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第32話 ハンバーグ

 晶は仕事を切り上げて早めに帰ることにした。直樹はニヤニヤしていたが、それに対しては冷たい視線を向けておいた。

 食材を買い終えるとマンションに帰る。

 しーんとした部屋はまだ遥が帰っていないようだった。それなのに…。

 遥が出ていってから、ここにいられなかった。誰もいない部屋は世界で自分が一人だけだと言われている気がした。

 なんて大袈裟なんだと鼻で笑う。今なら鼻で笑える。

 その時と同じ、しーんとした部屋。それなのに今は遥が帰ってくる。それだけでここにいたいと思う。

 やっぱり俺はどうかしちまったらしい。あのチビでクソガキのハルが一番大切らしい。それでも…やっぱりクソガキはクソガキだ。

 晶は久しぶりにキッチンに立つとハンバーグを作っていた。やっぱりガキにはハンバーグだろ。そう言って笑ってやるつもりだった。


 ガチャ。玄関が開いた音がして、トトトッとリビングに入ってきた遥を目の端にとらえる。

 晶の口から自然に滑り落ちた。

「おかえり。」

「…ただいま…帰りました。」

 仕事で疲れているのだと思いたかったが、やっぱり信頼関係が揺らいでいるんだろう。笑顔はなかった。


 元々は遥が、アキは婚約者の人と結婚してしまう。と思い込んで過呼吸が出た。それなのに今回、晶が出て行った時には過呼吸が出たと聞いていない。

 どうしてだろう。どこかでどうせ帰ってくると思っていたんだろうか。それとも…もっと他の…。

 まだよそよそしさが残る遥を見て、やっぱり他の何かがあるんだと思えてならなかった。


 静かな食事が始まる。遥がいて嬉しいはずなのに、なんとなくむくれてサラダを食べもせずにつつく。

「お行儀が悪いです。」

 ボソッとつぶやく遥に言い返すことができず仕方なく口に運んだ。

 ガキだからハンバーグだろって言える雰囲気でもねぇしよ。遥は嬉しいのか美味しいのか分からない顔で食べていた。


「婚約者の方のことを聞いてもいいですか?」

 おもむろに口を開いた遥の口からは聞きたくない言葉が出てきた。

「飯が不味くなる話をしたくない。」

「…。」

 不機嫌な声を出した晶に遥は黙ってしまった。

 ダメだ。これじゃ前と変わらないじゃないか。クソッ。

「…あの人がどうしたんだ。」

 言いたくなさそうに聞き返した晶に遥は小さな声でつぶやくように話す。

「何かあったからアキは側にいたんですよね?」

 晶はズキッとした。その顔を見て遥もズキッとする。遥もバカじゃない。みんなが大騒ぎしていたのは、あの人に何かあったからだ。そしてその何かあったあの人を支えるために晶は側にいたのも分かっている。

 まさに遥が悩んでいた、アキは優しいから自分じゃなくても…のことが現実に起こった。

 そして思った通りに自分じゃないあの人を支えるために出て行った。やっぱりアキは誰にでも優しくて…誰でもいいのだ。

 だからこそ自分はアキと一緒にいてはいけないんじゃないか…。そんな思いが遥の心を急速に支配する。

「でもそれは傲慢な考えだった。」

「え?どういう…。」

 クソッ。こんなこと言わなきゃいけないのか…。言いたくはない。でもこいつには認めないといけないだろう。

「支えるなんて偉そうに言える立場じゃないってことだよ。俺の方が支えてもらわないと倒れちまうんだ。俺は…弱い。」

 そして誰かが側にいればいいってものでもない。俺が…。俺が側にいて欲しいのは…。

「じゃ婚約者の人と支えあえば良かったんじゃないですか?」

 婚約者の人と…。ハルは…それでいいのか。

「そんなこと簡単に言うな。」

 俺の気も知らないで…。

「そっか。捨てられたんですもんね。」

 クソ…。こいつ…。

「…こっちが捨ててやったんだ。」

 ふてくされた声を出す。チッ。ガキか俺は。

「嘘ばっかり。アキって嘘をつくと左の眉が上がります。」

 バッと左眉を隠すとクスクスと笑う遥と目があった。

「カマかけたのか…。」

 やっぱりクソガキだ。そう思うのに遥の笑顔が嬉しかった。


 少しだけ和やかになった食事に満足をしながら晶は洗い物をしていた。

 ハンバーグが良かったかどうかは聞けなかったが、まぁ今日のところは…。

 遥はテーブルから食べ終わった皿をキッチンへ運んでいる。トットットッと歩くそれは改めて見ても小動物だった。

「わざわざこっちまで持ってこなくてもカウンターに置いてくれたらいい。」

 キッチンまで回り込んで持ってくる遥に泡のついた手のまま声をかけた。

「いえ…。あの。ハンバーグ美味しかったです。」

 うつむいている遥の表情は見えない。

「え…あぁ…良かった。」

 突然の褒め言葉に言葉を詰まらせる。遥はトットットッとリビングの方へ行ってしまった。

 なっどうしたんだ。いきなり…。いや待て。美味しかったですは礼儀だ。そうだ。

 意味の分からないことが頭を巡るのに顔が熱くなる。うわぁ…やばっ。とつぶやきながらしゃがみこんで思わず髪をかきあげた。

 クソッ。泡だらけじゃねぇか!晶はキッチンで髪まで洗うはめになった。

 トトトッの足音に気づいて顔を上げると不思議そうな顔を遥がこちらに向けている。

「どうしてそんなところで頭を洗ってるんですか?」

 誰のせいだと思ってやがる。

「泡の手で髪を触っちまったんだ。」

「…案外ドジなんですね。」

 ニコリともせずにお風呂場に消えた遥を呆然として見送る。

 なんだあれは。あんなに悪態をつくやつだったか?…そうかあれか飼い主に似るっていうあれだな。そうさ。ここは俺の家だ。なんでハルに気を遣って…。

 頭にふわっと投げられたタオルに思考を停止させると遥がお風呂場を指している。

「そんなんじゃ風邪ひきますからお風呂入ってきてください。」

「え…あぁ…ありがとう。」

 晶の代わりに洗い物を始めた遥を見ながら、やっぱりこいつには敵わない。そんな思いでお風呂へ向かった。

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