ピットアウト
「ふぅ……」
ヘルメット越しに大きく息をつき、目の前のステアリングを握りなおす。
グローブを通してでも、タイヤと地面が擦れ合う感触を掌で感じるのは容易い。
「行こう」
慎重にスイッチを押してエンジンに火を入れると、聞きなれたエンジン音が響いて耳に安心感を与えてくれた。
どこにいようと、これは俺の車。今までと何ら変わりはしない。
そう自分に言い聞かせるようにして、クラッチを繋ぐ。
不思議と、今までのどの半クラよりもスムーズに決まった。
ゆっくりとアクセルを踏み込んで、そっとピットレーンへと進む。他のマシンも続々とガレージから出てきた。
意識に余裕が出始めた俺は、目の前でピットからコースへ合流した車のエンジン音に耳を傾けてみる。
「うわ、あの車すごい音するなぁ……」
ヘルメットの中で誰にともなくつぶやく。
今日は平日であるにもかかわらず、走り抜けていく車にはどれも手がかかっていることは一目でわかる。
自動車産業が発展しているというのは伊達じゃないな。
そんなことはさておき、俺は一刻も早くこの世界のサーキットに慣れなければいけない。レースで勝つ必要がある以上、失敗は許されないのだ。
と思いつつ、焦ってもいいことがないと自分に言い聞かせながらピットレーンを出る。
視界が開けた先には、見たこともないような景色が広がっていた。