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第一話・起:『プロローグ――今の自分にできること』

  

 子供たちが泣いている。

 大人たちに乱暴されて、泣いている。


 手足を荒縄で縛られ、口に猿轡を噛まされ、身体の自由を奪われている子供たち。

 俺よりも小さな子も、大きな子も、同い年ぐらいの子も、男の子も、女の子も、抵抗する子も、泣き喚く子も、哀願する子も、みんな泣きながら必死に助けを乞い――売られていく。


 

俺たちは商品だ。


 一人、また一人と、子供が大人たちの手によって梱包されて出荷されていくのを、俺はただ指をくわえて見ていることしかできなかった。



 俺は、無力だった。


 大人たちに力尽くで身体を抑えつけられて地面に這いつくばるだけの俺。子供たちを助けてあげることができない、無力で役立たずの俺。



 そんな、なにもできない自分が嫌だった。



 ……わかっている。この感情は筋が違う。


 俺は最初から()()()()()()で今この場にいる。俺が囮としてわざと捕まり、集められた子供たちの中に紛れ込むことで居場所を特定し、あいつが機会をみて突入することで犯行現場を押さえて、一網打尽にする……そういう手筈だ。


 俺は別に無力じゃないし、なにもできていないわけじゃない。


 もうすぐ、あいつが助けに来てくれるはずだから、俺はそれを待っていればいい。

 それが今の俺にできること。



 わかっているけど……やっぱり、俺は無力だ。



 だって、泣きながら売られていく子供たちのことを庇いもせずにただ見ているだけで他力本願に他者の救助を待ち続ける……そんなの、なにもしていないのと同じじゃないか。

 少なくとも、今、目の前にいる子供たちにとってはそうだ。

 

 ……わかってる。でも、悔しいんだ。

 どうしても、()()が悔しくてたまらない。そんな自分が情けなくて、心底嫌でたまらない。




 


「俺らはよぉ、集めた商品共の中で一人だけは必ず逃がしてやることにしてんだ」



 突然、リーダーと思われる男が自分の部下たちによって地面に組み敷かれている俺の元へと近付いてくる。

 


「なんでだか、わかるか?」

「…………」

「逃がした奴が俺たちの名を広めてくれるからだよ。高い金を払って新聞に広告を載せるよりもよっぽど安上がりで効果がある。まったく、いい宣伝方法だぜ」

「!?」


 いきなり、髪を掴まれて頭を持ち上げられる。


「なんだ、その目は? そんな反抗的な態度じゃあ、いい買い手がつかねぇぞ? いいか? お前はもう人間じゃねぇ。奴隷なんだ。奴隷なら奴隷らしく、もっと従順そうな顔をしていろよ。さもないと……」

「!?」


 男が自分の胸に手を伸ばし、拳銃を取り出してはこれみよがしに見せつけてくる。


 恐怖で顔が強張る。動悸が激しくなる。

 銃なんて見慣れているのに……父さんや母さんのものとはまったく違う別物のように見える。


「おいおい、そんな顔もするなよ。これでも俺は慈悲深い男なんだぜ? だから、こうして、わざわざ奴隷としての心構えってやつをアドバイスしてやってんだ。それとも、お前には俺が奴隷に手を上げるような無慈悲な男に見えるのか?」

「…………」

「なぁ、そうだろう? 見えないだろう?」


 そう言って、男は嗤いながら――


「!?」


 拳銃で頭を叩かれる。頭をかち割られたんじゃないかと錯覚するような強烈な痛みだった。頭から血が流れ、地面にポタポタと垂れる。


「安心しな。殺し屋しはしねぇよ。俺はガキと奴隷と商品には手を上げない主義なんだ。それにわざと商品一匹分の売り上げを落とせるほど贅沢できるような身分でもないしな」


 男は汚泥のように濁りきった黒い瞳で俺を見つめながら嗤った。


「ほら、俺みたいに笑ってみろよ」

「…………」


  

 だけど、俺は……。



「……あん?」


 俺は、男を睨みつける。

 怖いけど……それ以上に悔しい。心の底から途方もない怒りが込み上げてくる。



 萎縮なんてしない。媚びへつらったりなんかしない。

 俺は暴力に屈したりなんか、絶対に、しない。

 


