エステサロンダンジョン
ダンジョン核持ちのダンジョンの主になって早三ヶ月。やっとの事で初めてのお客様が来た!
俺はドキドキしながら、やってきたフードを被った女の子をモニタリングする。
『ここが調査隊の言っていた、女性しか入れない地下ダンジョンか。ふん。くだらん』
やや身長低めの女の子は、腰のダガーを抜いて宙にくるりと回転させて投げ、パシッと掴んだ。
おーカッコイイ! RPGでいうとシーフ系のジョブかな?
一人で来たということは、ダンジョン攻略によほどの自信があるのか。それとも俺が危惧しているように、女冒険者が少ないだけなのか。
そう。オープンしてから一ヶ月の間、俺のダンジョンに来たのは男ばかりだったのだ。
フードの女の子は壁に手を当てて警戒しながらダンジョンの扉を開いた。
天井から綺羅びやかな光がフードの女の子を照らし、女の子は罠を警戒して額に手の甲を当てた。
パンポンピンポンパパーン♪ ピンポンパンポンペン♪
この世界に著作権は無さそうだけど、オリジナルに配慮した調子の外れた入店音がダンジョンに鳴る。
『くっ!? なんだ!? いきなりトラップか!?』
フードの女の子は何が起こるのかと、その場で待ち構えた。
いや、なにもないんだけどね。ただのサービス精神なだけで。ちなみに今の仕掛けを作るのに三日かかった。
『何も……起こらないのか……? 驚かせやがるっ』
フードで表情は見えないが、声が不快と怒りで満ちている。……あれー?
女の子は地面に手を当てた。何をしているのだろう。手のひらから波紋のように光が広がっていた。これは……探知系のスキルってやつか?
『近場に罠はなし。完全にただの脅しか。ふん、くだらんっ』
フードの女の子はトラップがないことを確認すると、ダンジョンを駆け出した。
松明が必要ないほど明るく、足が取られないような平らな地面。思わず走り出したくなるのはわかるが、少し待って欲しい。
壁に書いた説明を全て無視されてしまい、俺は頭を抱えた。
『なんだこれは……。寝台……? それに灼熱スライム? それにしては熱くないが……』
女の子はダンジョン内の扉を開け、一室に来た。
それは俺が作り上げた灼熱スライムの亜種だ。パラメーターを弄り、マグマのように熱いスライムを、40度ほどに下げて無害にした。
女の子は恐る恐る灼熱スライム亜種を指でつんつんと触り、そして無視した。
それよりも先の扉の前に立つゴーレムを気にしているようだ。
『ち、ゴーレムか。扉の守護者というやつだな? 私一人でやれるかわからんが……』
そうひとりごちて、ダガーを構えた。
えー……守護者と違います。
俺はダンジョン内に伝声管を置かなかった事を後悔した。
俺の配置したゴーレムは女性型のゴーレム。メイド服を着せたメイドゴーレムだ。
警戒されないようにデザインしたつもりだったが、余計に油断をさせるための仕掛けと思われてしまったようだ。
メイドゴーレムは優雅に礼をして、寝台に手のひらを伸ばした。挙動はこれだけだ。
『!? ……ん? 急に動いたと思ったら、止まったぞ……?』
女の子は訝しげにメイドゴーレムを横目に見ながら通り抜けた。そして次の部屋への扉を開く。
『ぐ!? この匂いはなんだ!?』
女の子は慌てて首に巻いたスカーフを口に当ててマスクとした。
そして部屋の中央のくぼみに視線を向けた。
『酸性スライムの溜まり池……? 香りで混乱させ、ここに落とそういう仕組みか』
フードの女の子はその部屋もスルー。最後の扉を開けた。
頭を抱えてモニタリングしている俺とご対面だ。
「ダンジョンコアか!?」
フードの女の子はダガーを手に、俺に襲いかかった!
