。朝から走るのは御免だし」


 そう言って、「いってきます」の言葉とともに家を出た。




 いつもよりゆっくり歩いたつもりだったが、それでもちょっと早く着いてしまった。

 もうちょっと二度寝できたかもという誘惑を振り払い、校門をくぐる。


 昨日見たプリントを思い出しながら3組の教室へ行くと、中ではすでに何人かの生徒が座っていた。

 黒板には席順が書いてあったのでそれを確認して、俺も席に着いた。

 座ってから数分もしないうちに、ぞろぞろと3組の生徒が教室に入ってきた。


 みんなが席順通りに座るのとほぼ同時に、教室の前のドアが静かに開いた。

 教室に入ってきたのは、細身の女性。


「みなさん、おはようございます」


 と明るい声で女性が言うと、生徒たちも「おはようございます」と返した。

 この人が担任の先生なのかな……? という疑問は、その女性が黒板に大きく名前を書いたことで解消された。


「今日から1年間みなさんのクラスを受け持つ、担任のモデナといいます。よろしく」


 軽く礼をしたモデナ先生は、手に持っている名簿を開いた。


「いまから出欠をとります」


 そう言って、生徒の名前を順番に呼び始める。

 ボーっとしている間に呼ばれたら、俺は自分の名前に気付けないんじゃないか? と懸念していたが、その心配は杞憂だった。




「――レイナーデ・ウィローくん」


「はい」


 空凪澪じゃない自分の名前に、反射的に返事できたのが自分でもびっくりだった。


「――――――――さん」


「はい」


「以上、28名。全員出席ですね」


 どうやら全員終わったらしい。


「みんな、とてもいい返事でした。初めての学校で不安もあるかもしれませんが、今の元気な返事を聞く限りでは、大丈夫そうです」


 モデナ先生は笑顔で教室全体を見回した。


「じゃあ、みんなに1つ質問をします」


 教室がざわつく。


「今日からの5年間、下級校生活で一番必要なものは何だと思いますか?」


 「やる気とか?」「ルールじゃない?」「時間を守ることだと思う」などなど。

 いろいろな声や意見が教室のあちこちから飛んできた。

 先生はそのひとつひとつに耳を傾けていた。


「なるほど。みんなが言っていたものは、どれも必要だと思います。でも私が一番必要だと思うのは、友達です」


 友達……か。

 そういえば前世の俺は友達が極端に少なかったな。


「学校で何をするにも、友達は必要です。それがときには心の支えとなり、またあるときには思い出の一部となるのです。だから、今からみんなに友達を作ってもらいます。自由に歩いてしゃべっていいので、必ず『この人は自分の友達だ』と胸を張って言える人を、探してください」


「スタート!」と言って先生は手を叩いた。


 友達なんて作ろうと思ったことはないから、どうしたらいいかわからない。

 えーっと、ひとまず趣味の合う人を探せばいいのか?


 俺はすでに立ち歩いているクラスメートたちに混ざって、車好きいるー? と声をかけてまわった。


「え、お前も車好きなのか?」


 ただ一人だけ、俺に話しかけてくれる人がいた。


「もちろん。ってことはお前も?」


 縋るように聞いてみる。

 目の前の同志は、質問に答える代わりに大きく頷いた。


「仲間が見つかって嬉しいぜ。俺の名前は、ウラク・ダラーレだ。お前は?」


「レイナーデ・ウィロー。レイって呼んでくれ」


「よろしくな、レイ」


「よろしく、ウラク」


 俺はウラクが差し出した手を、固く握る。


 ワイワイと賑わう教室の片端で、人知れずに固い握手を交わした二人。


 二人の間には車好き同士の熱い友情が生まれていた。






 *





「ただいまー」


 まだ嬉しさが残るまま、俺は玄関のドアを開けた。


「おかえりー。学校どうだった?」


 母さんが出迎えてくれた。


「楽しかった。友達できたよ!」


「よかったね~」


 と言って母さんは俺の頭をなでる。

 ああ、嬉しくて仕方がない。

 やっと、俺に友達ができたのだ。

 この世界で、いやひょっとすると前世も含めて初めてかもしれない。




 俺の手には、握手したときの感覚がしっかり刻み込まれていた。



 その記憶は今後どんなことがあっても忘れることはないだろう。




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