うちの妹がおかしい。
さらっと読めるようになってます
世界はきっと2つに分かれている。
明と暗、男と女、光と影、空と陸。そんなふうに。つまり人間の性質もきっと同じように出来ていて。
例えば一つの集団の中に、その集団の中でも、各々の考え方が違くても結論は二つしかない。同じように、その集団で明るくいられる人もいれば、暗いままの人もいる。
もし属すとしたならば、明るい人でありなさい。
そう、数ヶ月前にこの世を去った母が私に言い残した。今までずっと本の虫だった私にそういった母は、明るい人だったのだろうか。それとも父からの愛を貰えずに消えた暗い人だったのか。
どちらかはわからないけど、不幸か幸せかを聞かれたら、母はきっと幸せだったのだろう。例え女の幸せでなくとも、母親の幸せというものを感じて去っていった。
私はそんな母が大好きだった。
「お姉さま、ですね!」
それから1年も経たないうちに、私に妹ができた。正確には義妹だが、とても可愛い守りたくなるような子だった。二つしか違わない私を姉として慕ってくれて、私の後ろをついてまわる。とてもいい子なのだ。
金色のサラサラとした柔らかく長い髪はまるで天使からの贈り物のよう。それに似合う大きな碧眼は宝石のようだ。
薄い茶色のくせっ毛の私と姉妹だなんて、誰が思うだろう。事実血は半分しか繋がってないが。
公爵家であった我が家に義妹であるミーシャを連れてやってきたのは、メインラー男爵夫人だった。彼女は未亡人ながら1人で男爵家を動かしていたのだという。
なんて遅咲きなシンデレラストーリー。まだまだ若いメインラー夫人はあの冷徹な我が父を物の見事に落としたのだとか。
ミーシャもメインラー夫人も、綺麗な顔立ちをしている。女性陣の中で唯一平凡として我が公爵家、テオドラル家に存在する私、セレナ=テオドラルは非常に肩身の狭い思いをしているのだ。
数日前、たったひとりの親と思っていた母が死に、家には他人が上がり込んでいる。それに反発できるほど、私は父と会話をしたことがない。
別に私はその上がり込んできた他人を嫌っていないし、嫌っても自分が苦しいだけなのでそういう予定もない。顔も生まれて悟ってから諦めきっている。
なのに何故こんなにも愚痴るようにマイナスな表現を使うのか。
「今日からお姉さまと同じ魔法学園に通えるなんて、夢のようです」
ああ全知全能の神よ、私の楽園はいったい何処へ。
私の腕に自分の腕を絡ませたミーシャをチラリと見て、私はため息をついた。
それでは最初から丁寧に順を追って説明しよう。
簡単に言えばうちの義妹がおかしいのである。ええ、大事なことだからもう1度。おかしいのだ。本当に。
妹と出会ったのはほんの1週間か2週間前。そんな会いたてホヤホヤの状態にも関わらず、ミーシャは私に懐いている。…懐くとかのレベルじゃない、私と少しでも離れると倒れそうになるレベルだ。
ちなみにミーシャは14歳、私は16歳である。本来なら13歳で魔法学園に通えるのだが、魔法学園は貴族の中でも格式の高いところではないとよほどの成績がない限り入れないのだ。つまり、数週間前まで男爵家であったミーシャには入学できるほどの力がなかったのである。
公爵家にでもなってしまうと、威厳を見せるために魔法学園に通うのはもう義務である。そのため突然だがミーシャも通わざるを得なくなってしまった。14歳だが入りたてほやほやなので13歳のクラスと一緒なのだとか。
「お姉さまと同じクラスが良かったですわ。出来ることなら隣の席を希望します」
ふふっと可愛らしく笑うその姿は花の妖精と言われてもおかしくない。しかし。
「ああ、でもお姉さま?隣の席に人を…特に男性なんてものを座らせてはいけませんよ?お姉さまのお隣は私なんですから」
どこから出てきたのかわからないがシャキンッと音を鳴らす農業用の鋭いハサミを持ち、そしてその横には彼女の使い魔であるピンク色のハリネズミを従えたミーシャは、どう見ても花の妖精を刈り取る狩人にしか見えない。
一体そのハサミで何を切るつもりなのか、そのハリネズミが何を刺すつもりなのか考えるだけでも嫌な予感しかしない。
「わかりましたか?セレナお姉さま」
メインラー夫人、あなたの教育はどこでお間違えになられたのでしょうか。
妹ミーシャの入学があと2ヶ月を切ってしまっている。その2ヶ月はつまり私の平凡な学園生活をぶっ壊しにくるタイムリミットでもある。
