110.夜道のスポットライト
「ここからはハイウェイで行こう」
「やったー!」
車線変更し、合流。草木が茂る森の中に通る、片側三車線の中央ハイウェイだ。
太陽はほぼ沈み切っていて、紺色の空の下を多種多様な車が走っている。
コンポーレは――――――そうだな、思い切って"レース"にしよう。
「ちょうど前が空いたし、試してみるか……!」
アクセルを踏む。
すると瞬く間にタコメーターの針が跳ね上がっていくが、それをわざわざ確認しなくても、ステアリング上部のランプが視界にちらついて、俺にシフトアップのタイミングを教えてくれる。
赤い光がどんどん右まで満ちていき、青まで達したら頃合いだ。
右手でステアリング裏のパドルに素早く触れる。
はい、これだけでギアチェンジ完了。いつも乗っているフェアレディZのMTとは比べ物にならない。
一呼吸すると、もう200km/h手前まで加速している。ランプは青。
もう一度シフトアップ。5速だ。
「うわあ、すごいレスポンス……どうなってるんだろう……」
エルマは助手席で目を輝かせている。
ちなみにこの車には助手席側――グローブボックスの上――にも横長のモニターが付いていて、回転数やスピードを見ることができる。
おっと、気付いたら300km/hだ。
さすがに暗くなってきたし、減速しておくか。
「ふぅ……つくづく乗りやすいよ、この車は」
どこまで飛ばしても、依然として紳士的な挙動だった。電子制御も決して出しゃばらず、必要最低限のアシストだけをして後は俺に任せてくれるような印象だ。
流石は名門ブランドのスーパーカー。そこらの車とは質感がまるで違う。
「フロントがこんなに動きやすいなんて思ってもみなかった」
運転席のシートに座っている俺よりも前方で、毎分8000回転の脈を打つフェンリル製V12エンジン。
重苦しい存在感を放つはずだが、不思議なことにステアリングを切れば素直にその方向へノーズが向く。前後重量配分は体感50:50に近い――むしろリアの方が若干重いのでは?
とにかく操縦性には文句のつけようがない。
まだまだいくらでも踏んでいけそうだ。
「ねえレイ、ラジオつけてくれない?」
「いいよ。チャンネルは?」
そういえばF-650バンディエラはオーディオシステムの評価も高かったような気がする。
せっかく借りているのだし聴いておきたい。
「ん……とりあえずRace Infoでお願い」
知らない局だ。そもそも俺がそこまで頻繁にラジオを聞かないからか。
「レースインフォ?聞いたことないな。周波数は?」
「嘘、知らないの!?」
「そんなに有名なの?」
思えば、軽量化する時にZからエアコンとオーディオも取り外したんだった。というとラジオなんて自分から聞くことはほぼ無いに等しい。
「“FM Race Info”だよ。誰がやってるのかさっぱりわからない海賊放送だけど、情報の質と量がとにかくすごいの。週末が終わればすぐグランプリの結果速報に、レギュレーションや新技術の考察とか。かと思えばメーカーの新車情報に、新しいチューニングパーツの発売、それからパーキングエリアのミーティングなんかも告知してるんだよ!」
「へえ……全く知らなかった」
そんな便利なラジオがあったとは。何時間でも聴いてられそうだ。
「放送は毎日ずっとやってて、たまに誰かがゲストで呼ばれたり……そうそう、先週はあのフィン・ロディウスがチームの裏話をしてたよ。あれはほんと面白かった」
「え、フィンが!?」
グランプリ・ワンに出場している中でもトップドライバーの一人、フィン・ロディウス。そんな人ですら出るほどのラジオなのか。
「そのラジオ聴こう。周波数合わせてもらっていい?」
「任せて!」
スピーカーから雑音が流れる。しかし次第に音が澄んでいき――――――
『――***性*あ*と言え**しょう。続*てのお便りは、ザール州在住のウォルター・コスターさんより。ありがとうございます』
妙に機械的な喋り方のナレーターだ。女性的とも男性的とも思えるその声質は、何らかのエフェクトがかけられているのだろう。まあ海賊放送だし。
『『ティアルタのクラス2が開幕しましたが――』そうですね。リスナーの皆さんももちろん観ましたよね?『――率直に言って、ここまで興奮するシーズンの始まりは初めてです』なるほど。『ベテランや中堅もそうですが、何と言ってもいきなりポディウムを獲得したレイナーデと、ウラクとのバトルが待ちきれません』だそうです』
聞き間違いではないようだ。
「ええ……俺!?本当か、これ?」
「やっぱり話題には上がるよね。今じゃティアルタの注目の的だよ、レイ」
そうなのか。我ながらとんでもないことをしてしまったようだ。
しかし開幕戦から鮮烈なデビューを飾ったとすれば、それはすなわち全員からの期待値が跳ね上がったということ。
一発屋では駄目だ。次のレースも、その次も、結果を残し続けなければならない。
『確かにレイナーデ・ウィローは衝撃でしたね。あんなピット戦略を成功させるなんて、ルーキーとは思えません。ですが――』
「そこ右折だよ」
エルマに言われて交差点の標識を見る。危うく直進していたら、聞いたこともない名前の町を彷徨うことになっていただろう。
「本当だ。ありがとう」
レースのことばかり考えすぎるのも良くないな。
『――彼のコース上での実力は、本物なのでしょうか?……第2戦のお楽しみですね』