「まったく……可愛げのない奴隷だぜ」


 そう言いつつも、男はまた嗤いながら。


「まぁ、いい。お前は根性と体力はありそうだからな。俺が責任を持って、お前のことを奴隷として国外に出荷してやるよ」


 そのまま男は掴んでいた俺の髪を離す。頭を地面へと落とす俺のことなど見向きもしなかった。


「おい、あと残ってるのは何人だ?」

「残り2人です。……おい!」

「…………」

「!?」


 2人の女の子が引きずられるようにして男の前へと連れてこられる。


「こいつらです」

「ふむ……」


 女の子たちの顔を眺める男。


 片方の女の子は俺と同じように険しい顔をで男を睨んでいる。対して、もう片方の女の子は酷く顔を強張らせながら隣に立つ女の子に寄り添うかのようにして身体を縮こまらせている。

 2人とも、不安と恐怖で心を擦り減らしているのだろう。女の子たちが微かに漏らした小さな嗚咽が、俺の耳にもはっきりと届く。



「うーん。今回はどっちを逃がしてやるかねぇ」


 ねっとりと絡みつくような視線を女の子たちに向けて、吟味する男。


「女じゃあ、労働力としての魅力はねぇしなぁ…」

「!?」


 自分を睨みつけていた女の子の頬を掴み、顔を近付ける。

 そのまま女の子の顔を覗き込むようにして、値踏みする。


「ふむ……」

「…………」

「こいつはそれなりに顔は整ってるし、私娼窟ししょうくつにでも卸せば、そこそこの値段にはなるかもしれねぇなぁ」

「!?」


 シショウクツ。

 聞き慣れない言葉だけど……なんとなく、どんな場所なのかは想像できてしまう。そして、それは女の子本人も同じなのだろう。女の子の顔に動揺と、よりいっそうの恐怖と怒りが浮かぶ。


「こいつ、売り物になると思うか?」

 男が女の子を掴んでいる部下に聞く。

「見てくれはいいですけど、気が強くて反抗的な態度なのがちょいと気になりますね。まぁ、それは買った店側の人間が調教すればいいわけですし、俺は売れると思いますよ」

「そっか……だってよ、嬢ちゃん。よかったなぁ。このおじさん、嬢ちゃんの身体は売り物になるって保証してくれてるぜ。あ、もちろん俺もな」

「…………」


 女の子は無言のまま、こうべを垂れる。


「そうだ! せっかくだしよぉ、お前、ちょっと、この嬢ちゃんを梱包する前に相手してやれよ」

「!?」


 女の子の身体が小さく揺れた。


「えぇ、なんでですか?」

「躾のために決まってるだろう。今のうちから娼婦としての心構えと男の味を身体と心に教え込んでやるのさ」

「勘弁してくださいよぉ。こんな乳臭いガキに発情するほど、俺は変態じゃないですよ。むしろ、雑食を自負するボスが相手してやったらいいじゃないですか? ボスの場合、穴があれば、なんでもいいんでしょう?」

「バカ野郎。こんな反抗的なやつ、危なくてできるわけねぇだろうが。うっかり咥えでもさせたら、噛み千切られちまうぜ」


 そう言って、男は下卑た声をあげながら嗤う。部下も嗤う。他の部下たちも嗤う。

 周囲に男たちの不愉快で汚らしい笑い声が響き渡る。


「…………」


 不快でたまらないのだろう。彼女の身体は尚も小刻みに震えている。




「それで、こっちは……」

「!?」


 男は、もう1人の女の子に視線を向ける。


「……うん。どう見たって、売り物になるような顔じゃねぇなぁ。論外だ」

「!?」


 男は女の子を一目見るなり、ゲラゲラと下品に嗤う。

 女の子は男の言葉に深く傷ついたみたいだ。だけど、もしかしたら自分は逃がしてもらえるかもしれない……そんな淡い想いを寄せているのか、女の子の顔にはかすかな希望が感じられる。



 俺も遠巻きに彼女を見つめる。



 男が最初に言った通り、女の子だから労働力としての魅力はあまりあるようには見えない。

 それに彼女はもう一人の女の子と比べて、少しだけ、ふくよかな体型をしている。少しだけ……本当に少しだけ……女の子としての魅力が、もう一人の女の子と比べて欠けている。


