余白 その2
埃は一体どこからやってくるのか?
主婦の永遠の疑問だわ。
まったくもう、とつぶやきながら、みずほは掃除機のスイッチを「強」に押し上げた。
グ……ン……!
微細な埃が次々に吸い込まれ、室内が清められていくのを見るのは楽しかった。昔は家事なんて苦手だったはずなのに、人間やればできるものだ。掃除機のリズムに合わせて、次第に鼻歌まで飛び出してしまう。
――遷延性意識障害というのは……
切れ切れに聞こえた単語に、みずほは掃除機を止めた。つけっぱなしにしていたリビングのテレビ画面に、見知った顔が映っている。
「さっちゃん?」
パート先のパン屋の常連客で、大学病院の准教授を勤めている女性に間違いなかった。
新聞で確認すると、番組は「奇跡のカムバック」というタイトルで、植物状態から生還を果たした患者を紹介しているらしい。
――早期に、適切な、その、治療とリハビリを……することで、社会復帰をされてる方もいます。あの、つまり大事なのは、あきらめないことです。家族の存在ってとても重要に……なって、きますので、理解して、サポートすることが欠かせません。
気が付くと、指が白くしびれるほど掃除機を握りしめていた。
「明日……可燃ゴミだっけ」
つぶやいてみずほはテレビを消した。
キッチンとリビングのゴミ箱の中身を袋に集めてまわる。玄関先で花瓶から枯れた花を抜き、ゴミ袋に捨てた。さらに、靴箱の下に押し込まれていた箱を引っ張り出して、ふたを開ける。中に入っていたのは、まだ新しい真っ赤なハイヒールだ。もう履くことはないだろう。それも袋に突っ込んだ。
2階へ上がると、手前のドアを開けた。拓巳の部屋だ。ゴミ箱の中身を袋にあけながら、室内をぐるりと見回した。
モノトーンのシンプルな家具でまとめられた室内は、高校生男子の部屋とは思えないほどすっきり片付いて、大人っぽい雰囲気だった。
いつもと同じ……いや違う。
みずほの目はそれを見逃さなかった。
デスクの上、ノートの下から雑誌が数冊はみ出している。手に取ってみると、『ホスト刺殺! 背後の組織とは?』『サングラス&長髪男はここにいる! 本誌スクープ』等、どれも歌舞伎町の刺殺事件をトップ記事にした週刊誌だった。
「……」
みずほは、それらをまとめてゴミ袋に放り込んだ。