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聖家族  作者: 門戸明子
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余白 その1

 東向きに大きな窓がとられたリビングダイニングは、朝が一番美しい。

 特に、その窓から入る光が、室内を穏やかに染めながらぬくもりで満たしていく冬の朝は、家族みんなのお気に入りだった。

 いつもの朝と同じようにパンを焼く香ばしい匂いが漂うそこに、きちんとボタンを留めた制服姿の拓巳が姿を現した。


「あら、おはよう」


 オーブンからパンを取り出しながらみずほが振り返る。


「おはよう」


 スーツ姿の誠司が、新聞から顔をあげた。

 外が真冬だということなど忘れそうなくらい、暖かな2人の微笑み。それは何度向けられても、慣れることのないものだった。


「おはよ。いい匂いだね、シナモン?」


 そして拓巳は座る。自分の席、自分のために用意された席に。


「そうなの、今朝は新作よぉ」


 みずほがパンを山盛りにしたバスケットをテーブルの中央に置いた。バゲットからは、ジュッとチーズのとける音が、まだかすかに聞こえてくる。


「うわ、おいしそう!」


 拓巳が座ったのを見て、誠司は新聞をわきに置くと、「さ、食べよう。いただきます!」とパンを手に取った。何度繰り返されたかわからない、朝食の風景が幕を開ける。

 誠司はパンを口に入れるなり、「うまいなこれ」とうなった。


「ママのパンはいつも絶品だな」


「ほんとっ? パパ、ほんとにそう思う?」


 頬を染めて喜ぶみずほは、少女のように愛らしい。


「うん、これならお店で売れるんじゃないの?」


 拓巳も褒めると、みずほは「実はね」と意味ありげな視線を向けた。


「店長が今度の新商品、私にまかせてくれるって言うの」


「すごいじゃん!」


「試してみたい材料とか組み合わせがたくさんあるの。拓巳もパパも協力してね」


「よし、試食はまかせろ。な、拓巳」


「父さん、ほんとパン大好きだよね」


 拓巳は笑いながらパンをほうばった。


――歌舞伎町の飲食店で働く18歳の少年が刺殺体で発見された事件で……


 テレビから流れてきたアナウンサーの言葉に、拓巳の手が止まった。


――複数の目撃情報から、少年は直前にサングラスをかけた長髪の男と一緒にいたことがわかっており、警察はこの男が何らかの事情を知っているものとみて、行方を追っています。


「可哀想に、18歳ですって。拓巳とそんなに変わらないじゃない」


「ほんとに物騒な世の中だな。拓巳も気をつけろよ」


 両親の表情にも言葉にも、かけらも変化はない。拓巳はそっと視線を伏せた。

 血なまぐさい殺人事件も、この家の中ではただの世間話にすぎない。この白く、幸福な家の中では。それはまるで分厚い壁で覆われた核シェルターのように、静寂と平和に包まれた空間――。



 その幸せが、拓巳は恐ろしかった。


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