「ブタみたいにブクブクと太りやがって……ここは養豚場じぇねぇぞ?」


 男は女の子の顔を掴んで、大嗤いしている。

 だけど、女の子は恐怖で泣きそうな顔をしながらも男の機嫌を損ねないように必死になって愛想良く笑おうとしている。

 それが……見ているだけの俺にはつらかった。


「おい、このデブにするぞ。あれを持ってこい」

「はい」


 部下になにかを命じる男。


「よかったなぁ、嬢ちゃん……じゃなくて、子ブタちゃん。お前だけは特別に逃がしてやるよ」

「!?」


 女の子の顔が明るくなる。だけど、すぐにまた表情が暗くなり、俺ともう一人の女の子のに目を向けて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼女の顔には自分は助かるという歓喜と安堵の気持ち、自分だけが助かることを喜んでいることへの自己嫌悪の想い……そして、俺やもう1人の女の子、残された他の子供たちへの罪悪感、それらをまぜこぜにしたなんとも形容し難い想いが含まれている。




「持ってきました!」

「おう。ちゃんと炙ったんだろうな?」

「ええ、そりゃあ、もう、しっかりと」

「よーし。それじゃあ、よこせ」


 男は部下から、()()を受け取る。


 それは長い金属の棒。

 しかし、棒の先端には――炎に炙られた真っ赤な焼き鏝が。



「!?」



 女の子は目を大きく見開いたまま、絶句してしまう。途端に彼女の顔が絶望にまみれる。


「嬢ちゃん。これは俺たちからの贈り物だ。なぁに遠慮はいらねぇから生涯大切にしてくれよな?」

「~~~~~~!」


 すぐ目の前まで差し迫った自らに対する恐怖にこらえることができなくなってしまったのだろう。その女の子はとうとう泣き出してしまい、そのまま必死になにかを泣き喚いている。


 猿轡のせいでなにを言っているのかわからないけど……女の子は必死に男に慈悲を求めて、他の誰かに助けを求めていることだけはわかった。


 だけど……。


「わりぃなぁ。なにを言ってるのか、ぜんぜんわからねぇやぁ」


 必死の哀願も虚しく、男は嘲笑いながら嬉々とした様子で彼女に詰め寄る。

 女の子はジタバタと暴れるようにして抵抗する。


「こらっ、暴れるんじゃねぇよっ」

「~~~~~~!!!?」

「しっかりと抑えてろよ。暴れると手元が狂っちまうからなぁ」

「は、はい。ほらっ、大人しくしろっ!」

「~~~~~~~~!!!?」


 必死に抵抗を続ける彼女。だけど、女子供の抵抗なんて、大人には無力だ。


「今回はどこにします?」

「腐っても……間違えた、太っても一応は女だしよぉ。やっぱり、顔がいいよなぁ? そうすれば、ブタみてぇに太った身体よりも先に顔の方に目がいくようになるだろうしよぉ」

「顔ですね。わかりました。おいっ、だから、あんまり動くんじゃねえってのっ」

「~~~~~~~!!!?」


 必死に抵抗を続ける彼女。


 そのとき、


「!?」

「あっ、て、てめぇっ!」


 すぐ近くでべつの男に捕らえられていたもう1人の女の子が、その女の子を庇うようにして割って入る。泣いていた女の子は身を寄せるようにして、その女の子の背後に回り、隠れようとする。


「…………」

「…………」


 2人とも無言のまま男たちと対峙する。だけど、息遣いは荒いままだ。

 それでも、割って入ってきた女の子は毅然とした態度を崩さず、一歩も引こうとしない。



 かっこいい……!

 漠然と、そんな風に思う。


 勇気を振り絞り、身を挺して他人を庇う彼女がかっこよくてしかたがなかった。



 心臓が大きな鼓動を打つ。

 まるでなにかに触発されるかのような思いだった。



「……ちっ。面倒くせぇな」


 男が舌打ちを打つと、部下たちは慌てて2人を引き離そうとする。


「おい、離れろっ! ぶっ殺すぞ!」

「そっちのガキは傷付けるんじゃねぇぞ! 久しぶりの上玉なんだからよぉ!」

「わかってますっ!」

「!?」

「!?」


 むりやり組み敷かれ、俺と同じように地面に這いつくばらせられる女の子たち。

 

「まったく、今回は反抗的なやつばっかりだ。おい、さっさと終わらせるぞ」

「はいっ」

「!!!!?」


 男が手に持つ焼き鏝が、女の子の顔に近付く。


 彼女は必死に泣き叫ぶ。必死に他の誰かに助けを求めてる。

 庇い、助けようとした女の子も捕縛されて身動きが取れない中、必死に声を荒げている。


 2人とも、必死に今の自分にできることをしている。

 


 再び、心臓が大きく鼓動を打つ。


「やるぞっ」

「はいっ」

「~~~~~~~~!!!!?」

「今後、鏡で自分の顔を見るたびに俺たちのことを思い出してくれよ」



 

 彼女の顔に焼き鏝が触れる、その瞬間――――





 やめろぉぉぉぉ!!!



