第6話:愛を込めて
私は町を歩き続けた。
少しずつ日は傾き、あの時間が迫っていた。
私は先を急ぐ。
「……忘れられるなんてごめんだよ」
自然と口から出ていた。それが私の本音だった。
私が道を歩いていると、突然道が開け、まるで何かの研究室の様な様相になっていた。
私はその真ん中に、私の姿を見た。……今の私と同じ見た目だ。違うところと言えば、手術着を着ているというところか。
私の前にタカマガハラが現れる。
「……これは何の記憶な訳?」
「私にも分からないわよ。でも、私にも同じ様な記憶がある……」
すると、どこからともなく医者の様な人物が現れた。私達の事は見えてないようだった。
「……どう考えても、普通の病院じゃないよね」
「そうね……」
その医者の様な人物はメスの様な物を取り出し、私の頭を切り開き始めた。
私はその光景に思わず目を背ける。
「っ……気分がいい物じゃないね……」
「ええ……」
私はなるべくそちらを見ないようにしながら、近くにあった台の様な物の上に置いてある紙を拾った。
「これ……」
「どうしたの?」
「この企画書……あの子と同じだ」
「え?」
そこに置かれていたのは、かつて私が見た事のある企画書によく似ていた。これは……そういう事でいいのだろうか……。
その企画書にはこう書かれていた。
『八百毘丘尼伝承再現企画書』
私には読めなかったが、嫌な予感がした。
「これは……」
「タカマガハラ。これ何て書いてあるか分かる?」
「ヤオビクニ……」
「ヤオビクニ?」
タカマガハラの顔には汗が見えた。
「……日本の各地で残ってる伝承。人魚の肉を食べて、不老不死になった女性の伝承……」
不老不死……そうか……。やっぱり私の能力は……。
タカマガハラが心配して私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫……?」
「……うん。大丈夫。やっと分かった。あの街にいた能力者達のことが……神代テクノロジーの事が……」
「その名前……」
「……タカマガハラ。君はこれからどうするの?」
「私は……ただ、そこら辺をうろうろするかな……。きっと私を覚えてる人はもういないんだろうし……」
「そっ、か……」
「あなたは違うんでしょ?あなたには会うべき人がいる」
「うん。あの子を独りにする訳にはいかないよ」
「じゃあ、急いで。多分もう、これであなたの記憶は全部の筈」
「……ん、分かった。じゃあ、行くよ」
「それじゃあね。……最後まで油断しちゃ駄目よ」
私は手術されている私の横を通り抜け、奥にある扉へ進んだ。私は扉を開き、その先の通路に足を踏み入れた。
その瞬間、私は眩い光に包まれた。
目を開けると、海が見えた。ここは……砂浜みたいだ。
後ろを振り向くと、一つの建物が見えた。私には分かった。あそこにはあの子がいる筈だ。それは直感と言うよりも、運命的な感覚だった。
私は前へと踏み出す。足元の砂が私の歩みを邪魔する。それは果たして、自然の摂理によるものなのか、それともまだ彼らが私を連れ戻そうとしているのか。
「ゆかり、こっち、来て。さみしい」
知ったことか。
「ユカリちゃん……お願い!帰ってきて……!」
同情を誘おうとしても無駄だ。
「早く帰って来い!上手いラーメン用意してんだ!」
そんなものいらない。
「ユカリ。また一緒にマジックやろう」
嫌だ。
「縁さん。お戻りください。皆様と私からの命令です」
私に命令するな。
「縁。戻っておいで。もうあの街は平和だよ?あなたは一人じゃないんだから。一緒にいよう?」
……それは自分の意思じゃないんでしょ。あの街にとって都合の良い事を言ってるだけ。
私は思い出を振り切るように前に進み、建物の門に辿り着いた。そこで私は、門の向こうに見える建物の縁側に彼女が座っているのが見えた。
だが、すぐに中に入る訳にはいかなかった。
門の側には、一台の仏像が立っていた。
「しぶといな。お前」
あの子が完全に消滅させたものと思っていた。まさか、まだ存在していたのか。
私の脳内に声が響く。
「カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ」
お前の基準で決めるな。
「オイデオイデオイデオイデオイデオイデオイデ」
あの子以外の所にはもう行かない。
「一緒にいるって言ったよね?」
お前なんかには言ってない。
「哀れなり哀れなり」
違う。あの子がいるだけで、私は……。
「忘却せよ」
嫌だ
「焼却せよ」
いやだ
「棄却せよ」
絶対に嫌だ。
「愛を謳おう」
お前のためには謳わない。
「死は即ち、忘却なり。忘却は即ち、愛なり」
それは好都合だ。私は死なない。でも、あの子を愛せる。あの子のためなら、私は生きられる。
私は目を閉じる。……こいつを利用しよう。こいつが融通の利かない神様だって言うなら、それを全部利用してやろう。あの街を全て忘却してやろう。
「我ら、黄昏より来る者。我ら、黄昏に沈む者」
ああ。これで終わりにしよう。さようなら、母さん。さようなら、父さん。さようなら、タカマガハラ。さようなら、ナナ。さようなら、ハナコ。さようなら、サキモリ。さようなら……黄昏街。
「もういやだ。……でも、大丈夫」
次の瞬間、私は炎に包まれる。不思議と熱くはなかった。……やっぱり引っ掛かった。こいつはどこまで行っても、所詮は神様なんだな……。
私は聞き覚えのある声で、目を覚ました。ああ、良かった……やっと会えた。
「ユカリちゃん!良かった……良かったよぉ……」
ああ……サエ……泣かないで……ちゃんと会えたじゃないか……。
「ただいま、サエ」
私は体を起こす。特に体に違和感は無かった。
「会いたかったよ、ユカリちゃん……!」
サエが私に抱きつく。ああ……何でだっけ?何で……私、この子と会えて嬉しいんだっけ……。この子の事以外何も思い出せない……。でも、何故かそれが心地いい。
「ん……私も会いたかった。ずっとずっと……どれだけの間探してたのか分からないけど……会いたかった」
私も、サエを抱きしめる。ああ……この暖かさは何だろう……とても、落ち着く……。
「ユカリちゃん、こっち来て。管理人さんに挨拶に行こう」
サエは私の手を引いて起こすと、そのまま引っ張った。
「ん……サエの後ろを付いて行くよ」
私はユカリ。苗字なんて知らない。でも、苗字はいらない。過去の記憶もいらない。私には、サエがいてくれればいい。隣で私の名前を呼んでくれればいい。
縁側から横目で見た太陽は神々しく、私達を祝福するかの様に輝いていた。
ありがとうサエ。私を愛してくれて。私もこれからもずっと愛してる。愛を込めて、君を愛してる。