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第一話・結:『前世の記憶を思い出して、俺は誓う』


 一度、話をまとめて整理してみよう。


 そう思い立った俺は母さんが持ってきてくれた勉強用の筆記用具を取り出して、そこに今の俺が知り得るすべての情報を書き出していく。



「誰かに読まれたら怪しまれるかもしれないし、日本語で書いておくか。えーと、まずは……」




 ➀:世界観


 この世界はゲームの世界だ。

 前世で俺がハマっていた乙女ゲームの世界であり、俺が前世で生きていた世界とは違う異世界。


 だけど、異世界といっても、前世で俺が慣れ親しんでいたゲームやアニメから連想するような中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジーワールドじゃない。


 魔法なんて非科学的なものは存在しないし、世界を滅ぼそうとする魔王や人間に害を成すモンスターも存在しない。文明の水準も決して低くはないし、時代的には中世というよりも近代といっても差し支えのないほどに技術的にも発展している。

 たとえば、この世界ではすでに自動車が発明されているし、空気中から窒素を取り出す方法も確立されている。もっとわかりやすく、より具体的に、そして嫌な言い方をすれば……この世界では、すでに戦車や飛行機、地雷や毒ガスなどといった戦争において大量虐殺を可能にする近代兵器が開発されている。


 この世界はあくまで俺が元いた世界に基づいた異世界だ。あえていうなら、この世界は少し違う歴史をたどったもうひとつの地球……平行世界パラレルワールドといえるのかもしれない。

 


「そんな世界観を舞台にゲームのストーリーは始まる、と……」




 ⓶:キャラクター


 物語はとある王国のとある港湾のとある倉庫内での一幕から始まる。

  

 あのときの倉庫だ。つまり、あの事件はゲームをプレイして一番最初に発生するイベント、プロローグなのだ。

 そして、あそこでは3人のメインキャラクターが登場している。



 1人目はゲームの主人公であるルイズ・フランクス。

 王国ではどこにでもいるような普通の庶民の女の子。


「たしか、もう、この時点で母親と二人暮らしをしているんだよな……」


 ルイズは頭の回転が速くて利口な女の子で、神童といわれていた実の兄と共に幼い頃から将来を有望視されるような才女だ。強い好奇心と探求心、そして誰よりもひたむきでまっすぐな向上心を持ったルイズは勉学においても努力を続けて、数年後には俺やラモンが進学する王立学校に庶民ながらも特待生として入学してくるし、最終的には王国で初めて学士を習得する女性となる。


「その王立学校で過ごす数年間がストーリーのメインパートになるんだよな……」



 2人目はメインの攻略対象であるラモン・ノヴァレス・オブリージュ。

 王国を統治する国王陛下の1人息子……つまりは次期国王となられる王子様だ。


「そして、俺にとっては生まれた頃から付き合いのある幼馴染で唯一無二の親友である、と……」


 ラモンは一見、華奢な体付きをしているけど、じつは運動神経抜群で俺なんかよりもずっと運動ができるし、剣術も上手い。それでいて外見もスマートで容姿の整った美少年だから肩書も相まって、まさに白馬に乗った王子様だ。

 性格はさわやかで口調も丁寧、物腰も柔らかく、女性にも優しい紳士……だけど、自分の本当の気持ちを常に隠していて、自分の主義や思想を押し通すためには笑顔で他人を騙すこともいとわない……まぁ、いわゆるさわやか系の腹黒キャラだ。


「間違っても俺様系のキャラではない、と……ていうか、ラモンのやつ、主人公と出会う前から腹黒かったのか……あいつ、元々の素の性格の時点であれなんだな……末恐ろしい奴だ……」



