米倉俊哉の話(上)
敷地面積はおよそ700平方メートル。
四季おりおりの花が咲き乱れる庭に囲まれて、その美しい洋館はあった。ある豪商が大正期に建てたという歴史的価値も高い建築物、しかしそのすべては、あの日灰に帰した。
広い庭と周囲を取り囲む常緑樹のおかげで付近への延焼はなかったが、真っ黒に炭化した屋敷跡が、火災のすさまじさを物語っていた。
火元は1階の居間、暖炉付近だという。マントルピースの上に飾られた、社長お気に入りの帆船模型コレクションなど、おそらく一番最初に犠牲になってしまったに違いない。
消火活動に使われた水がまだ乾ききらず、青空に向かって突き立つ真っ黒な柱から、ポタポタと垂れている。周囲に満ちた、そのなんとも耳障りな不協和音を聞きながら、私はそこで行われた宴の数々を思い返していた。
取引先を招いて開いた季節ごとのカクテルパーティ、親しい仲間うちだけのガーデンパーティ、バーベキュー……。
金をかけ、贅をこらし、飾りたてられた邸内は確かに華やかな美しさに彩られていた。多くの人が、そのきらびやかな光景に目がくらんだものだ。私も、その一人であったわけだが。
しかし、それらはすでにない。炎に舐めつくされ、消えてしまった。
まるで、幻のように――。
どれくらいそうして立っていただろうか。
パシッ……と木がはじけるような軽い音がして、顔をあげた。
ズズッ……ズズ……何か重たいものを引きずるような、くぐもった摩擦音があたりに満ちた。
それは次第に大きくなり、ゆっくりこちらに近づいてくる。だが……何も見えない。
いつの間にか、空は厚い雲に覆われ、辺りは夜のような闇に沈み込んでいた。
音はどんどん近づいてくる。
どんどん、どんどん、近づいて……。
なんだ?
私は目を凝らして焼け跡を見つめた。
その時――
屋敷の黒い残骸がぐらりと揺れて崩れた。
「ひっ……」
中から現れたのは巨大な黒い塊……! 一気に私に襲い掛かってきた――!
赤くドロドロに溶けた皮膚、白い骨がむき出しになった顔、目玉がずるりと落ちかかった眼窩……!!
こ、これは……!
――よ……ねくらぁっ!
塊の奥から、ざらついた声が響いた。それはよく知った声……。
「仁科……社長?」
いや、違う、仁科社長じゃない! この、この声は……これは!
体は金縛りにかかったようにまったく動かない……!
グロテスクな怪物が、視界を覆う。私は、あっさりと飲み込まれ……そして……
「うわああああっ!」
ガバッと跳ね起きた。
はあ……はあ……
浅い呼吸を何度も繰り返しながらあたりを見回すと、レースのカーテン越しに明るい光が差し込んでいた。
白い壁、白いカーテン、白いベッド、白いキャビネット……。あのブラックホールのような屋敷跡とは真逆の空間。私はゆるゆると脱力し、再びシーツに顔をうずめた。
額に浮かんだねっとりした汗をぬぐう。体全体が気味の悪い熱に侵されているようだった。
生々しい小坂丈太郎の断末魔が、まだ耳の奥に残っていた。
多少動揺しているらしい。
私は自分の心を分析し、小さく嗤った。
仁科邸、そして小坂の夢など見た原因はわかっている。昨夜沼田からもたらされたあの一報……私は瞼を閉じて朝日を遮断し、昨夜の出来事をたどった。
「米倉さん、何か悩み事あるでしょう」
青山通りから東に数本入ったところにある、瀟洒なフレンチレストラン店内。綾乃がワイングラス越しに私を覗き込んでいた。
程よく抑えられたライティングに、綾乃の白い肌が浮き上がるように映える。ハリも艶も十分にあるきめ細かな肌は、とても50近い年齢とは信じられない。食事の後、ホテルのベッドに押し倒し、その肌に口づける瞬間を想像して、私はふと微笑んだ。
綾乃は私の愛人、というより、体だけの割り切った楽な関係の女だった。私には妻がいるし、彼女に本命の男がいることも結構知られている。だがとにかく体の相性がよく、関係が始まってもうずいぶん長くなる。
