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第33話 大切な意味

 夜。遅くまで調べ物をしていた晶の部屋にパタンとドアが閉まった音が聞こえた。眼鏡を外すと晶もリビングに向かう。どこか様子のおかしかった遥が気になっていた。

「眠れないのか?」

 ソファに座っていた遥に声をかける。小さく頷いた頭が確認できた。

「仕方ねーな。ココアを飲むか?」

 また小さく頷いた頭を確認するとキッチンへ足を向かわせた。


「懐かしいな。最初の頃みたいだ。」

 マグカップを遥に渡すとソファに座った。何かを思い悩んでいるような遥に敢えて何も聞かなかった。そんな風に今まで側にいてくれた遥がありがたかったからだ。


 遥はちぐはぐな自分の心を整理できないでいた。晶が優しいのは誰にでも。という気がかりの他に別の心配ごとが頭をもたげ始めていたのだ。

 自分の好きと男の人の好きは違う。そしたら…ずっと側にはいられないんじゃないか。

 嫌な記憶が蘇りそうになって呼吸が荒くなる感じが分かる。ダメ…大丈夫。アキは大丈夫。

 でももしアキが私のことをそういう目で見たとしたら…。

 また荒くなりそうな呼吸に過呼吸が起きそうになる。もう…ダメ…。そう思った時に背中を優しく撫でる大きな手があった。

「大丈夫だ。大丈夫。息をゆっくり吐くんだ。」

 穏やかで低い声。変わらない優しい大きな手。どうしてこんなにも大切なのに…。

「なんだ。何か心配ごとがあるのか?俺には…言いにくいことなのか?ならまた直樹の家に遊びに行ったらいい。」

 でもここに帰ってこいよ。とは言えなかった。

 遥は目からポロポロと涙を流す。優しく撫でる大きな手。この優しくて、でも不器用で…。大切なのに…。それなのにアキが怖いなんて。

 晶は遥の涙に気がつくと頭を乱暴に抱き寄せて自分の胸の中におさめた。

 怖いのに…。晶の胸の中から離れたくなかった。遥は自分の矛盾する気持ちに戸惑っていた。


「アキは…。婚約者の人みたいに…その…結婚したいとは思わないんですか?」

 変な質問に晶の体がこわばったのが分かる。

「俺は…そういうのに夢や希望なんて持ってなかった。女嫌いなのはハルも知ってるだろ?」

 そうだけど…。でも婚約者はいた。そしてその人を支えるために側にいた。それは男と女として…。アキは女嫌いかもしれないけど結婚はできる。きっとそういう大人な関係にもなれるだろう。

 でも…私は…。

「ったく。俺は直樹に惚れてるんだろ?結婚したいと思うと思ってんのか。」

 なんで俺が直樹のバカみたいな嘘に乗っからないといけないんだ。

「でも女の人とそういう関係には…。」

 …ッ。こいつ…。頭かち割ってやろうか…。

「だから!俺が女の裸を見て喜ぶとでも思ってんのか。どんだけ俺が女嫌いかあんなにも説明しただろうが。」

 ダメだ。優しく何も言わないで側にいるとか俺には無理な話だ。遥の理解できない質問にげんなりする。

「じゃ私はアキにとってなんなんでしょう?」

 クソガキだ。いつもならそう誤魔化してしまいたかった。でも…。

「お前は…ハルは…。俺の嫌いな女になるな。前に俺が言った、毛嫌いするほどの女になってみろっていうのは忘れてくれ。今のままのハルが…。」

 そう言うとぎゅっと抱きしめた。口にすると涙が出そうになるほどの思いだということに今さら気づく。

「俺は今のままのハルが必要なんだ。スゲー大切だ。離れていた時に気が狂いそうなくらいに。」

 遥は何も言わなかった。どんなに抱きしめても足りない気がして、もう一度強く抱きしめる。

 「痛いです…」遥の小さな声に「あぁ悪い」と腕を緩めた。それとともに遥が口を開いた。

「その…今のままのハルって…アキにはどんな私なんでしょう。」

 そこまで言わなきゃダメなのか。クソッ。これはまた何かの仕返しとかじゃねーだろうな…。疑いたい気持ちがむくむくと心に浮かんだが、仕方なく口を開く。

「クソガキだろう!何度も言っている。後は小動物かおもちゃのロボットみたいだな。」

 ダメだ。もうこれ以上、何を言えって言うんだ。

 遥は晶の言葉を反復して自分の中で噛み砕く。そうか…。アキも女嫌いだから大人なそういう男女の関係みたいなのが苦手なのかもしれない。だから私は大丈夫なんだ。そう理解した遥はやっと安心して晶にぎゅっと抱きついた。

 晶がドキッとすると遥の顔が上げられて、ますますドキッとする。

「なんだ。どうしたんだ。」

「アキにとって私はなんなのかをもう一度、言ってくれませんか?」

 なっ…。やっぱりこれは何かの罰ゲームか拷問だろ。なんでそんなこと何度も…。

 晶の気持ちを感じ取ったように遥は付け加えた。

「言ってくれないと眠れません。」

「…ッ。言ったら絶対に寝るんだな?あと一回しか言わねーからな!」

 まだ顔をみつめてくる遥の頭を撫でて胸の中に戻した。顔を見たまま言うとか無理に決まってるだろ。はぁと息を吐くとつぶやくように言った。

「スゲー大切だ。だからもう…どっか行ったりしないでくれ。あんな気が狂いそうな日々はうんざりだ。」

 遥はまたぎゅっと抱きついた。その姿が愛おしくてたまらなかった。すると遥が満面の笑みで晶を見た。

「私もアキのこと大切です。おばあちゃんみたいに。」

 分かってる。こいつにとって俺は、ばあさんと同列なんだ。遥の言葉に切なくなるともう一度強く抱きしめた。

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