「お待ちくだせえ! お命! お命だけはあ!」
俺は慌ててジャパニーズDOGEZAをした。土下座が異世界でも通じる事は、ファンタジー小説で勉強済みだ。
少なくとも頭を地面に擦り付けるその動作に、敵意を感じることはないだろう。
「!? 人語を介するコアだと!?」
「へえ! あっし、しがないダンジョンコア。コアオと申す者であります!」
「ふざけてるのか」
「ふざけてなどありませぬ! ふざけてなどありませぬ!」
俺は死にたくない一心で頭を地面に擦り付けた。
「お前がこのダンジョンを作った。違いないな?」
「へえ! あっしが作らせていただきやしたあ」
脳内に、この三ヶ月のダンジョン制作の走馬灯が駆け巡る。
時代錯誤の糞プログラム言語に四苦八苦する日々。
メイドゴーレムのメイ子ちゃんと楽しく夢を語り合う日々。
ダンジョンオープン初日のドキドキ感。
「このダンジョンは素人が作ったのはすぐにわかったが、今まで見てきた中で一番酷い。酷いというより意図がわからぬ。お前は死ぬためにここを作ったのか」
「い、いえ決してそんなことは! 聞いてくだせえお嬢さん。あっし生前は男でありまして、女の子が好きなのでございます」
「は……はぁ? それであの入場条件ということか? スライム達で服をひんむこうとでもしたのか?」
「違います違います。恐れながら、お嬢さんは最初の壁の説明書きを見逃しておりますのです」
「説明書き? そんなものあったか?」
「へえ。よろしければご案内させていただきたく……!」
俺は順路を逆に行き、酸性スライム亜種の部屋、灼熱スライム亜種の部屋を抜け、女の子と共にダンジョンの入り口へ戻った。
「こちらをご覧ください」
「読めないが」
なんと……。なんか賢そうな子だから読めると思い込んでいた。異世界の識字率なんてこんなもんか。
「女性の方に癒やしを。エステサロンダンジョンへようこそ♪ と書いております。あっしこの世界に生まれ変わったのでありますが、あっしの元いた国は平和な国でありまして、血とか人が苦しむ姿とか、そういったものが苦手でありまして……」
「聞く限り、全くダンジョンマスターとしての適性がないな」
「はいその通りでございます。しかしこうして生まれ落ちたからには、こんなあっしでも生きて行きたい思いがありまして、そこであっしは楽しんで貰うダンジョンを作ることにいたしましたのでさあ」
俺は最初のスライム部屋に案内をした。
「こちら灼熱スライムを改造した、温感スライムでございます。ほどよい暖かさのスライムで、こちらのメイドゴーレムが身体のマッサージを行います」
「何を言っているかわからん」
「こちらの寝台に寝ていただければわかります」
「だめだ。信頼できん」
「でしたら、あっしが横になりましょう」
俺は石の寝台に横になる。
メイドゴーレムが俺の服を脱がし、温感スライムを背中に塗られた。そして丹念なマッサージ。ああ、メイ子のテクニックは素晴らしいぜ。
「なるほど。お前はオレにいやらしいことをさせようとしていたつもりか」
「いえそんなことは決してございませぬ!」
マスター室で監視していた事は黙っておく。
「でしたらあっし、目隠しで縛られて置きますので!」
俺はアイマスクとロープを取り出した。
アイマスクはマッサージ中にゆったりするためのもの。ロープはただの資材だ。
フードの女の子は少し考え、俺を縛り上げた。
あ、ちょっとこういうのも良いね!
「信用するつもりはないが、このゴーレムに害意は無さそうだ。試してみよう」
……。
かすかに女の子の息遣いが聴こえてくる。
「……はっ。んっ。ぁんっ。ちょっ。やっ。はぅ。あっ気持ちいい……。あっ。そこっ。あっ。あっ。あふぅぅぅうう♡」
うむ。なんだか興奮してきたよ!
