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【第3話:世界最古の国】

 瑞々しい青を宿した草原の中、その中心を貫く街道を行く一台の馬車があった。


 過度な装飾が施された貴族の馬車ほどではないが、実用一辺倒の行商人の馬車とはまた違った優美さを備えた箱馬車。


 ただ、普通の箱馬車ではない。

 正確に言えば、普通でないのは箱馬車ではなく、馬車を牽くモノの方だが。


 人形馬車とも呼ばれるその馬車は、馬の代わりにゴーレムを使用する特殊な馬車だった。


 そして、その人形馬車を操るのは、御者台に座る年端も行かない二人の幼女。

 その目鼻立ちは瓜二つで、この二人が双子であるという事が見てとれる。

 さらに特徴的なのが、双子の幼女の頭にある二つの可愛い猫耳だろう。

 彼女たちは、とある希少種の獣人の最後の生き残りだった。


 ただ、燃え尽きた里の地下室で、ステルヴィオが助け出した時はまだ赤ん坊だったため、辛い記憶などを持ち合わせていないのが救いだろうか。


「トトト~。そろそろ見えて来るころじゃないかにゃ?」


「ネネネ、ちゃんと前をよく見て。砦ならもう少しで見えてくるのにゃ」


 ネネネとトトトと言う少し変わった名前だが、残された手紙にそう記されていたので、彼女たちの部族では一般的な名前だったのかもしれない。


 そしてその双子を救い出し、育てた少年ステルヴィオは、街道を往くその人形馬車の中、心地よい揺れに身を任せ、うとうとと微睡みの中にいた。


 半年前、ゴブリンの魔王を倒した自称非公認勇者の少年。

 この世界始まって以来、誰も手にした事のない謎に包まれたギフト『魔王』を持つ者。


 ただ……涎をたらしてうとうとと舟をこぐ今のその姿からは、そのような力持つ者だとは誰も思わないだろう……。


「す、ステルヴィオ様。その、よ、涎が……いくら馬車の中とはいえ、もう少しシャキッとしてください」


 ハンカチを取り出しつつも、苦言を呈するのは、輝く金髪をサイドで纏めた透き通る瞳の美少女。

 少女から大人の女性へと移りゆく儚き美貌を持つ17歳の少女は、亡国の勇者『アルテミシア』だ。


 故郷を、国を、仲間を、自身の持つすべてを魔王アンドロに奪われ、一時は感情までをも失い、その表情からは笑みが消え去っていた彼女だが、この半年、ステルヴィオたちと過ごす中で希望を見出し、その瞳にはかつての輝きを取り戻していた。


「アルテミシア。無駄ですよ。ステルヴィオをシャキッとさせたかったら、殺気でもぶつけないと……あっ、やりましょうか?」


「や、やめてください!? ゼロ様にそんな事されたら、みんな泡を吹いて倒れてしまいます!!」


 そして、止められて残念そうにしているのは、執事服に身を包んだ壮年の男。

 だがその実は、今となっては伝説としてのみ伝わる『原初(ゼロ)の魔王バエル』その魔王()だった。


「そ、そんな残念そうな顔をしないでください!」


「ははは。冗談ですよ。冗談」


 冗談にならないゼロの冗談に、ホッと胸をなでおろすアルテミシアの膝の上から、彼女を気遣う声が掛けられた。


『アルちゃん。真面目にその二人と付き合ってると、疲れるだけだよ?』

『……適当が一番……』

『そうだぞ。アルがダウンしたら、まともなのがいなくなっちまう』


 馬車の中の最後の一人(・・)、いや、一匹(・・)と言うべきか。

 その姿は一見黒い狼の子供にしか見えないが、人語を理解し話す事が出来る高位の魔物だ。


 ステルヴィオがギフト『魔王』のスキル『眷属化』によって最初に従えた魔物で、魔物としては最初の眷属だった。


「えっと、私こういう性格だから、中々難しくて……。ケルちゃん、ありがとうね」


 そんな会話をしていると、大きく伸びをし、もぞもぞと動きだす者がいた。


「人がちょっとうとうとしてるだけで、酷い言われようだな……」


 まだ眠そうな目をこすりながら、そう愚痴をこぼすステルヴィオ。


「あははは……ステルヴィオ様、起きられたのですね。えっと、もうそろそろ『ラドロア』に入る国境の砦が見えるはずですよ」


 その言葉の直後、タイミングを計ったかのように御者台へと繋がる小窓が開き、


「砦が見えたにゃ!」


 と、ネネネが嬉しそうに声を掛けてきた。


 今、ステルヴィオたち一行が向かっているのは、この世界最古の国『ラドロア』。


 その歴史は古く、1000年以上の歴史を持つのだが、過去に一度、魔王軍との戦いで王都が陥落した時、建国に関する資料が全て消失しており、この国の興りがいつ頃なのかは誰にもわからなかった。


「あぁ~、もうそんなとこまで来てるのか。ゼロは昔来たことがあるんだったっけ?」


「ええ、そうですね。あの時は、うっかり王都を消失させてしまったので、ちょっと申し訳ない気分ですが」


 消失させた本人なら知っているのかもしれないが……。


「けほっ!? けほっ!? ぜ、ゼロ様!? 王都消失ってなんですか!?」


「いやぁ、あの頃の私はちょっと血気盛んでしたからねぇ。人間至上主義であまりにも横暴の限りを尽くしていたので、我慢できずに『ついうっかり』……ね」


 王都の消失を、ただの「ついうっかり」という一言で片づけられたアルテミシアが頬を引きつらせて乾いた笑いを浮かべる。


『だからアルちゃん、真面目に話してたら身が持たないよ?』

『……やっぱり適当が一番……』

『そんな事より、ご主人様よ~。入国審査の準備しなくて良いのか?』


 王都消失というとんでもないカミングアウトにもかかわらず、気にもとめずに平然と話題を変える他のメンバーに、そう言えばこういう人たちだったと、ため息一つで開き直るアルテミシアも、だいぶん毒されてきているのだという事に本人は気付いていない。


「準備って言っても、オレたちは冒険者登録をしているから、ケルだけだろ」


 人族連合直轄の組織『冒険者ギルド』に冒険者登録しておけば、冒険者は連合に加盟する国には自由に出入りできる。


 だが、ケルのような魔物はそうはいかない。

 魔物を意のままに使役する魔物使いと呼ばれる者たちや、魔物ではないが竜を駆る者などもいるので、全ての魔物が人族の敵という訳ではないのだが、それでも国を渡ったり、街に入る時にはその魔物をしっかりと従えているという証明が必要だった。


 ステルヴィオは、ケルに一瞬目をやってから、


「ん~ちょっと待ってな」


 そう言って、虚空から突然赤いベルトのようなものを取り出してみせる。

 冒険者ギルドが魔物を従属している事を証明する『従魔の首飾り』だ。


「あっ、ステルヴィオ様、私が」


 アルテミシアは、その赤い従魔の首飾りを受け取ると、魔力を流してからケルの首に巻き付けてあげる。

 すると、従魔の首飾りは淡い魔法の光を発し、その長さが調整されていった。


 ケルはその真っ赤な首飾りがお気に入りなのか、尻尾をぶんぶんと振ってご機嫌のようで、そのすまし顔にアルテミシアも思わず笑みをこぼす。


奴ら(・・)が現れるのはもう少し先だとは思うが、まずは『古都リ・ラドロア』にでも行って、この国の勇者とでも接触してみるか」


 こうしてステルヴィオ一行は、世界最古の国『ラドロア』へと活動の場所を移したのだった。


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