好かれている自覚はあるが、普通の好かれ方ではないこともわかる。ただそれを否定するわけにもいかず、ただただ流すだけなのだ。というかどうしようもない。会ったばかりなのにも関わらずあそこまで人は距離を近づけていけるのだろうか。…ミーシャの場合は一気に飛んできたけれど。
私の学園生活は本当に穏やかで心地が良い。良き友人もいるし、勉強の成績も悪くない。先生からの信頼もあり、問題があるとすれば魔法の実技が筆記よりも少し悪いことくらいか。
「あれ、どうしたの、セレナ嬢」
「…カイル様」
学園にて講義がちょうど終わり、一息ついていた時だった。低い軽やかな声が上から降ってくる。確か我が公爵家の婚約者候補だったか、この方、カイル=ハッセルドは辺境伯の長男である。候補のためか、こんな平凡な私に声をかけてくれる素敵な男性だ。
漆黒の髪はミーシャとは違った柔らかさを持っていて、整った顔は令嬢たちを引きつける。こんな方を殿方にするだなんて、平凡な私には無理だと正直に思った。
「いえ、何でもございませんわ。それよりカイル様、いただいたお花、とても綺麗で部屋に飾りましたわ。本当にありがとうございます」
「いやいや、素敵な女性には花が本当に似合うからね。そんな君に物憂げな顔は似合わないよ」
どうやら思った以上に深刻な表情をしていたらしい。思わず苦笑して、話すべきかを迷った。家のことを知られるのは正直に避けたい。社交界ではもちろん、情報を公開すべきか否かなんてその場の頭の回転で決めるしかない。カイルは婚約者候補ではあるが身内ではない。そんな人に教えていいものか。
そんな私の表情を見て察してくれたのか、彼は一息ついて口を開いた。
「もちろん、言えないことが多いだろうけど、それでもいい。ただ無理をして欲しくないんだよ。何度でも言うよ、君にその顔は似合わないから」
ス、と右手を私の左頬に添える彼の表情こそ、苦しそうだ。どうして彼がそんな表情をするのかわからないけれど、そろそろ次の講義を意識しなくてはならない。
私の左頬を人撫でして距離をとると、「お昼に会おう」と一方的に約束を取り付けてその場から離れてしまった。
優しいカイルは、気を使ってくれたのだろう。彼にどんな感情を抱いているのか、と聞かれたら一言では答えられない気がする。そんな微妙な存在に、酷く怖くなる。
が、私のその焦燥感は足元にやってきたピンク色のハリネズミによって邪魔されてしまった。
カイルがハリネズミの餌食にならないことを全力で祈った。
1日の講義を終え、魔法学園直営の魔法図書館に寄る。それは私の一日の習慣の一つで、司書の方とも仲良くなった。
司書のオルドさんは、若くして私と同じ本の虫で司書になることを幼い頃から希望していたそうで、本に関心を持たない貴族の中で私たちが仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
神聖なるこの図書館には魔法が聞かない。つまり、唯一妹のハリネズミから逃げられる場所なのだ。
「こんばんはオルドさん」
「こんばんはセレナ嬢。今日は…どうやら悩んでおられる様子で」
「おわかりになられますか?ちょっとハリネズミが…」
「ハリネズミ…?」
「…いえ、なんでも」
なんだかハリネズミの寒気がしたのでこれ以上言うなということかもしれない。
訝しげなオルドに申し訳ないが、勝手に話を変えて、先日まで借りていた本を渡す。
「ありがとうございました、とても面白かったです」
「そうですか。私は、貴女のように本好きな方がいらっしゃって本当に嬉しい」
「ふふ、私もオルドさんのように本のお師匠様のような方がいらっしゃって楽しいですわ」
お互いそう笑いあって再び本の世界の話をする。時に価値観は違えど、お互いのそこを認め、そうしてまた違う世界を知っていく。
その楽しさは、きっと本を愛する人たちにしかわからないだろう。
しばらく太陽が沈む少し前の夕方頃まで話し込んでいると、図書館内の鐘が響いた。全員が下校しなくてはならない時間である。あまり暗くなってから外に出るのは得策ではない。
公爵家の令嬢として遅くまで家に帰らないのははしたないと思われてしまう。いつもは鐘が鳴る前に気づいて帰り支度をするのだが、今日はいつも以上に白熱した話をしてしまった。慌てて本を本棚に戻そうと手に取る。すると、本を持った私の手をオルドさんが自分のそれと重ねた。