しばらくして、俺のロープが解かれた。
「お楽しみいただけたでしょうか」
「うむ。お前の言いたい事はわかった。なるほど。身体の疲れを取る儀式というわけだな」
目隠しを外すと、女の子はフードが外れていた。銀髪ショートカットの赤い目の女の子だ。顔が上気し白い肌が桃色に染まっている。そして衣服の乱れが少し目に毒だ。
「お次の部屋は風呂となっております」
「はあ? 風呂ってお前、これは酸性スライムだぞ!?」
「こちら弱酸性スライムでございます。古い角質を落とし、お肌がつるつるになります」
「肌がつるつるとな……」
「ぜひお試しいただきたく」
「わかった縛ろう」
俺は再び目隠しの上にロープで縛られた。
ここだけの秘密だが、ダンジョン内の備品なので、マスターである俺はこれらを消す事ができる。命が惜しいのでそんなことはしないが。
スルリと衣擦れの音が聴こえる。うむ。うむ。
ぽちゃりと足を入れる音が聴こえた。うむ。うむ。
弱酸性スライムには温感スライムも混じっており、ゆったり長時間入れるようになっている。
俺の拘束が解かれるのはいつになるやら。
暇なので俺はこっそり部屋から抜け出し、メイ子ちゃんと語り合うことにした。
ゴーレムはしゃべれないのだが、マスターとしての機能で意思疎通を図ることができるのだ。
俺が暗い穴の中、地道な作業を行う中で発狂しなかったのはメイ子ちゃんのおかげだ。
顔がつるりとしているメイ子ちゃん。本当はもっと可愛くしたかったのだが、初めて作ったので勝手がわからずこうなってしまった。
今ではこのつるりとした顔が愛嬌よく見えて、愛着たっぷりだ。
さてはて、長い時間が経った後、服を着直した銀髪ショートちゃんが戻ってきた。
「うむ……。良かった。だがお前、なぜ勝手に抜け出している」
「少々メイドゴーレムと語り合いを……。見てはおりません! 見てはおりませんとも!」
モニタリングは管理室でしかできないので本当だ。
だからこそ温感スライムの間にいたのだ。
「お前の処遇はひとまず殺さないことに決めた」
「ありがたき幸せっ!」
「この施設、脱衣場を作った方がいいな。それに一繋ぎの構造ではなく、エントランスからそれぞれの部屋に行けるようにした方が良い。さらに悪意ある者から身を護るように、マスター部屋への警備はしっかりした方が良い」
おお!
銀髪ショートちゃんがデレてアドバイスをしてくれた。俺は忘れずにメモを取る。
「それに、入場料は取らんのか?」
「へえ。ダンジョンは人が来ることにより糧とさせていただいております。それに貨幣を頂いてもこの身、ダンジョンから外へは行けませぬ」
「ならば私が代理で街での買い物をしよう。なに、少し手数料を頂ければ構わん」
銀髪ショートちゃんはにやりと笑った。
つまりこれは、共同運営の申し出だ!
俺は手を差し出し、握手をした。銀髪ショートちゃんは小さいつるつるの手だった。冒険者の手ってもっとゴツゴツしてるかと思ってた。
「近い内に知り合いを連れてまた来よう。脱衣場の件、頼んだぞ」
「かしこまりました、お嬢さん。またのご来店こころよりお待ちしております」
◆
さて、早速俺はダンジョン改造に着手した。
この手の創作物でよくあるダンジョンポイントとかいうやつ。あれは使わない。アセンブリで打ち込んでいく。たかがダンジョン内部構造を弄るだけで魔力を使うなんて無駄だ。
まずタブレット端末のようなこの「誰でもお手軽ダンジョンツール」とかいうふざけたアプリのUIが最低の作りだ。動作は重いし、3D空間を一画面で三面図表示できない。しかもこの端末自体が魔力で動いているため、余計に魔力を使ってしまう。
魔力というのは、つまり、前世でのエネルギーに近い。生命エネルギーやら霊的なものやら全部ひっくるめた総称だ。
ダンジョンではその魔力を、ダンジョンを訪れる冒険者から分け与えられ、DPとしている。これは別に、人を殺す必要はない。トラップに掛けたりすることでも良い。
おわかりいただけたであろうか。
そう。あの温感マッサージや、デトックス風呂は、分類上はトラップとなっている。
女の子をのぞき見するだけで、生活できるようになるダンジョンとなっているのだ!