 そして、3人目がサブの攻略対象であるルドルフ・ヴァレンティノス・オブリージュ。

 俺のことだ。


「家名がラモンとよく似ているのは王家を血を引く分家だから、と……まぁ、王家筋とはいえ、末端だから王家に属してないけど」


 俺の家は代々王国と王家に仕えてきた軍属の家系であり、今まで何人もの武官を輩出してきた。現在でも、父さんは警察組織のトップだし、母さんは王国はおろか世界でも数少ないであろう女性軍人だ。息子である俺にとってはただの子育てに熱心な教育ママだけど。

 そして、そんな父さんと母さんの子供である俺は正義感に溢れた明るくて元気な快活児……まぁ、ありていに言って、体育会系の熱血漢キャラだ。もしくは少年漫画とかに出てくるような主人公とは正反対の性格をした相棒パートナーみたいなポジションのキャラ。



 これがプロローグの時点で登場するメインキャラクターたち。

 他の攻略対象を含めたキャラクターは主人公が学校に入学してから出会う……はずだ。主人公がゲームのストーリー通りに生きるなら、だが。


「ルイズが俺やラモンと関わるきっかけなんて、これぐらいしかないもんな……」 


 書きながら溜息を吐く。 




 ⓷:ストーリー


 ルイズは生まれも育ちも生粋の庶民だ。だから俺やラモンといった貴族や王族との接点なんてものは一切ない。

 普通なら俺たちと関わることもない……普通なら。


 だけど、普通ではない特別な出来事が彼女の身に起きた。

 俺たちと関わり合いを持つことになる運命の出会い、それこそが倉庫での一幕である。

 


 ルイズは子供の頃から病弱で働けない母親のために自ら働いて生活費を稼ぐような、たくましくも心優しい女の子だ。

 ストーリー開始時点の頃から『仕事をください。どんな仕事でもやります』と手書きで書いた立て札を首からぶら下げて歩き回り、大人たちに混じって必死に日雇いの仕事で働いて日銭を稼いでいる。


 ……そんなルイズが高額な報酬に釣られてしまうのも、犯罪者組織に騙されて誘拐されてしまうのも、無理からぬことだろう。

 どんなに気丈で芯が強くても、彼女はまだ子供だったのだから。



 対して、俺とラモンは自分たちから犯罪者組織に接触した。


 というのも、あの犯罪組織は王国中で噂になっていたし、警察でも父さんたちはずっと捜査をしていたし、組織の行方を追っていた。そして、とうとう組織の所在を掴み、いよいよ身柄を拘束するという段階になったとき……なぜか父さんも含めて警察は一転して捜査に消極的になり、捜査をしなくなった。


 この間もずっと子供たちが誘拐されたという情報が入ってきているのにも関わらず、だ。


「まぁ……今の俺にはなんとなくわかるんだけどね……」

 

 きっと、()()()()()()なんだと思う。


 自分よりも上の存在に圧力をかけられたのか?

 それとも、なにかを重要な秘密を知って動けなくなってしまったのか?

 あるいは……すべてを知った上で父さんも一枚噛んでいるのか?

 

 詳しい詳細まではわからない。だって……。



「……いや、やっぱり、いいや。これは後で話をまとめてから考えよう」



 まぁ、とにかく、父さんもなにか事情があるんだと思う。

 でも……子供の俺にはそれが許せなかった。



 父さんは俺に昔から事あるごとに言っていた。


 警察は正義の味方だ、と。

 警察はいつかなるときも国民の味方であり、公共の味方でなくてはならない、と。


 俺は……そんな父さんを尊敬していたんだ。

 俺は……俺も“父さんのような正義の味方”になりたい。そう思っていたんだ。


 それなのに……。

 


 だから、俺はラモンに頼んで協力してもらったんだ。


 父さんがやらないなら俺がやってやる……そんな子供のように純粋でまっすぐな正義感を胸に抱いて。



 自分の正義を信じて。



 ラモンも、最初は反対していたし、俺を説得しようとしていたけど、最終的には俺のことを信じて協力してくれた。よくわからないけど、ラモンにとっても事件解決に臨むためのなにかがあったのかもしれない。

