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第37話 スキ

 ひんやりとした空気が、酒で熱くなっている頬に気持ちいい。初日に直樹の家から晶のマンションへ行く時と同じ帰り道。その頃よりも遥の近くを歩き、そして速度も遥に合わせてゆっくり歩く。

 それが心地よくて、もう失いたくなかった。

「アキはどうして私のことクソガキって言うんですか?」

 隣を歩く小さなそれは無邪気な顔を向けていた。

「クソガキだからだろ?」

 遥の中で自動で「大好きだからだろ?」に変わる。えへへっと笑う遥にまた理解不能な顔をする。

 なんだよ。クソガキって言った時のむくれた顔が可愛かったのに…。…ハハッ酔ってるのか。今の俺はどんだけ素直なんだ。

「アキ酔ってますか?」

 心を読んだような質問に晶はムキになる。

「酔ってねー。」

「酔ってます。」

「酔ってねーって言ってんだろ?」

 まだ言うか!と遥の頬をつまむ。んー!と遥は不満げな声を出した。

「冷たっ。お前、薄着過ぎるんだよ。だいたい肉が足りてないんだ。ったく。」

 頬をつまんだ時のむくれた顔に満足して、自分のコートの左側に遥を入れる。

「な、なんですか?これ。歩きにくいです。」

「バカ。離れるなよ。寒いだろ。もっとくっつけよ。足を合わせれば歩けるだろ。」

 晶の左側がひんやりする。ったく、こんなになるまで何も言わないのかよ。

「歩きにくいですってば!アキとコンパスが違うの分かってます?」

「大丈夫だ。そんなのこっちが合わせてやる。二人三脚を知ってるだろ?それと同じだ。」

 やっぱりアキ酔ってる…。こんなの変だ。そう思うのに遥の右側は暖かくて、離れたくない気持ちだった。


 マンションについて晶のコートから出た遥は急激に恥ずかしくなってトトトッとリビングへ行ってしまった。

 いつものソファの端。ちょこんと座っている遥を見て、晶はその隣に腰を下ろした。

「え?ここですか?」

「なんだ。ダメなのか?」

「ダメじゃないけど…。」

 絶対酔ってるんだ。それでまた覚えてないとかそういうやつだ。

 抗議する視線に気づく様子はない。

「アキ?」

「なんだ。」

「もう1度、私のことどう思ってるのか教えてくれませんか?」

 こいつはまた何を言い出したんだ。チラッと隣を見ると潤んだ瞳と目が合った。晶はここに座ったことを急速に後悔し始めていた。

 まずい…可愛くて…たがが外れちまいそうだ。

「ダメですか?」

 可愛い顔を見ていられなくなった晶は遥を抱き寄せる。

「1回しか言わないって言っただろ?」

「でも…。」

 自分の胸の中でくぐもって聞こえる遥の声が愛おしい。ぎゅっと抱きしめるとささやいた。

「ハル…遥は俺にとって大切だ。クソガキで小動物でロボットだが、そんなハルが…。遥が好きだ。」

 最後は消えてしまいそうな声。自分の言った言葉に胸が苦しくなる。

 晶は優しく遥の頭を撫でると自分の胸の辺りにある遥の顔に自分の顔を近づけた。そしてそっと遥の首すじに唇を触れさせた。温かい吐息がかかる。

 まずい…。ここままじゃ…。

 自分の気持ちと葛藤して黙る晶に遥の声が聞こえた。

「やっぱり寝ちゃった。酔っ払ってるんだから。」

 寝た…ことにした方がいいのか。また違う葛藤をする晶の腕の中から遥が離れる。ダメだ。行くな…。そう抱きしめ直そうとした時、頬に柔らかい何かが触れた。

 え…。な…。

 固まる晶が気づいた時には遥の姿は無かった。

 頭をグルグルさせている晶の元にまた遥が戻って来た。んっしょ。との掛け声で晶の体に毛布と布団がかけられた。

 今日はやっぱり寝たことにしとこう。そう腹をくくった晶の隣に遥が潜り込む。ふわっと甘い匂いがした。

 この布団はハルのか…。だから一緒に…。いや違うだろ。一緒に寝る必要はないはずだ。こいつのその辺の線引きはどうなってるんだ。

 晶の思いを知るはずのない遥は晶の胸にもたれかかって寝心地のいい場所を探す。動く度にふわっと甘い匂いが鼻をくすぐった。

 少しするとスースーと規則正しい呼吸が聞こえて寝たことが分かる。

 クソッ。どういう思考回路してやがる!

 到底、寝ることができない状況の晶は心の中で悪態をつきながらも、愛おしそうに遥の髪を触る。そして頭に手を当ててそっと唇を押し当てた。

「これくらい許せよ。」

 そうつぶやくともう一度、頭に優しくキスをした。


「大人ってずるいです。」

 朝、起きると既に起きていた遥が朝食を作っている。晶は眠い体を引きずってダイニングにいた。

 遥の自分が大人ではないと完全に認めたような言い方にハハッと笑う。

「何がだ。」

「酔ったってことで都合の悪いことは無かったことにして。」

 こいつ昨日のことを言ってるのか。

「別に無かったことになんてしてない。」

「でも…。」

 昨日のあれはなんだったんだろう。かすれて消えかけた「スキダ」の声。あれは私が「ガキ」を「好き」に変換したわけじゃない。

 「スキダ」それは「好きだ」ってことだよね?その「好き」ってどういう…。

 どうせ覚えてないくせに。そう思うのに遥を見つめる晶の視線は優しくて「覚えてるんですか?どういう意味なんですか?」と聞きたくなる。

「今日はどうするんだ。俺は別に酒が残ってるわけでもない。食材の買い物は行かないとハルも平日は忙しいだろ?」

 いつも通りの晶にやっぱり覚えてないんだと思うことにした。

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