驚いてそちらを見ると、穏やかな笑みを浮かべていた。
「大丈夫、私は男だからゆっくりでいいけれど貴女はか弱くお人好しな可愛らしい令嬢だ。ここは私がやるので貴女は先にお帰りなさい。…それとも、私と一緒に帰りますか?」
一段と色っぽく告げられた最後の一言にカッと顔が熱くなる。これが所謂大人の色気というものだろうか。
ドキドキと落ち着かない胸を抑えていると、くつくつと喉の笑い声が聞こえた。馬鹿にされてる!と思い、そちらをキッと見つめるが、それも笑みを深められるだけにしかならなかった。
「は、早く帰ります、また明日お会いしましょう!」
「ええ、また明日」
手を振られ、恥ずかしさに負けじと振り返すとまた笑われた。そんなオルドとの時間は心地よくもどこか歯がゆい気持ちになる。それは家で私を待つ私の侍女との時間とは少し違う。
気恥しさに俯きがちに学園の門ををくぐった時、針を落ち着かせたハリネズミがぴょこんっと私の目の前ではねた。驚いて着地したハリネズミと視線を合わせようと膝を折る。何か喋らないかなこの子、とハリネズミに耳を傾けていたのだが、次に来たのはハリネズミの声ではなかった。
「ん?ここにこの子がいるってことは…」
「さすがお姉さまですわ、私がいることもわかるなんて。本当に私たちって仲が良いですわね!」
次に来たのは衝撃だった。淑女の「し」の字もない突進の仕方に「ぐへっ」と言いそうだった口を抑える。外でそんな恥ずかしい声なんて出せません。
そんなことを知ってか知らずか、突進してきたミーシャは悪びれもせずニコニコと「お疲れ様でした」と笑っている。
「今日も何人かの男性にお声をかけられたそうで」
「…なんで知ってるの」
「まぁ使い魔が何故いるのかおわかりになられているでしょう?」
ハリーとはハリネズミのことである。まぁうすうすそんな感じはしていたが、まさか使い魔を姉の監視として使うとは、ハリーも大変なもんだ。
当然のごとく隣を並んで一緒に帰ろうとするミーシャは本当によくわからない子だ。この子とは1度姉妹になる前に公爵家と男爵家という関係であった事はあるが、本当にそれだけだ。その時に何があったわけでもないし。
自然に腕を絡ませてくるミーシャは本当に可愛らしい。だが出てくる言葉は「お姉さまに近づいていた男達の名前教えてくださる?」とどこか物騒な雰囲気を漂わせるものだ。
「ねえお姉さま、私本当にお姉さまの妹になれて嬉しいのですよ」
「…ミーシャ?」
「ずっとずっと、一人だったんですから」
か細く聞こえる彼女の声も瞳も揺れていた。天使からの贈り物のような彼女の姿はこんなにも小さい。
1人という言葉は時に寂しく感じさせる。孤独で、冷たくて、誰もいないそこは疎外された世界。
それを私も、知っている。
「ねえお姉さま、どうかお姉さまは私から離れないでくださいまし」
そうやっていつもの調子でニコニコと笑うミーシャの言葉は、どれだけ重いのか。
きっと私は彼女の腕を払うことはできないだろう。なぜなら私も、新しく出来た妹を守ってあげたくて仕方ないのだから。
これから先お互いのことを知っていくだろう。その中で姉妹でいざこざもあるだろう。でもそれも、楽しみの一つで。
「ミーシャ、明るい人になろう」
そっと絡まされていた腕を抜き取り、その代わり彼女の手と自分の手を繋げる。まるで母親が子供の手を握るように。
「2人で明るい人になろう?」
そうすれば誰も離れないから。
驚いたミーシャの顔にクスクス笑う。もしかしたらオルドが笑った理由ってこんな感じなのかもしれない。
いつもニコニコしているミーシャの驚いた表情はレアだ。いつもとは逆の立場にいることに気づいたのか、ミーシャはカカカッと顔を赤らめた。その様子もあまり見ないので新鮮である。
「お、お姉さま、笑わないでください!」
「ふふ、ごめんね?」
「…っ、私、お姉さまが大好きです!だから、その、絶対誰にも渡しませんから!」
大きな声でそう宣言するミーシャに公爵家令嬢として諭そうかと思ったがやめた。それくらい必死になるミーシャが今までとは違う意味で可愛らしかったからだ。
「これからよろしくね、ミーシャ」
太陽は沈み始め、空にはチラホラと明るい星と月が登っていた。
続きます。というかこの次の作品がやりたくて仕方なかったものです。
続きのために書いた作品になってます(笑)