 俺の家の権限で警察を動かすと父さんにバレてしまうので、ラモンが持っている王家の権力と自分自身が持つ権限を利用して実行に移し、俺は斥候兼万が一子供たちになにかあったときのために備えて囮捜査役を買ってでたというわけだ


「その結果が一連の騒動を引き起こした、というわけだ……」



 そして……ここからが最も大事なところだ。



 本来、焼き鏝を押し当てられるのは俺じゃない。

 本来、女の子を庇い、銃で撃たれるのは俺じゃない。


 本来は主人公であるルイズのはずだった。


 ゲームでは、あのときの俺はただそこにいるだけで、なにもできず、ただ必死に抵抗して暴れるだけの無力な子供でしかないはずだった。

 結果的に本来は傷付くはずだったルイズが傷付かずに済んだのだと考えれば、俺の行動もけっして悪くはないことだったと思いたいけど……。


「ルイズが傷付かないと、俺たちが友達になるきっかけができないんだよな……」


 もう一度、溜息を吐く。


 

 その後のゲームでのストーリー展開はこうだ。


 ルイズは倉庫で起きた事件以来、掌と背中に生涯消えることのない傷痕ができ、それは生涯癒えることのない心の傷として彼女を蝕み続ける。

 

 心に傷を負ったのはルイズだけじゃない。俺やラモンもだ。

 

 ラモンは自分の不甲斐なさと無力さを痛感して自己嫌悪する。『自分がもう少し早く到着していれば、彼女は傷付かなかった……』そんな風に悔やみ、後悔するのと同時に、ルイズへの罪悪感と同情……そして、自分にとって知り合いでもない見知らぬ女の子を身を挺して庇ったルイズに興味と好意を抱き、贖罪の意味も込めてルイズに永続的な金銭の援助をするようになる。


