10.新たな春
*
「ん……」
ベッドの上で目覚めた俺は、見慣れない天井を見上げて唖然とする。
俺の家じゃない――どこだここ?
いや、違う。
ここが今の、俺の家なのだ。
「そうだ、俺は転生して……」
この自問自答を脳内で繰り返すのも何回目だろう。
もう俺が転生してこの世界に生まれてから5年以上が経つのに、いまだにこの異質な環境になれない。
前世じゃいつも布団だったからな……。
まあいいや。
今日は何する日だっけ?
転生後の俺はまだ5才。
学校はないから、家で好き放題――
あ、そうだ。すっかり忘れていた。
今日は俺の、入学式だ。
異世界の学校についてだが、前世の日本では小中高(大)とあったのに対して、この世界の学校は下級校と上級校しかない。
そのどちらも義務教育となっていて、この世界では学費はすべて国や自治体が負担するらしい。
つまりはどの学校も公立。
この政策のおかげで識字率は99%をキープしているらしい。
それはともかく、この世界に生まれた子供たちは5才になった次の春から下級校に5年間通い、10才になった次の春に卒業して、今度は上級校に5年間通う。
6+3+3+4の日本のシステムと比べれば、遥かにシンプルで分かりやすい。
大人の説明を聞く限りでは、下級校は小学校と同じようなものだとみて間違いないだろう。
だが上級校は中学とは違い、受験が前提となる(もちろん受験しないで入れる上級校もあるらしいが)。
そのぶん、より専門的な知識を学べるということだ。
まあ、上級校については後から大人の誰かに教えてもらえるだろう。
それはともかく、俺は二週間ほど前に5才の誕生日を迎えた。
俺の誕生日は奇しくも前世と同じ、3月21日。
つまり今日は、下級校の入学式というわけだ。
今日から学校生活が始まるのか……。
慣れない異世界での生活に内心わくわくしながら、ふと気づく。
そういえば今何時だっけ?
昨日の母さんの説明だと、8時には起きてないとマズいはず。
枕元の時計を見ると、7時半をちょっと過ぎたところだった。
もうちょっとベッドの上でグダグダしてよう。
ああ。
あのとき二度寝しなければよかった。
後悔しながら、急いで朝食を食べる。
そういえばこの世界に来てからこれといった和食を食べてない気がする。
今日の朝食も洋風のエッグベネディクト的な何かだった。
余計な事を考えている場合ではない。遅刻寸前だ。
「ごちそうさま!」
と言って完食後の皿にフォークを乗せ、ダッシュで玄関まで移動する。
昨日の夜にあらかじめ持ち物をそろえたカバンを置いておいて助かった。
ありがとう、昨日の俺。
なんで二度寝したんだよ、今日の俺。
「いってらっしゃい、気を付けてね」
母さんの呼びかけに軽く頷くと、俺は玄関を飛び出した。
*
「間に合った……」
時計を確認しながら、校門をくぐる。
どうにか間に合ってよかった。
まだ5才だから自分の脚力には不安があったが、転生後の俺は少なくとも運動音痴というわけではないらしい。
一息ついた俺は、案内に導かれるがまま式場に入っていった。
入学式とは言っても日本のように畏まった雰囲気ではなく、新入生向けのガイダンスといったところだが。
親も来ないらしい。
式場は思ったより小さかった。
体育館と兼用ではないと思うが、とするとここは普段何に使われているんだろう?
中を見ると正面に舞台が大きく構え、手前には大人が6人ぐらい座れそうな、ベンチのような長椅子が規則正しく二列になっていた。
その配置はさながらキリスト教か何かの教会のようだったが、宗教的なものはあたりに見当たらなかった。
他の新入生が長椅子に座っていくところを見る限りでは、席順は自由なのだろう。
そう判断した俺は、真ん中より少し後ろの長椅子が無難だとみて、その端に腰かけた。
5分もしないうちに新入生が全員揃ったらしく、後ろの両開きの扉が先生と思わしき人物によって閉められた。
他の先生方はすでに前のほうで待機している。
だが厳かな雰囲気は感じられず、歓迎してくれる気持ちがあふれていた。
しばらくすると初老の男性が舞台へ上がり、マイクを持って新入生のほうへ向いた。
「新入生のみなさん、こんにちは。私は校長のガレンです」
その声には、年齢を感じさせない若々しさが伴っていた。
「堅苦しい話は抜きにして、今から私の教育方針、つまりはこの学校をどのような学校にしていきたいかを、この場を借りてお話ししましょう」
「まず、私からみなさんにお願いしたいことはひとつだけです。それは、ルールの意味をきちんとわかって守ってほしい、です」
5才の子供たちにも理解できるように、話は続く。
「世の中には絶対にルールが必要です。みなさんは、そのルールを時々めんどくさいとか思うこともあるかもしれません。しかし、ルールを守れない人は学ぶことはできない。学ぶことができない人は遊ぶことができない。これは当然です」
「ルールには、必ず意味がある。それをわかって守るのと、わからないまま守るのでは全然違います。みなさんには、ルールの意味をきちんとわかってもらいたい。私からお願いすることは、それだけです」
パチパチパチ、と新入生から拍手があがった。
校長は真面目な表情を崩して、話を再開する。
「ちょっと難しい話になってしまいましたね、ハハハ。改めて、新入生のみなさん、我が校へようこそ。歓迎します。人生の中の短い5年間ですが、一生に一度の下級校生活を、楽しんでください」
話を終えたガレン校長は、笑顔で舞台を降りた。
結局その日は、校長先生の話のあとに副校長から下級校の簡単な説明とプリント配布が行われ、解散となった。
安堵の表情を顔に浮かべながら俺は校門を出た。
やっと入学式が終わった。
これから忙しくなるんだろうな……。
まだ東の空から下級校を照らしている太陽は、新入生の入学を温かく祝福してくれた。




