第4話:真実。そして決意
私は母さんと小さい私と一緒に歩いていた。
夕焼けが町を照らしていてとても綺麗だ。そういえば、夕焼け……どこかで懐かしさがある。何だろうか?
私は一つの家の前に立っていた。
母さんと私は中に入り、私も後に続くように家の中に侵入した。
家の中に特に変わった感じは見られない。どこにでもある普通の家だ。一体、私に何があったというんだ?
気が付くと私は子供部屋にいた。目の前には私がいる。
小さい私は何やら絵を描いていた。後ろからそれとなく覗いてみる。
何だ……これ……。
私は黒いクレヨンで白い紙を一心不乱に黒くしていた。
一体何がしたいんだ……。あの時描いてた絵は下手なんじゃなくて、初めからそういう風に描いてたって事か……?
私は寒気がし、後ろに下がる。そんな私の背中に何かが当たる。
「うわぁっ!?」
「……そんなにびっくりしなくてもいいでしょ」
そこにいたのはタカマガハラだった。
「何だ、君か……脅かさないでよ……」
「あなたが勝手に驚いたんでしょ」
私は軽く深呼吸をすると、タカマガハラに尋ねた。
「あれ、どういうこと?」
「どうって、見たままだよ」
「おかしいでしょ!あんなのマトモじゃない!!」
「ううん、マトモだよ。少なくともあの子にとっては」
「……なんだよ。じゃあ私がおかしいって言うの?」
「おかしいなんて一言も言ってないわよ。あれがあなたの普通なの」
何言ってるんだ……あれが普通?正気じゃない……。
「何であんなの描いてるの……?」
「それはあなたが見つける答え。でも、そうね。一つヒントを与えるとするなら、あなたは貪欲だった。ということかしら」
貪欲?私が?見た感じ、あまり物を欲しがるタイプには見えないが……。
いつの間にかタカマガハラはいなくなっていた。まあ、いつものことだ。気にするまでも無い。
私の目の前で、小さい私は絵を描き続けていた。
そこでふと私はある事に気付く。小さい私は何かしらの絵を描いてから、それを黒のクレヨンで塗りつぶしているのだ。何故そんなことをする?
疑問に思った私は絵を一枚拾い上げる。相変わらず真っ黒な絵だ。
その時、突然真っ黒に塗りつぶされた筈の紙が少しずつ白くなっていき、文字が浮かび上がった。
「お元気ですか?
ユカリちゃん……お願いだから帰ってきて。寂しいよ……。
ミズキちゃんも、最近ご飯を食べる量が減ってきてる……。お願い。戻ってきて……!
ゆかり どこ? あいたい さみしい
ごはん おいしくない かお みたい なみだ いっぱい
もういやだ もどってきて
大丈夫だよ、ミズキちゃん。大丈夫だから……
黄昏街住人 天津罪祓
水瀬瑞希より 愛を込めて」
まただ!また何か来る!この感じはまずい!
突然部屋全体が揺れだし、壁中にひびが入り、そこから水が噴出してきた。明らかに今までと違う。今までのは得体のしれないものだったが、これは明らかに私を殺しにきている!
私は急いで部屋を飛び出した。部屋の外は階段があり、ここが2階だと気付く。
1階は既に浸水が進んでおり、最早逃げ場はなかった。
後ろから迫ってくる濁流に、私はなすすべなく飲み込まれた。
目を開ける。
水の中だ。私は死んだのか?
辺りを見ると様々なガラクタが浮かんでおり、何とも言えない不思議な場所だった。
すると私の目の前にタカマガハラが現れる。
「随分としつこいみたいね」
何の事だろう。
「やっぱり、あの人達には共感できない」
一人で話を進めるな……。
「あなたも嫌でしょ?」
タカマガハラ以外にも声が聞こえる……。
「こんな所で諦めちゃ駄目」
「おいでおいで」
何だ?今の……。
「どんな事情があっても同情しちゃ駄目!」
「一緒に来てあげて?」
うるさい……タカマガハラの声が聞こえないじゃないか……。
「あの子は自分の過去で同情を誘おうとしてるだけ!」
「一緒にいるって言ったよね?」
くそっ、うるさい……!何の事だ……!
「大切な子の事を思い出して!」
「みんなかぞくだよ?」
大切な子……?誰だろう……喉元まで、来てるのに……。
「あなたの大切な!」
「哀れなり、哀れなり……」
「たった一人の!」
「忘却せよ、焼却せよ、棄却せよ」
「我らと共に黄昏に酔おう」
「友達でしょう!!!」
……あぁ、そうだ。何で……忘れてたんだ。誓ったじゃないか……何があっても守るって……怖がりだけど優しいあの子……私の死も受け入れる事が出来た強い子……。
私は……受け入れる事が出来たっけ?自分の死を受け入れたっけ?あれ……?そもそも、私、死んでたっけ……?ん……どうだったっけ……。
「お願い!目を開けて!」
「眠りは救済」
「目を背けちゃ駄目よ!」
「愛を謳おう」
「意思をしっかり持って!」
「永遠の黄昏は永遠の救済。忘却せよ」
意思?意思って……なんだっけ?私は…………あの子を……。
「私達は黄昏より来るもの。私達は黄昏に眠る者」
……私は違う。
「忘却は、永遠の救済」
違う。地獄だ。
「共に眠ろう」
まだ眠る時じゃない。
「愛を謳おう」
押し付けるな。
「死したものよ、我らが同胞よ」
一緒にするな。
私はお前達とは違う。
私は気が付くとどこかの屋上に立っていた。大体どこなのかは検討が付いていた。
私の後ろで扉が開き、私が出てくる。そうだった。そう、だったな……。
私に続いて、何人か入ってくる。……覚えてる。忘れるわけが無い。
彼らが何か言ってる。声は聞こえない。でも、今の私には分かる。
私の目の前で私が飛び降りる。
鈍い音が響く。
彼らは驚いていた。ざまあみろ。
私は下を覗く。下には血痕の上でバラバラになっている私がいた。
不思議と恐怖はなかった。意外とこんなものなのかもしれない。
私の目の前にタカマガハラが現れる。
「……良かった。無事だったのね」
「もう既に無事じゃなかったみたいだけどね」
「思い出した?」
「……うん。ホント、何で忘れてたんだろう」
「無理も無いわよ。私もそうだったから」
「……そう。で?私はどうしたらいいの?」
「あなたはどうしたいの?」
私は…………。
「あの子に会いたい」
「そうでしょうね」
「場所分かる?」
「さあ?あの子と会ったのは私があの街を出た後なんでしょ?だったら分からないわよ」
「……だろうね。ん……まあいいさ。自分で探すよ」
「気を付けてね。あの街はまだ、あなたを連れ戻そうとしてるから」
そう言うとタカマガハラは姿を消した。
大丈夫さ。今までなんだかんだ逃げてきたんだ。こんな所でやられないさ。
私は屋上から出ると、階段を降り、学校の外へと出た。
外では私の死体を囲んで騒ぎが起きていた。人が死んでいるのだから当たり前か。でも私は知ってる。あいつらは自分達の保身に走った。事実を隠蔽した。
私の死因は不注意からの事故死ということになった。
私は再び町を彷徨い始めた。
私の人生は終わった。もう行くべき場所は分からない。だが、行かなきゃいけない場所はある。
もう一度、あの子に会いたい。あの子の声を聞きたい。あの子に触れたい。あの子と……一緒にいたい。
決意を決めた私は夕焼けに染まる町へと歩いていった。