 それが、ラモンがルイズと友達になるきっかけ。



 そのときのゲームの会話は今でも覚えている。




「ごめんなさい……私、そのお金は受け取れないわ」

「……どうしてですか? 金額が足りないというのであれば遠慮せずに仰ってください。いくらでも増額しますし、何度でも用意します」

「ありがとう。でも……私はやっぱりそれを受け取ることができない。貰っても嬉しくないわ」

「な、なぜです? あなたはお母さまと二人暮らしじゃないですか。こんなことを言ってはなんですが、生きていくにはお金が……誰かからの助けが必要じゃないんですか?」

「……たしかにうちは貧乏よ。正直に言って、そのお金も喉から手が出るほどに欲しいわ」

「だったら――」

「でも、それを受け取ってしまったら、私はあなたの()()を認めてしまうことになってしまうわ」

「!?」

「ねぇ、ラモン……様。私、ラモン様が助けに来てくれたとき、本当に嬉しかったの」

「助けられてなんてられていませんよ……私は間に合いませんでした」

「そんなことありませんよ」

「あるんです。私のせいであなたはいらぬ怪我を負ってしまいました……私が、あと、もう少しだけ早く助けに行っていれば……」

「そんなことない!」

「!?」

「間に合わなかったなんて……そんなこと言わないでよ! 思わないでよ! あなたはちゃんと私を、みんなのことを守ってくれたわ!」

「し、しかし……!」

「これ以上、自分を責めないで! あのとき、あの女の子を庇ったのは私の自分の意思よ!」

「…………」

「ねぇ、ラモン様はどうして今でも私を助けようとしてくれるの?」

「え……?」

「私、ラモン様が入院している私のためにわざわざ病院までお見舞いに来てくれて……私、すっごく嬉しかったっ」

「ルイズ嬢……」

「ラモン様は贖罪のために……自己満足のためだけに私を助けようとしてくれているんじゃないって信じてるもんっ!」

「!?」

「たとえ、そうだったとしても……そう信じたいっ!」

「…………」

「…………」

「ルイズ嬢。お願いがあります」

「……なに?」

「私と……いや、僕と友達になって……ほしい」

「――えっ?」

「僕はきみと友達になりたい。もっときみのことが知りたい。だからこそ……こんなところで、せっかく手にしたきみとの縁を失いたくなんかない」

「ラモン様……」

「友達として、僕にきみを助けさせてほしいんだ。これは紛れもない僕の意思だ」

「……はい! ラモン様!」

「ありがとう。それと、様付で呼ぶのはやめてくれないか? 僕も敬語はやめるから」

「で、でも……」

「友達だったら、お互いに対等な関係じゃなきゃおかしいじゃないか。僕が何者でも、きみが何者でも、そんなことは関係ないじゃないか」

「…………」

「僕は僕できみはきみだ。そうだろう?」

「……うん。わかった。よろしくね、ラモン!」

「こちらこそ、よろしく、ルイズ!」




 それがきっかけでラモンはルイズと友達になった。それに合わせて俺もルイズと友達になった。



 俺も、ラモンも、今までの人生で庶民と関わったことなんてなかったし、心から友達といえるような友なんてほとんどいなかった。


 だからこそ。


 俺たちはルイズとすぐに仲良くなったし……すぐに好きになった。

 

 友達としてじゃない。

 異性として、女の子としてだ。


 俺にとっても、ラモンにとっても、ルイズは大切な友達で……大切な人になった。



「…………」


 以後、ルイズとの出会いは俺やラモンに大きな影響与えた。


 ラモンは自分の大切の人たちのためなら、笑顔のままどんな嘘でもつくし、それこそ本人にすら騙し、偽るようになるなど、それまで以上に腹黒さが増すようになる。

 だけど……その腹黒さはたとえ自分はどんなに汚れても大切な人を助けたい、守りたいという大切な人を思うが故のものなんだ。



 そして、俺は俺でルイズのまっすぐさな性格に感化されて、それまで以上に正義を妄信するようになる。

 熱血的で情熱的。だけど、少し猪突猛進でおバカ。だけど、やっぱり、どこか憎めない。愛すべき正義バカとでもいうようなキャラへと成長していく……というわけだ。



 そして、ルイズも、俺やラモンとの出会いに大きな影響を受ける。



 傷痕を見る度にあのときの記憶を思い出しては心が蝕む。

 やがて、彼女は暴力を憎むようになり……究極の暴力である戦争を強く憎むようになる。


 もっとも、それは彼女の家族に関する境遇も関係しているのだが。




 そして――






 その憎しみは、やがて、彼女――クレア・ド・ヌムールへと向かっていく。




「それが救いのない悲劇の始まり、か……」


 一人で呟いては自嘲する。


 しかし。


「現実として起きるかもしれないことを考えると笑えないや……」


 


 ⓸:悪役令嬢


 クレア・ド・ヌムール。


 彼女はゲームの主人公であるルイズと対立することになるライバルキャラ。

 クレアの家は上流階級でこそないが、父親は王家に次ぐ財力を保持するともいわれる大富豪であり、彼女はそんな父親のたった一人の愛娘だ。


 そして、彼女はラモンの婚約者でもある。それはつまり――次期王女ということ。この事実こそ、クレアがルイズのライバルキャラであることの最大のゆえんだ。


 クレアとルイズは同じ王立学校に通う同級生。だけど、好みから性格に至るまで、そのすべてが正反対であり、お互いの仲は壊滅的なまでに悪く、むしろ最悪といってもいいほどに険悪だ。



 理由はいたってシンプル。

 お互いがお互いに嫌悪し合い、憎み合っているから。



 ドヌムール社。

 それはクレアの父親が興し、自らの代だけで築き上げた王国最大の巨大財閥。一代で成長したいわゆる成り上がりの成金なんだけど……なにせドヌムール社はその規模が桁外れ。


 表向きは化学製品の開発・製造・販売を一手に取り扱う化学工業会社だけど、その裏では火薬や爆薬、果ては最新鋭の爆弾や毒ガスなどの化学兵器の開発・製造にも手を染める軍需産業会社でもある。とくにドヌムール社は王国内の企業で初めて高品質な火薬の大量製造に成功したという実績があることから王家からの信用も厚く、戦争を通じて王家や国軍と巨大ビジネスを行い、巨万の富を得ている。