「いや、特にないね。仕事も順調だし、プライベートもこの通り」
グラスをあげてみせる。ノンアルコールカクテルでは雰囲気も半減するが、まぁ車で来ているのだから仕方ない。
しかし、綾乃は唇をとがらせ、「嘘ばっかり」と拗ねたように言う。
こういう子どもっぽい仕草は、昔から変わらない。そしてそれが、私は結構気に入っていた。
「私の今の仕事、忘れたの? 私はもうカトレヤのママじゃないのよ」
「はいはい、タロット占い師だろ」
「霊感タロット」
「はいはい、わかってますよ」
綾乃は子どもの頃から『視える』体質とかで、クラブのママをしていた昔から、ホステスや客が列をなして彼女の助言を求めたものだった。ついにはクラブを閉めてそちらを本業としてしまい、今ではテレビに登場するほどの売れっ子占い師として稼ぎまくっている。
「どうして女っていうのは占いやら運命やら好きなんだろうな」
呆れて肩をすくめた。
運命など、自分で無理やり捻じ曲げるくらいの勢いがなければ、この世の中で何かを成し遂げることなどできやしないじゃないか。
「米倉さんの奥さんも、占い好きなの?」
「祥子? さぁどうだろうな。最近はスマホゲームに夢中のようだが」
「悩みは奥さんのこと? ……ううん違うわね。別のこと。ねぇ話してみない? 占ってあげるから」
浅く笑って、占いに興味ない、そう言おうとした時だった。胸ポケットに入れていた携帯が震えだした。
思わす舌打ちし、ディスプレイを確認すると、秘書の沼田からだ。
綾乃に視線で謝り、画面をタップする。
「今夜はかけてくるなと言っておいただろう」
抑えた口調に不機嫌さがにじみ出るのがわかったが、まぁ仕方ないだろう。
すると、耳元で『社長』と、彼に似合わぬ緊迫した声が響いた。
「……どうした?」
『小坂丈太郎がビルから飛び降り、死亡しました』
「なんだと?」
……死んだ?
思わずうめき声がもれた。
綾乃がちらりと不審げな目を向けた。
『一昨日ホテルまで見に行ったときは、特に変わった様子もなかったのですが』
「どうして監視を……」
つけておかなかったのか、と剣呑な口調で言いかけて言葉を飲み込む。どうせ行くあても頼る人間もいないヤツなのだから、居場所と金を与えておくだけでいいと言ったのは私だった。
くそっ!
『自殺……でしょうか』
沼田の声に、少し考えて「いや」と答えた。
「奴は自殺はしない」
仁科明美に惚れぬいていた男だ。彼女を残して、死んだりはしないだろう。
一つの仮説だが、それはもはや仮説というより、確信と言っていいだろう。これは自殺ではない。小坂は殺されたのだ――
『なぜ自殺ではないと言い切れます?』
沼田の口調には焦りがにじんでいた。
『社長、小坂と一体何があったんです? 江蘇食品との事業提携が大詰めを迎えている今、何かマイナスな情報が表に出ては……』
「余計なことは心配しなくていい」
言い放ち、通話を打ち切った。
「何かトラブル?」
綾乃の切れ長の瞳は、ワイングラスに注がれたままだ。
さらりと触れるだけで、深追いはしない。
いつもと変わらぬ成熟さを備えたその態度が、私を落ち着かせた。
「たいしたことじゃない」
さらりと言い、フォアグラにナイフを入れた。
さて……と。
悪夢を振り払うように、勢いよくベッドを離れる。
ダイニングルームに入っていくと、バスローブ姿の祥子が、ソファに寝そべりスマホを熱心に触っていた。最近は、ゲームをしていない時を見かけることの方が少ないくらいだ。高校生か、と突っ込みたくもなる。
「おはよう。早いのねー。昨夜は遅かったくせに」
手はせわしなくタップを続けていたが、ふと顔をあげ、スーツ姿の私を目にとめると、「出かけるの? こんなに早くから?」と眉をひそめた。
「ちょっと嫌な夢を見てしまってね。気分直しにひとっ走りして、そのまま会社へ行くよ」
「ふぅん」
興味なさそうに言うと、再び視線をスマホに戻す。
私は明るい光の中で、否応なく目に入ってくる妻の姿を眺めた。