 


 猿轡のせいで声にならない声が響き渡る。

 俺の声だ。


「……あん?」


 男が振り返る。


「てめぇまで……静かにしてろっての!」

 

 俺のことを組み敷いていた男に殴られる。

 痛い。辛い。苦しい。だけど、叫ぶのを止めない。



 俺は一心不乱に叫び続けた。

 すると堪忍袋の緒が切れた様子で男が、

 

「ちっ……おい、このブタを抑えてろ!」

「は、はいっ!」


 俺の元へと一直線に近づいてくる。そして――俺の頭を強く蹴り上げた。


 とてつもない痛みと衝撃に目が点となり、そのまま気を失いかけるが、男はそのまま俺の髪を掴み、持ち上げる。

 

「てめぇ……本当にいい加減にしろよ。あんまり、うるせぇとお前の身体に、こいつを押し当てんぞ? ああん?」

「…………」


 焼き鏝を見せつける男。

 だけど、俺は。



 

 やれよ。




 そう、言ってやった。笑いながら首を縦に振る。



「……お前、もしかしてよぉ、本当に自分にやれって言ってんのか?」


 そうだよ。

 肯定するように、もう一度、首を縦に振る。


  

 あの子の代わりに俺にやれ。

 その代わりに……俺以外の子たちには手を出すな。

 


「なんだよ、お前! やべぇな! 自分から焼かれたいなんて変態かよぉ!」


 男が大嗤いするのに呼応するかのように、部下たちも大きく嗤う。


「いいねぇ! さっきのガキといい、お前といい、その自己犠牲の精神と正義感。泣かせるじゃねぇか。嫌いじゃないぜ。そういうの」


 男はもう一度、焼き鏝を見せてくる。

 

「けどよぉ、本当にいいのかぁ? たぶん、これ、相当熱くて苦しいぜ?」

「…………」

「今なら、まだ聞かなかったことにしておいてやる。撤回するなら今だぜ? どうする?」


 威嚇のつもりなのだろう。


「…………」


 視線を逸らして女の子たちの顔を見る。

 2人とも……すごく苦しくて、つらそうな顔をしていた。

 


 ……怖くないわけじゃない。

 でも、他の誰かが傷付くのを見ているのはもう嫌だ。


 見ているだけなんて、もう嫌だ!

 俺にとっては、そっちの方がよっぽど苦しいし、つらい!



 俺はこれが返事と言わんばかりに自ら男の眼前へと顔を付き出す。



「すげぇ! お前、本物のド変態だなぁ!」

 男はまた下卑た声で嗤う。

「よし、いいぜぇ! 気に入った! そこまで言われちゃあ仕方ねぇ、お前にしてやるよ!」


 身体を仰向けにして押さえつけられる。


「こいつもやっぱり顔にしておきますか?」

「いや、こいつの場合はあんまり鏡とか見るようなガキじゃなさそうだし、顔につけてもあんまりおもしろくねぇなぁ。もっとよぉ……こう、いつでもどこでも俺たちのことを思い出すことができるところがいいんだけどよぉ」

「なら、股間なんてどうですか?いちもつに焼き付けとけば、便所に行くたびに見えますよ?」

「わるくはねぇが同じ男として賛同できねぇなぁ。さすがに可哀想だろう? 同情するぜ、本当に」


 そんなところで同情されても嬉しくねぇよ。


「なら、もう、いつも通りに掌でいいんじゃないですか? 手軽に、いつでも見えますよ?」

「考えるのも面倒くせぇし、もうそれでいいか。掌にすんぞ」

「はい」 


 俺の頭上、視界には焼き鏝がはっきりと映る。


 怖い……。



 怖い

  怖い

   怖い

    怖い

     怖い……!



 だけど……!


 もう一度、女の子たちの顔を見る。


 その女の子は泣いていた。

 泣きじゃくりながら、俺に向かってなにか叫んでいる。その顔は……俺への感謝と贖罪、申し訳なさ……罪悪感に満ちていて、涙と悲痛でいっぱいだった。


 彼女は、俺のために泣いてくれている。

 それを見て、俺は自分の行動が間違いではないと思うことができる。


 誰かを守ることができる。 

 誰かが傷付かずに済む。


 それだけで十分だった。


 


 大丈夫……!