 ……つまりドヌムール社は戦争を食い物にして今の栄華を極めたのだ。

 だからこそ、ドヌムール社のことを世間では『死の商人』などとも揶揄して忌み嫌う人も多い。



 ……ルイズも、その一人。

  

 そしてなによりも、ドヌムール社は成金だ。技術や財力はあっても歴史と伝統によって裏付けられた他者に誇示するだけの権威はない。だからこそ、クレアの父親はそれを求めて、王家との繋がりを得ることに腐心した。その結果がクレアとラモンの婚約。

 


 王家とド・ヌムール家。お互いの利害は一致していた。



 ド・ヌムール家は王家の血を自らの家に取り入れることで自分たちを成金と見下す他者を示威するための権威を求めている。王家は立法君主制国家足る自国における自分たちの権力の安全保障のためにも巨大財閥ドヌムール社との結びつきを強めたい。 



 そんな思惑がクレアとラモンの婚約を結ばせた。



 だけど……。


 いくら王国最大の大会社とはいえ成金、しかも『死の商人』ともいわれるド・ヌムール社がそう簡単に世間から受け入れてもらえるわけがない。

 事実、王国のメディアは2人の婚約を批判気味に報じていたし、庶民から富裕層にいたる多くの国民はクレアのことを王子の婚約者にしては品位が欠けていると反対している。


 だからだろうか。

 

 クレアは幼い頃から友達ができず、いつも孤独だった。

 ……それどころか、父親の強い意向で通わされていた王立学校では常にバカにされていじめられてさえいた。



 だけど……それも無理からぬことなのかもしれない。


 

 というのも、この世界ではゲーム開始の時点……つまり、プロローグの頃よりも数年ほど前に、世界全土に戦火と死の苦しみを覆った大戦が起きており、王国もその戦争に参戦していた。そして、ドヌムール社はその戦争で使われる火薬を製造する傍らで新型兵器の開発と製造を積極的に行っており、諸手を挙げて戦争に協力していた。



 これがドヌムール社が王家の信用を得た理由。



 そして、この大戦は今までの戦争とは比べ物にならない程に多くの犠牲者を出した。戦争で傷付き、亡くなった人々、今も尚苦しんでいる人々は何千人、何万人でもいる。

 徴兵によって戦地に赴いた末に戦死した人、身体が負傷して人体を欠損させた人、精神が病んだ人、戦仲間を失った人、家族を失った人……戦争によって傷付き、今も尚苦しんでいる被害者なんていくらでもいた。



 ……ルイズも、その一人。


 ルイズの家族は父親が大戦で戦死、兄は戦場で重度のシェル・ショックとなった末に()()()になった。

 

「たしか、自軍の戦車護衛の際に足を巻き込まれてしまったんだよな……かわいそうに……」


 そして。


 その戦車の製造元はドヌムール社。

 ルイズにとって、ドヌムール社は母国の戦争勝利に貢献したという思いより、今尚続く自分たちの苦しみの元凶である戦争に加担した戦犯企業という思いが強い。


 そして、それはルイズだけじゃない。


 ドヌムール社は戦後も常に世間の目の敵にされた。

 だから、いじめられているクレアを助けてくれる人なんて、父親以外、誰もいなかった。

 