ノーメイクでも、彼女の肌にはシミなど一つもない。まくれ上がった裾からのぞく両足には、余分な脂肪はまったくついていないし、プロポーションは相変わらず抜群だ。高級エステやジム通いも無駄ではないらしい。
「なあに? 人のことジロジロみたりして」
皮肉っぽく片頬だけあげる笑い方も、若い頃と変わらない。
変わったのは気持ちだけ……か。
「そんなに面白いゲームなのか?」
「ブラッディプランっていうの。知らない?」
「聞いたことないな」
「面白いわよぉ。あなたもやってみる?」
「いや、興味ないね」
珈琲豆をエスプレッソマシンのホルダーにセットしながら言うと、祥子は「面白いのに」と大げさに肩をすくめた。
彼女と結婚して12年。今や会話も関わり方も、シンプルを極めている。どこの夫婦も同じものなんだろうか? まあ、子どもがいれば、少しは違ったかもしれないが……。
一度だけできたこともあったが、残念ながら流れてしまった。それに懲りたんだろう、祥子が子どもをほしがることは二度となかった。
だが、もちろん子どもがいなくても家庭に不満があるわけじゃない。仕事で何日留守にしようが朝帰りしようが、彼女は全く口出ししなかったし、仕事がらみのパーティでは献身的な妻を演じてくれる。おまけに、その美貌は折り紙付きだ。理想的な女性と言っていい。おそらく外で男を作ってはいるだろうが、それはお互いさまだ。責める気はなかった。
思わずふうっと息が漏れる。
ほどなく香ばしい匂いが鼻孔に届いた。エスプレッソの深い香りを胸にたっぷり吸い込みながら新聞を開く。
社会面の4分の1程度が、歌舞伎町のホスト殺しの続報だった。
捜査員を大量動員して、何をやっているんだか。まだ目立った進展はないらしい。犯人と思われるサングラス男の情報も、何もつかんでいないようだ。
そうとも。完全犯罪なんて、実はそこらじゅうで起きている。日本の無能な警察なんかに、解決できるものか。
紙面をざっと目で追うと、隅の方に小さく小坂の飛び降りの件が載っていた。
事故と事件両面から捜査を……か。
この事件に関して言えば、私の方が警察より多くの情報をつかんでいるし……そう、私には犯人の見当もついていた。
「新条め……」
いっそのこと拓巳を呼び出して捕え、おとりにするか? いや、テープはまだ新条の手にある。ヤケになったあいつに公表されでもしたら、私は破滅だ。見つからないうちは、へたに動けない。
さて……と。どうしてくれようか?
キーをつかむと、地下の車庫へ降りる。
フェラーリの458イタリアとFF、ランボルギーニのアヴェンタドール、マセラティのグランツーリズモ、アルファロメオのTZ3ストラダーレ……白色灯の光を反射しメタリックな輝きを放つ5台の車が、沈黙の中で私を出迎えた。
私は端のグランツーリズモを選び、乗り込んだ。
住宅街を抜け、三軒茶屋の入口から首都高にのる。次第に広く視界が開けてきた。
レザーシートにぐっと体を沈め、アクセルを踏み込む。愛車はなめらかにスピードをあげ、何台もの車を軽々と追い越して、ビルの間を滑っていく。
ステアリングのしっとりした感触と体に伝わる振動が波立った気持ちを静めてくれ、湾岸線に入るころ、ようやく私は悪夢の影から完全に抜け出した。
そもそも小坂のような小物に新条の始末を頼んだのが失敗だったな。金で言いなりになる分にはラクな奴だったんだが。
新条拓巳から連絡が来た時、まさかこんなに面倒なことになるとは思わなかった。
だが、小坂の死など結局どうということはない。いずれ動かすだけうごかしたら、死んでもらうだけの男だったのだから。まだ動いてもらいたい仕事はあったが……仕方ない。それよりも問題なのは、新条がどうやって小坂の居場所をつきとめたのか、ということだ。
私はアクセルを踏み、さらに数台の車を抜き去った。
外部とは連絡をとらないようにきつく言ってあったが……。
もしかして……?