◆
銀髪ショートちゃんが連れてきたのは、ゴリラのような女戦士だった。
俺は最初に来たのが銀髪ショートちゃんで良かったとつくづく思った。
いかにもあの戦士さん。最初に来ていたら俺は話しをする前に死んでいたと確信できる。だってどう見ても脳筋ゴリウーだもの。
俺は銀髪ショートちゃんのアドバイス通り、入場料を取ることにした。
最初のエントランスの受付で、受付メイドゴーレムちゃんに銀貨一枚支払うシステムだ。
そのかわり、建物内の消耗品は全て自由に使える設定とした。
『行こう、ゴライアスさん』
『うむ。聞いてはおったが、奇っ怪なダンジョンじゃな。ギンミーよ。ここは本当に安全なダンジョンなのだろうな?』
ゴライアス。ゴライアスって。
危ない。思わずスライムミルクティーを吹き出すところだった。
『そうよ。以前話した通り、ここのダンジョンマスターは知能が高いタイプでね。人を殺したくないから人を楽しませるダンジョンを作ったのだって』
『ふむ。それは戦士が畑を耕すような行いじゃな』
『でしょお?』
銀髪ショートちゃんがケラケラ笑った。俺の前ではないとあんな可愛く喋って笑う子だったのか。
『この音楽は……あそこのスケルトンが奏でておるのか?』
『前来た時は無かったなぁ。ヘッタクソねぇ』
新たに追加したスケルトン楽団だ。急造なので練度が低い。許せ。
本当はセイレーンを用意したかったが、召喚魔力が足りなかった。
俺は不評なスケルトン楽団を引っ込めた。
『これはなんだ?』
『ただの革張りの椅子……? にしても、何か異様だけども』
ゴライアスさんが両手に腰を当てて見ている中、銀髪ショートちゃんがそれに座った。
『おっおおっ!? なんか揺れるよこれ!』
『トラップか!?』
『いや、うん。なるほど。座ればわかるよゴライアスさん』
『おう』
ブルブルブルと震える一人用のソファ。それに背中のローラーが上下に動く仕組みだ。
そう、マッサージチェアだ。
『なるほど。筋肉を解す椅子じゃな』
『色々考えたねえ。コアオさんも』
銀髪ショートちゃんはマッサーチェアはそこそこに、新しい一室の扉の前に立った。
『新しい部屋もできてるね。説明書きが読めないけど』
『この絵図に、生首が描かれておる。首を撥ねる処刑室ではないか?』
ゴライアスさんが恐ろしい発想をしている!?
違います。その髪の長い女性の横顔は、ヘアコーディネートを表しているのです!
『とにかく、入ってみよう』
『うむ。何かいるぞ!』
ゴライアスさんは背中の大剣を抜いた。
しまった。受付で武器を預かるシステムを作るのを忘れていた。
『シザーマンだ! 殺すぞ!』
『待って落ち着いてゴライアスさん。持ってるハサミが小さいでしょ? ここのマスターはモンスターの亜種が作れるみたいなの』
『あの下手くそなスケルトンの演奏みたいにか』
『そうそう』
部屋にいるのはシザーマン亜種の二人。そして椅子二つ。それに鏡に、洗面台に、石鹸に香水。
あとは順番待ちの椅子と、雑誌を置いておいた。
そしてシザーマン亜種が二人に差し出したのは、ヘアカタログだ。
『ふむ……女の生首のリストか……』
『違うよゴライアスさん。これ髪型を表しているみたい』
銀髪ショートちゃんは編み込みの絵を指さした。
シザーマン亜種は深々と礼をして、ハサミを置いた。
そして、椅子に座った銀髪ショートちゃんの髪を丹念に洗っていく。
ちなみに頭皮マッサージも仕込んでおいたので、ヘッドスパも兼ねている。
『あ、これ気持ちいい……♪』
『なるほど。そうやって油断させる肚じゃな。やはり斬るか』
だめだこの脳筋。早くなんとかしないと……。
『いいからゴライアスさん。座ってみなよ』
『うむ……。ギンミーがそこまで言うなら……』
ゴライアスさんも内心は興味を持っていたのか、誘われてすんなりと椅子に座った。
ゴリウーのごわごわの赤髪を、シザーマン亜種が丹念に洗い解していく。
『なるほど……これは……。うむ……。良いな』
『でしょう!? でもね、残り二部屋はもっと凄いの♪ 楽しみにしててね!』
銀髪ショートちゃんがきゃぴきゃぴしている。
俺と会った時は、気を張っていたのだろう。ゴライアスさんという強い味方がいるおかげで安心できているのかもしれない。
ゴライアスさん、用心棒として雇えないかな……。
『凄い! お貴族様みたいだよ!』
『おお……。儂の髪はこんなつややかな赤じゃったのだな』
銀髪ショートちゃんは編み込みヘアに。カタログを示さなかったゴライアスさんは赤髪くせっ毛を綺麗に整え、ウェーブとなった。
『他の部屋も楽しみになってきたわい』
『行こう! マッサージに行こう!』
銀髪ショートちゃんは、メイドゴーレムに条件反射で大剣を抜こうとするゴライアスさんを苦笑しながら制し、寝台に横になった。
寝台は四つとなっているが、まだ施術メイドゴーレムちゃんは二人だ。
『お゛! お゛ほぉおぉぉおお!!』
銀髪ショートちゃんの喘ぎ声を楽しみにしていた俺は、ミュートにした。
ゴライアスさんの叫び声が流れてきたからだ。
よくない。のぞき見はよくないね!