 ……ルイズも、その一人。その理由もまた極めてシンプル。



 嫌いだから。

  憎いだから。

   友達じゃないから。



 ルイズはドヌムール社を強く憎んでいる。

 兄は大戦前はドヌムール社に勤める科学者だったから。そして強い愛国心を持った若者でもあった。

 戦時中、彼は徴兵されるまではドヌムール社で新型兵器開発のプロジェクトに参加していた。


 開発品目は戦車。

 彼は愛すべき祖国の勝利を信じて大量殺戮のための兵器開発に励み――見事、完成させた。


 そして自らの足を失い――裏切られた。


 戦争で精神を病み、身体を欠損させながらも生きて愛すべき祖国と家族の元へと帰ってきた兄のことをドヌムール社は一方的に解雇した。

 かたわとなり仕事ができなくなったからではない。精神に異常をきたしてしまし、役に立たなくなったからだ。戦争を食い物にして莫大な利益を上げて肥え太った『死の商人』は戦後、戦争による被害者……それも自分たちの命令に従った社員まで切り捨てた。



 以後、家族の大黒柱だった父が亡くなり、会社を解雇されて再就職もままならない兄がいるルイズの家は一転して貧しくなり、極度の貧困家庭となる。兄としても自分が家族に迷惑をかけているという事実に耐えられなかったのだろう。ある日、兄は誰にも告げぬまま家族の元を離れて、家を去ってしまった。


 以来、兄はずっと行方不明のまま、ルイズはずっと母親との2人暮らしをしている。



 そんな経緯があるからこそ、ルイズは戦争……ひいてはドヌムール社を強く憎んでいるんだ。

 彼女にとって、ドヌムール社は自分や家族を苦しめた元凶のひとつであり、クレアはその憎悪すべき会社の社長令嬢。だからこそ、クレアのことを毛嫌いしているし、いじめられていても加担こそしないものの助けようとは絶対にしない。


 ……もっとも、クレアもまた自分の婚約者であるラモンと仲が良いルイズのことを毛嫌いしているし、憎んでいるんだけど。


 つまり、どっちもどっち。



「……本当、無駄に重い話だな。いったい、どこの誰だ? こんな胸糞悪くて鬱いストーリーを考えたの?」


 誰もいない病室で気分を紛らわせるかのように笑う。


「それとも乙女ゲーって、どれもみんなこんな感じなのかな? あのゲームしかプレイしたことないからわからないや、あはは……」


 だけど……どんなに笑っても返事は帰ってこない。静かな病室に簡素な笑い声が響くだけ。むしろ、より一層虚しい気分になるだけだった。


「ルイズとクレア、か……」



 立場は違えど、辛く苦しい境遇を生きている2人の女の子たちの姿を思い浮かべながら、ストーリーの続きを思い出す。

 すでに書き出す手の動きはずいぶん前から止まっていた。




 ⓹:ラモンルート


 ルイズとクレアの仲は改善することもなく、そのまま最悪の形でどこまでも際限なく悪化していく。



 そして。



 ストーリーの後半にて、2人の運命を決定付ける事件が起きる。



 

 クレアの父が殺されてしまうのだ。




 重火器を武装した男たちがドヌムール家の屋敷に押し入り、銃を無差別に乱射。邸宅にいた多くの人々を恐怖のどん底に落とした挙句の果てに持ち込んだ大量の爆薬を爆破させて自殺してしまう。



 男たちが凶行を起こした動機は不明だが……世間ではまことしやかにとある説が流布していた。



 復讐だ。


 男たちは大戦によって負傷してしまったときの後遺症のせいで戦後社会に復帰することが許されず、就職することもできないまま、平穏な社会に馴染むこともできなかった。

 彼らはそんな自分たちの苦しみを糧に、憎しみの矛先としてドヌムール社を襲ったという。会社の火薬製造工場に不法侵入して、多量の火薬を盗み出すのは容易だったという。


「……まぁ、当たり前といえば当たり前だよな」


 現代日本とは違って、コンプライアンスもないような時代・世界観なんだから。



 そして。



 その事件によって、クレアはこの世でたった一人の家族を喪ってしまう。


 