 もうすぐ救助が来る。あいつは必ず助けに来る。

 だから、それまでの間は、俺がみんなのことを守るんだ。


 それが、今の俺にできることなんだ……!


 




 俺はありったけの勇気を振り絞って――――――悲鳴をあげた。

 俺にとって、一生消えることのない傷痕ができた瞬間だった。





 とてつもない激痛が掌にはしる。

 男が宣告したようにあまりの熱さと苦しみに、意識が飛んでしまいそうになる。




 だけど、俺は最後まで気を失わずに耐え忍ぶ。

 それは、きっと……あの女の子たちのおかげだ。


 俺に道を指示してくれた女の子。

 俺のために泣いてくれる女の子。


 2人が俺に勇気を与えてくれたからこそ、俺は最後まで耐えきることができた。  



 やがて、男が焼き鏝を離す。

 

「おーし、いい感じじゃねぇか」


 男は俺の顔を見て、嗤う。


「くっきりと痕が残ってるぜ。どうよ、今の気分は?」


 最悪だよ……そう言ってやりたい。だけど、もうその体力すら残っていない。


 息絶えた絵の様子の俺見て、満足したのか男が踵を返す。


「そいつらも梱包しちまえ。このガキは以外は全員出荷だ。さっさと船に積み込んで出荷するぞ」

「はい」

「そういえば、ボス。例のガキはどうするんですか?」

「例のガキだぁ? 誰だよ、そいつ?」

「ほら、あれですよ、あれ。上が個別に指定してきたガキ。」

「あーそういえば、そんなのあったなぁ! すっかり忘れてたぜ! それで、そのガキはもう梱包しちまったか?」

「いえ、じつは……このガキがそうなんですよ」


 男の部下が捕らえていた女の子を顎で指す。


「あん? このブタが特別枠だったのか?」

「そうみたいです」

「なるほどなぁ……どおりで太ってるわけだ。さぞかし、毎日、美味いもんを食って、贅沢三昧の生活を送ってたんだろうなぁ。俺たちから搾取した金でよぉ」

「それでどうしますか? こいつも出荷しちまいますか? それとも命令通り……」

「まぁ、万が一バレたら事だからな。命令通りにしておくのが無難だろう」

「それじゃあ……」

「ああ、殺しちまおう」


 !?

「!?」


 俺は耳を疑った。

 女の子は恐怖と絶望で目を大きく見開いている。


「あぶねぇ、あぶねぇ、危うく逃がしちまうところだったぜ……わりぃなぁ、ブタちゃん。お前だけは特別でよぉ。上から出荷じゃなくて処理してくれって命じられてるんだわ。だから、わりぃけど、ここで死んでくれや」


 胸のホルスターから拳銃を取り出す。俺の頭を叩いたのと同じ銃だ。

 嗤いながら彼女の眼前に銃を付き出す男。


「!?」


 殺されるという死への恐怖からだろうか。女の子は絶句したまま……失禁してしまう。


「うわっ、きたねぇなぁ! 汚すんじゃねえよ!」

「そういや、家畜って、殺される直前に糞尿を漏らすらしいぜ。これじゃあ、本当にブタじゃねぇか。ここは養豚場じゃなくて、屠畜場だったのかぁ?」

「ああ、もうっ、早く殺っちまってくださいよ! 俺まで糞尿塗れになっちまうっ!」

「おう、わかった、わかった」

「~~~~~~~~!!!?」


 女の子は必死に泣き叫ぶ。

 泣いて、泣いて、泣き喚いている。


 俺も必死に声を上げて叫ぼうとする。だけど、もう体力も気力も尽き果てており、身体が言うことを聞いてくれない。


「ガキを殺すのは俺の主義に反するけどよぉ……悲しいけど、これ、仕事なんだわ」



 男は嗤いながら言った。


 


「それじゃあ、あばよ」

 男が引き金を。


「~~~~~~~~!!!?」

 女の子が悲鳴を。


 やめろぉー!!!!!!

 俺が叫び声を。





 その瞬間。






 突然、爆音が轟いた。大地が大きく揺れるほどの振動。

 全身に迸る衝撃。五感すべてに突き刺さるような刺激。焼き鏝など比較にもならぬ激しい痛み。

 閃光のように強烈な光。一瞬にして視界すべてを奪われる。



 なにが起きているのか理解できなかった。



 反射的に、無意識のうちに衝撃を感じた方を向く。




 !?



 そこには――内側から堅く閉ざされていた扉が破壊され、大きな穴が空いていた。

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