そうして数時間後。ようやくデトックス風呂から出てきた二人がエントランスのモニターに映った。
銀髪ショートちゃんはつやっつやぷるっぷるのお肌に。
そして驚くことにゴライアスさんも、「ゴリウーなんて思っててごめんね!」というくらいに見違える美人女戦士に変貌していた!
あれだ。夕日をバッグに剣を携えて赤髪をたなびかせた絵を描かせたら似合いそうな感じだ。わかりにくかったかもしれない。
俺はこのエステダンジョンに確かな手応えを感じ、手を握りしめてふるふると震わせた。
さて、二人の去り際に受付メイドゴーレムが紙を手にして扉の前に立った。
二人に差し出したのは、アンケート用紙だ。
『なんじゃこれは。儂は文字が読めん』
『私も……。これ、どこの言葉だろう』
しまった。なぜか「日本語でも読めるよね」と当然のように考えていた。読めるわけないのだ。自然と会話はできていたから、うっかりしていた。
銀髪ショートちゃんは文字が読めないのではなく、俺が書いた日本語がわからないだけだったようだ。
まさか冒険者の識字の問題ではなく、俺自身の異世界語の識字が問題だったとは!
俺はエントランスの伝声管に繋いだ。
「そちら、アンケート用紙となっております。上の項目から、良かった点。悪かった点。満足度となっております」
『うお!? 誰だ!? どこにいる!? 殺す!』
『ダンジョンコアのコアオさんよ。コアオさん。でもこれ書いても読めないでしょう?』
そうだね! その通りだね!
「また今度、様式を考えておきます……」
『じゃあ口頭でいいかな。三部屋の内容はとても良かったよ。問題点はやはり文字だね。この後教えてあげる。あとスケルトンの演奏ね。それに要望としては、手を綺麗にする儀式も欲しいな』
なるほど。ハンドマッサージか。ネイルも考えるといいかも。
『儂はだな。剣も綺麗にしたい』
「すみません。それは鍛冶屋に行ってください……」
『できんのか?』
「ぐっ……」
いやできないことはないだろう。ドワーフを召喚して鍛冶場などを作れば……。
なるほど。受付で武器を預かって、武器のメンテナンスをして返却するのもいいかもしれない。街中にあるわけではないこのダンジョンに来られるのは、今は女冒険者だけなのだから。
「武器メンテナンスも考えておきます。今は魔力が足りなくて実現できませんが」
『わかった。ではここへ人を沢山呼び込めばいいわけだな?』
「そうしていただけると助かります」
◆
ゴライアスさん効果は凄かった。
あのゴリウーのゴライアスさんが色っぽくなって街へ戻った事で、話題騒然となったのだ。
やれ男ができたやら、オークにレイプされて色づいたやら、噂が流れたらしい。
あのゴライアスさんが「心身ともに癒やされて綺麗になれる場所がある」と言えば、それはそれは女冒険者達が色めき立ってゴライアスさんに詰め寄った、と銀髪ショートちゃんが笑いながら伝えてくれた。
我がエステサロンダンジョンは僻地にあるにも関わらず大繁盛。
女冒険者は少ないと思っていたが、意外とそうでもなかったようだ。むしろ利便性の問題だったようだ。
銀髪ショートちゃんは、俺が預けた入場料の金で、街からの定期便の馬車を雇ったという。外の事は干渉できないからありがたい。最初のお客様が銀髪ショートちゃん、ギンミーちゃんで本当に良かった。
大繁盛大賑わい。銀貨一枚でも破格と噂はどんどん広まり、エステサロンダンジョンはどんどん拡張されていった。
ダンジョン内の調度品がグレードアップして行き、まるでお城のような様相となった。
エントランスのスケルトン楽団はクビに。代わりにセイレーンが唄う。歌による魅了は、ここには女性しかいないので問題ない。
ドワーフを雇い入れ、預かった武器のメンテナンスも可能となった。
もちろん、武器にはそれぞれ拘りがあると思うので、メンテナンスは希望者だけだ。それでもほぼ全員が武器メンテナンスを希望した。よほどドワーフの腕が良かったらしい。
さらに、ダンジョン内に飲食店も増やした。二店舗だ。
一つはスイーツ店。甘い物中心だ。軽食も取り扱っている。
一つは肉食店。がっつりと食うおなご向けだ。おわかりの通り、ゴライアスさんの要望だ。
ゴライアスさんの「女もがっつり食うんだぜ」の言葉通り、二つの店は予想外に半々くらいの人気である。豚の丸焼きが人気だ。豚の丸焼きだぜ? それを分け合って食う女冒険者たち……ワイルドだろ。
想定と違ってダンジョン内がショッピングモールみたいになってきたのは、周囲に何もない環境だからだろう。
ユーザーの要望がエステの内容から、利便性へと変わっていった。
分かりやすく言うなら秘境の温泉だ。秘境といいつつ観光地となっていく。
それがまさに、ここでも起こっていた。
そう、地上にも街ができ始めていたのだ。
◆
「それで、ギンミーちゃんが町長となったのか?」
「コアオさんのおかげで、毎日大忙しだよ。もう冒険どころじゃないってばー。ゴライアスさんもすっかり腰を落ち着けて、今では町の警備隊長よ」
最近ではマスター専用のデトックス風呂で一緒に入る仲となっていた。
あ、でもエロいことはしてないよ。この身体、そういう機能ないし。残念無念。
最近のギンミーちゃんは露骨に誘ってくるから、余計に辛い。「コアオさんとの子供が欲しいな♪」なんてしなだれて言ってくるのだ!