 だけど、彼女の苦しみは尚も続いた。



 ドヌムール家爆破事件は世間の大きな関心を集め、注目を集めた。

 新聞、ラジオ、テレビ……多くのメディアはこの事件について、あることないことを面白おかしく吹聴した。しまいには戦争を食い物にしていた『死の商人』に神の裁きが下されたとして、事件の加害者を擁護して、被害者であるクレアの父親を糾弾するものまで現れる始末。



 だけど……やっぱり、それも無理かならぬことなのかもしれない。



 戦争の被害者はいくらでもいるから。


 手の届かない特権階級――それも元々は自分たちと同じ庶民だったくせに汚い方法で王家に取り入り、成り上がった『死の商人』の不幸話はある人たちにとっては溜飲が下がるほど面白くて楽しい出来事だから。

 

 世論は加害者を擁護し、ドヌムール社こそ真の加害者であるという風潮を帯びていく。



 クレアのことを守ってくれる人はいなくなった。

 婚約者であるラモンでさえ……守ってあげられなかった。



 ラモンは覚悟を決めるしかなかった。



 ラモンとクレアの婚約はクレアの父親が亡くなってからしばらくした後に破棄されてしまう。

 それを希望したのは他ならぬラモンだった。



 ラモンはクレアのことを見捨てた。

 ルイズを選び、クレアを見捨てた。

 クレアはこの世でたった1人の家族を喪い、最愛の人から捨てられた。



 そのときの……ゲームをプレイしていたときの彼女の悲痛に満ちた慟哭を忘れることはできない。



()()()っ!? ねぇ、()()()なのっ!? 私が、いったい、()()()()()っていうのよっ!!!』



 きっと、すべてが憎くてしょうがなかったのだろう。

 自分から婚約者を奪ったルイズのことを憎み、婚約者である自分を切り捨てたラモンを憎み、いわれのない憎悪を向けて迫害してくる庶民を憎んだ。 


 

 だけど、彼女の地獄はまだ終わっていなかった。


 

 もう二度と大戦を起こさせないため、世界の平和維持のため、そんな名目を掲げた世界各国の大国の主導の元、国際法の整備と国際組織が発足するなかで、戦犯の責任を追及する動きが王国内で広がった。


 世間の戦争に対する怒りと憎しみを一身に受けて、矢面に立たされることとなったドヌムール社。

 王家は自分たちに国民の怒りが向けられることを避けるため……ドヌムール社を国営企業として接収・解体することを決めた。


 以後、ドヌムール社は王家の主導の元、軍需産業から完全に撤退し、化学工業製品の開発・製造のみを行うようになり、やがて世界有数の重化学工業会社としてのさらなる繁栄を築いていく。

 合成繊維や合成ゴムが開発されて、それらは世界へと輸出されて、普及していくなかで、戦争を食い物にしてきた『死の商人』はようやく庶民のための化学工業会社として受け入れられていく。



 ――もちろん、かつての膿はなにもかもすべて出し、ドブの底へと流したうえで。



 ドヌムール家は急速に没落の一途を辿った。

 たった1人、残されたクレアは父親が遺してくれたあらゆる遺産を会社の接収とともに自分の意思とは関係なしに強奪されていく。


 

 そして。



 クレアは壊れてしまった。 

 なにもかも失い、奪われ、壊れてしまったクレア。




 そして、ストーリーのクライマックスであるラモンとルイズの結婚式のとき。




 クレアは自分が憎むすべて人を殺そうとした。

 

 自分を見捨てたラモン、自分から婚約者奪ったルイズ、父親の遺産を強奪した王家、自分の頭で考えずに思考を停止して迫害に加わる庶民……自分が憎むなにもかもを殺そうとした。


 