ある可能性に気づいて、思わず強引にブレーキを踏んだ。体がぐうっと前に引っ張られ、シートベルトが肩に食い込む。タイヤがきしみ、車体が左右にわずかに振れた。
後ろから響くクラクションを無視して、私はつぶやいた。
「……裏切り者が、いるのか?」
高速エレベーターから降りると、私に気づいた社員たちが次々と椅子から立ち上がり、礼儀正しく頭をさげた。
築き上げた今の地位に優越感を覚えるのは、こんな瞬間だった。
そう、悪くない。
秘書室のドアを開けると、沼田がデスクから顔をあげ、何か言いかけようとする。それを手で制した。
小坂の話は、ここではしたくない。
打ち合わせ中だったらしい、アシスタントの内藤美紀と企画経営部長・桐生江里子がそろって振り返った。
「おはようございます社長」
「おはよう」
奥の社長室へ足を向ける。すれ違いざま、江里子の香水がふわりと私の肌に触れた。
「社長、プレスリリースの資料をメールでお送りしておきましたので、目を通していただけますか?」
「あぁ、わかった」
江里子の襟元からちらりと豊かな白い乳房のシルエットがのぞく。なんとも罪作りなデザインのスーツだ。
「相変わらず仕事が速いな」
その肩を軽くたたくと、江里子の瞳がわずかに輝いた。
頭の回転が速く、語学も堪能、細部にまでよく気が利く江里子は、仕事に生きる典型的なキャリアウーマンだ。ただ、私が彼女を気に入っているのはその有能さだけではなく……。
私はもう一度、ちらりと江里子の胸元に目を走らせ、そんな自分に苦笑した。
社長室に入ると、ブラインドを閉めて外の視線を閉めだした。
息を吐きだし、整えられた広い室内を歩く。
弾力あるなめらかな皮張りのソファ……イタリアのカッシーナのものだ。デスクはアルフレックス社製、プレジデントチェアはB&B……。
そうだ、これらはすべて本物。
会社を興したのは仁科かもしれないが、年商100億超えの企業にまで成長させたのは、この私だ。仁科があの調子で事業を進めていたら、今頃はリーマンショックの時に間違いなく消えていただろう。
今の地位も金も、私が自分の力で、実力で、築いてきたものだ。誰にも渡すつもりはない。
この私を引きずり下ろそうというのなら、やってみるがいい。
眼下に広がる六本木の街並みを見下ろしながら、私は考えた。
新条が利用するなら、当然私のことをよく思っていない人間だろう。私と敵対し、私を失墜させたいと願っている人間……。
社内に限ったとしてもあまりにたくさんいすぎて、あげきれないが。しかし、小坂の居場所を知っていた人間というと……。
その時ノックの音がして、沼田が入ってきた。
「社長、江蘇食品の日本支社長から、3日後に事前会談の申し込みがありました。来週の社長来日について打ち合わせたいと」
「わかった。スケジューリングはお前に任せる」
「かしこまりました。それから、こちらが最終合意の書類となります」
「あぁ」と書類を受け取って、私は束の間、その濃い皺が模様のように刻み込まれた顔に目をやった。まだ40代のはずだが、そのつやのない顔は60近く見える。秘書、というよりは、歌舞伎町あたりのバーのマスターと言われた方が似合っているようにすら思う。
私は書類に目を通すふりをした。
私が言い出さないからだろう。沼田は小坂について何も話さない。そういうところは、やはりよくできた秘書だと褒めねばなるまい。
とうとう私は書類から顔をあげた。
「単刀直入に聞く。小坂の滞在先の情報を誰かにもらさなかったか?」
一瞬、沼田が返事に窮する。