くそー! そんなこと言うなら作っちゃうぞ!
高度に発展したゴーレムは、人間と区別がつかない。
俺のメイドゴーレム制作は、神の領域へと近づいていた。
「見てくれギンミーちゃん! これが俺たちの子だ!」
「あはは! 小さい頃の私にそっくり!」
作り上げたのは幼女ギンミーちゃん。有り余る魔力を使ってメイドゴーレムから超絶スペックで作り上げた。
「ドラゴン並の力を持ち、ドラゴン並の速度で飛び、ドラゴン並の炎を吐き、ドラゴン並の知能を持つドラゴンだ!」
「それってつまりドラゴンじゃないの」
ドラミーちゃんはかわいいマスコットとしてみんなに可愛がられた。
夜の町ではゴライアスさんと共に、悪者をミンチにする姿も見られたと聞く。うちの子に何させてるの。
◆
俺はダンジョンに教会もどきを作った。
その理由は。
「綺麗だよギンミーちゃん」
「ふふっ。私が綺麗になったのはコアオさんのおかげよ」
エステサロンダンジョンの中で執り行われた結婚式。
ギンミーちゃんのウェディングドレス姿はとても綺麗あった。
ショートカットだった銀髪も背中まで伸びて、ベールの下でキラキラと輝いている。
沢山の女性参列者が祝福をしてくれた。
俺たちの間にいるのはドラミーちゃん。ドラミーちゃんが花冠を俺の頭に載せてくれた。
幸せな日々だ。これからもずっと。
だが……。
「なんか俺が神格化されているんですけど!?」
「あらコアオさん、知らなかったの?」
結婚式のためだけに作った教会。この教会は美の神コアオ神を祷る場所となっていた。
やだよコアオ神って。ダサいよ!
「そう? かっこいいと思うけど」
「パパー。かっこいいよ!」
「そうかな? ドラミーちゃんが言うならいっか!」
俺はドラミーちゃんを抱きかかえてちゅっちゅする。
ドラミーちゃんの俺の愛情はひとしおだ。
なぜならドラミーちゃんのベースは最初のメイドゴーレム、メイ子ちゃんを使ったのだ。
ゴーレムには可動限界がある。だから普通のダンジョンのゴーレムは普段は眠っている。
最初に作った時から常に働きっぱなしのメイ子ちゃんはもはや限界になっていたので、ドラミーちゃんに作り直したのだ。
「もう、コアオさん、あまり甘やかさないでくださいな」
「はいはい。ギンミーちゃんもちゅっちゅ」
「やめてください、はしたない」
そういいつつ受け入れてくれるギンミーちゃん。
今では町長も他の人へ引き継ぎ、エステサロンダンジョンの女神として働いている。
もうエステサロンというか、色々とありすぎて地下街みたいになってるけど。
「ならもう一つ。今やここは美の神のお膝元、女性の町エステサロンと呼ばれておりますのよ」
「うわぁ。うっわー……」
「地上の町はママの名前なんだよー」
「しーっ!」
「へぇ~」
俺はニヤニヤと笑いながらかわいい嫁を見た。ポカポカと頭を叩かれてしまった。
【おわり】