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第17話 誤解

 躊躇しながら開けたドアの向こうからハァーッハァーッと激しい呼吸が聞こえた。急いで中に入るとリビングで遥が紙袋を持って苦しそうに呼吸をしていた。

「大丈夫か!?」

 急いで駆けつけて伸ばした手が振り払われた。え…。と固まっていると、どうにか呼吸がおさまってきた遥がこちらを見た。その瞳には嫌悪感が浮かんでいるように思えて晶は戸惑う。手を振り払った手の甲にはブツブツと虫に刺されたような赤い小さな膨らみができ始めていた。

「どうしたんだ。ハル…。」

 遥は汚らわしいものを見るような目を向けた。

「汚い手で触らないで。アキは…アキだけは違うと思っていたのに。」

 いつもとは違う口調の遥は嫌なものを見るような目を向ける。

「何を言ってるんだ。」

「男の人なんてみんな同じなんだ。男の人なんてみんなそういうことしか考えてない。」

 絞り出したような声と軽蔑した視線を向けられた。その瞳は母親が去っていく時に晶にしたものと同じだった。


 つらそうな遥にどうすることもできない晶は気づいたら直樹に電話していたらしかった。その記憶さえ曖昧で、陽菜が遥を連れ出してくれた。

「今日は晶くんとホテルにでも泊まってね。」

 そう言い残して陽菜は自分の家に遥を連れ帰るようだった。

 残された男二人。晶はうなだれてソファに座っていた。

 こいつらどうしたっていうんだ…。さすがに直樹も今の状況を面白がれるほど心に血が通っていないわけではなかった。それでも明るく晶に声をかける。

「ここにいても仕方ないだろ?久々に飲みに行こうぜ。ホテルの部屋で飲んだっていい。」

 無理矢理にマンションから引きずり出すと泊まれそうなホテルを探した。


 結局、どこも空いてなくて事務所に来ていた。応接セットのソファに二人で腰をおろす。

「懐かしな。繁忙期にはよくここで寝泊まりしたもんだ。」

 明るく言っても晶からは無反応だった。「まぁ飲めよ」とビールを渡す。無言のまま飲み始めた晶は突然起こった出来事を直樹にポツリポツリと説明し出した。


「やっぱりあの人のことは遥ちゃんに知られない方が…。まぁ今さらだな。」

 晶はグイッと酒を流し込む。どれだけ飲んでも、あの眼差しと言葉が頭から離れなかった。

「まさかのアキで蕁麻疹が出るなんてな…。でも誤解だろ?あの人と大人な関係とかそう思っての発言なんじゃないのか?」

 そうなのだろう。男はみんな同じ。の言葉はそういうことを指して言っているのは明確だ。

「誤解だろうとなんだろうと、どう説明するんだよ。俺はあの人とは何もありません。そう言えばいいってもんでもないだろ?男なんてみんな同じは否定できない。」

 アキは違うじゃないか。の言葉を飲み込む。今までは違ったが遥ちゃんにきっと…。そう思うと男として不憫に思えた。

「アキは考え過ぎなんだよ。勉強し過ぎで頭でっかちだな。酔った勢いとかで自分の気持ち言っちまえばいいのさ。」

「自分の気持ちってなんだよ。」

 ハルのこと小動物みたいには、かわいいと思ってるとか、抱きしめても嫌じゃなかったとかか?嫌じゃないどころか…。だから!それがあいつは嫌なんじゃないか。

 酔っ払って思考がおかしくなっているのが分かる。グルグルまわる頭は懐いた小動物のような笑顔を向ける遥と蔑んだ瞳を向けた遥が交互に浮かんでぐちゃぐちゃになる。

 向かいのソファには晶に付き合って何本も空けた酒に飲まれて眠る直樹の姿があった。

「アキはよぉ。酔うと素直になってよぉ。かわいいんだぜぇ。」

 酔って寝ぼけている直樹がよく分からないことを口走る。かわいいとか言うなよ。そんな今はどうでもいいことが胸にズキッとした。


 起き上がると頭痛がした。ひどい二日酔いだ。

 ガチャ。二日酔いでも慣れたリビングのドアは目をつぶっても開けられる。

 リビングに行くと人の気配がして、どんだけ酒が残ってんだよ。と、どかっと乱暴にソファに座った。

「帰ってたんですね…。」

 小さな声に驚いてそちらを見ると遥がそこにいた。幻影なのかと疑うが、さすがにそこまで酔ってないよなと普通に返事をした。

「あぁ。直樹と一緒に寝てたまるか。すげーいびきなんだ。」

 もっと気の利いた何かあるだろ。そう思っても二日酔いの頭は正常に働いてくれない。

「玄関に靴もなかったし、陽菜さんがホテルに泊まってるだろうって…。」

 靴…。ハッとして足元を見ると履いたままだった。

「クソッ。事務所と混同してた。土足で家に上がるなんて…。」

 どんだけ酒に飲まれてるんだ…。そこまで思って昨日の直樹の言葉を思い出す。酔った勢いで…。クソッ。何を言えっていうんだ。

「大事なものを忘れてしまって取りに帰っただけです。」

 晶と会話をしても過呼吸が出るほどのやばさは感じなくなっていたが、よそよそしさは感じた。警戒するように一定の距離を保ち、それ以上近づいてこない。

 すぐにでも出て行ってしまいそうな遥に「行くなよ」の言葉が口先まで出そうになる。目の端に映る小さな姿を愛おしいと思うなんて、どこまで俺は酔っ払っているんだ。

 バタンと玄関のドアが閉まる音がしてシーンと静かな何日か前の遥が来る前のマンションに戻ってしまった。

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