「社長……わたしをお疑いですか?」
「故意にもらしたわけではなくとも、うっかり誰かに話した可能性だってあるだろう」
「わたしは仁科興産の時代から、あなたの手足となってきました。情報の漏洩など、基本中の基本のミスを……」
しかしふと沼田が顔を曇らせた。
「どうした?」
「は……」
言いにくそうに、言葉を選んでいたが、ついにその口が開いた。
「実は、ホテルのブッキングを内藤に頼みました」
「内藤美紀?」
「接待の時なども、内藤に頼んでおりますし、もちろん小坂のことは何も知らせていません。ただ、うちの名前が出ないよう注意したので、いつもの客とは違うと気づいた可能性も……」
「彼女が私を裏切るとは思えないが」
「そうですね……ただ……」
「ただ? なんだ?」
「内藤には、社内の人間と恋愛関係にあるという噂があるのをご存じですか」
「なんだと?」
沼田が「もちろん社長を除いて、という意味です」と軽い咳払いをする。
ふん、やはり気づいていたか、と苦笑がもれた。
私はふと、先ほどフロアで見かけた彼女が見覚えのないネックレスを身に着けていたことを思い出した。あれはたしか……ティファニーのインターロッキングだ。カップルでつけることが多いと、美紀にねだられたことがある。となると……なるほど、男がいるのかもしれない。そしてそいつにそそのかされている、ということは考えられるかもしれないな。
その夜美紀に声をかけると、いともあっさり承知した。
ミシュランの星付きレストランで夕食をとった後、私は当然のように彼女をホテルへと誘った。
シャワーを浴びて、石鹸の香りをまとわせた美紀をゆっくりベッドに押し倒す。
祖父がスペイン人だという彼女の肌は見事な小麦色で、日焼けサロンで汚く焼いた肌とは一線を画す、なめらかな美しさをもっていた。加えて、マスカラなどなくとも十分に濃く長いまつげに彩られた大きな瞳、そしてふっくらした唇。祥子や綾乃とはまた違う種類の美しさだったが、それが私は気に入っていた。
バスローブのひもを抜き、しっとりと瑞々しく上気した美紀の体をまさぐりながら、私は耳元でささやいた。
「私のほかに、誰と会っているんだ?」
ビクッと美紀は体をこわばらせ、それから激しく首をふった。
「そんな……あたし、そんなこと……! ひどい社長! あたしのこと疑ってるんですか!?」
泣き出した美紀の耳たぶを優しく噛んであやした。
「そんなつもりじゃないよ。ただ、最近一緒にいてやれてないから、心配になってね」
「あたし、そんなことで浮気したりしません!」
つんととがらせた厚めの唇を押し開け、深く舌を絡めた。
そして柔らかな体に覆いかぶさると、温まった汗に濡れた体へと、舌を這わせた。美紀の呼吸はあっという間に上がっていき、甘やかな甲高い喘ぎ声が室内に満ちた。
『榊原事業部長ですか』
夜中過ぎ、自宅に戻ってきた私は、車の中から沼田に電話をかけてその名を告げた。
美紀が寝た後、覗き見た携帯には榊原とのやりとりが生々しく残っていた。
「あいつがまだ独身だってことを忘れてたよ。美紀も女だからな。結婚願望だってあるだろうし……。榊原なら私を恨んでいるかもしれないな」
沼田と同じく、仁科興産時代からいる古株の社員だった。
『仕事ぶりは真面目ですし、待遇に不満を持っているとも思えませんが……』
沼田は不思議そうに言う。その通りだ、だが……榊原は仁科にかわいがられていた。8年前の中目黒事件、私が関わっていることを知ったら……。
「とにかく調べてくれ」