 式典の最中、クレアはかつて自分の父親を殺した男たちと同じ手口で2人に復讐しようとする。



 だけど――悲しいことにクレアは()()()()()()だった。


 か弱くて、無力で、なにもできない女の子。


 重火器を上手に扱えるわけもなければ、火薬の専門知識なんて持っているわけがない。



 結局、いったいどこから用意したのかもわからないような古くて湿気った爆薬は使い物にならなくて、なにもできないまま無様に捕まってしまう。



 ラモンも色々と思うことがあるらしく、クレアのことを処罰せずにそのまま国外追放とした。



 以来、クレアがルイズとラモンの前に現れることは二度となかった。



 結婚して夫婦となったルイズとラモンは戦争によって傷付いた人たちへの想いを胸に抱き、誰もが幸せに生きることができる王国、戦争のない平和な世界を目指すことを誓い合うのであった……。






「めでたし、めでたし、か……」




 これがメインの攻略対象であるラモンルートのストーリーだ。


「これがメインルート……しかも、ハッピーエンド扱いなんだもんな……」


 重い。重すぎる。いくらなんでも救いがなさすぎる。


「そういえば、前世でも、ゲームをプレイしている最中、メンタルを抉られまくって、途中で何度もプレイを中断したんだよな……本当、我ながらよくさいごまでプレイしたもんだよ……」



 たぶん……気になってしまったんだと思う。

 それこそ、プレイ中、後半はもうずっとルイズやラモンじゃなくて、クレアに感情移入していた。


 それだけに、この結末は衝撃的だった。

 


 だけど……その悲劇的なストーリーはこれから現実で起きるかもしれない、



「なんとか助けてあげたいけど……」



 ベッドの上で自らの無力さを痛感する。



「ああ、くそっ! なんで、俺、ラモンルートしかクリアできていない状態で死んじまったんだよ……!」


 そう……俺はゲームの共通ルートとメイン攻略対象であるラモンルートしかクリアしていない。家に帰ったら、さっそく2週目、ルドルフルートを進めるつもりだったときに交通事故に遭ってしまった。


「アニメも分割2クールなのか、それとも原作販宣のためなのか知らないけど、共通ルートとラモンルートまでしかやってなかったし……」


 それに俺はすでにストーリーの根幹に関わる部部を変えてしまっている。今後、ストーリーが進行したとしてもどういう風に変化していくのか予想もできない。


「はぁ……ぼやいてもしかたないよなぁ……」


 まずは落ち着いて、自分自身の気持ちを考えてみる。



 俺はどうしたいんだろう?


 大前提として、俺はまだ主人公のルイズと出会っていないし、悪役令嬢であるクレアとも出会っていない。はっきり言ってしまえば、今の俺にとっては2人とも赤の他人でしかない。だから、ある意味、俺には関係のないことだ。


 他人の不幸は見て見ぬ振りをするのが一番なのかもしれない。


 だけど……。


「助けてあげたい……」


 小さくつぶやく。結局、これが今の俺の本心だった。


 なんとかしてあげたい。助けてあげたい。守ってあげたい。


 クレアだけじゃない。

 ルイズだって、なんとか行方不明の兄を会わせてあげたい。



「前世の俺なら絶対に思ったとしても実際に行動には移さないだろうな……」


 おもわず、自嘲してしまう。


 だけど、今は違う。これが今の俺の本心だから。


 だって……俺は正義の味方に憧れる正義バカだから。

 この世界に転生してルドルフとして生まれ育った今世の俺……それが前世の俺を引っ張ってくれている。



「やってやる……!」


 もしかしたら、俺にはできないもしれない。

 助けることなんて、できないのかもしれない。

 クレアが助かるルートなんて、ないのかもしれない。

 大団円のトゥルーエンドなんて、ないのかもしれない。

 


 でも……それはやってみないとわからないじゃないか。


 いいじゃないか。

 ご都合主義満載のトゥルーエンドがあっても。

 

 俺がこの世界に転生してきたのにはなにか理由があるはずだ。


「必ず、救ってやる……!」


 ルイズも、クレアも、俺が助ける……!



 こぶしを固く握り、誓う。






「絶対に、みんなで幸せになれるトゥルーエンドをむかえてやる!!!」






 to be next chapter


 第2話:『好きな人か、好きでいてくれる人か』

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