西岡舞の話(下)
室生刑事との対決でぐったり疲れて帰ると、みんなが食堂に集まって、どよんて椅子に沈み込んでた。なんなのなんなの、この超ブルーな空気! こっちまで重くなるんですけど!
「舞ちゃん!」
マスカラがべたべたにとれた涙顔で、ユッキーが抱き付いてきた。
「もうやだぁ! 学校行きたくない!」
ああ……て心臓の奥がジンて痛くなった。ユッキーも、それからほかの子たちも、学校でいろいろ言われたんだって想像がついた。
「ねえ、ここにいる限り、一生こういうの、続くのかな……」
「ママに会いたいよおお」
正志の涙が伝染して、あっちでもこっちでも、ママ、ママの嵐。
ったく、いい加減にしてよ!!
あたしはバン! てテーブルをたたいちゃった。
一瞬食堂はしーん。みんなビビりまくってあたしを見る。
「正志! ママがあんたに何してくれた? 誕生日にプレゼントくれた? 熱出した時、看病してくれた? 会いに来てくれた? 何もしてくれなかったじゃない。血のつながりなんてね、くそくらえってのよ! そんなもんに夢見てたって、何も変わらないってば。それよりも、もっと強くなって、自分で自分のこと幸せにする方が100倍マシだし、早いし、確実なんだからっ!」
「まいちゃあああん」
はいはいユッキー、あんたマスカラ流れてるってば。
次の日もその次の日も、芸能人は結婚も離婚も不倫もしなかった。……つまり、当然マスコミの関心はよそに移ってくれなかったってこと。
――親の愛情を受けない子どもというのは、どうしても感情に偏りがでるんですよねえ。
――やはり、覚せい剤にまで手を出した背景には、親と離れて育った、歪んだ人格形成が影響していると思いますねえ。
訳知り顔でわめくなんちゃら評論家たちの言葉は、だんだん翔兄を、っていうより、りんご園を、そして児童養護施設を責める方向に変わっていった。
そんな世間の空気が伝染したみたいに、教室の雰囲気も段々変わっていった。
事件のことが話題にのぼることは全然なかったけど、わざと避けてるみたいなぎこちなさがあって。あたしとみんなとの間にできた透明な壁は、どんどん分厚くなっていった。
教室の中であたしが友達と交わす会話はもちろん、メールやラインの数も激減。毎日新記録樹立中だよ。
しかも……みんなが話してる内容にあたしの第六感、ぴーんてきた。たぶん、あたしが知らないグループラインできてる。
最近じゃ亜里沙たち、目も合わせてくれない。ななめ前の席の京子すら、天体観測ですか、みたいな距離を感じるんだよね。
なんだか、一生懸命作ってきたものが端からどんどん消えていって……体ん中空っぽになってくみたい。
やっぱり、無理だったの? 「みんなと一緒」になるように、「浮かないように」、がんばってきたのに。全部無駄だったのかな?
親に捨てられたら、もう「普通の子」じゃないの? 「普通の子」にはなれないの?
休み時間になるとなんだか教室にいづらくて、あたし、一人で屋上に来ることが多くなった。
3分も外にいると、寒さはハンパなくて。スカートから出た足はもう感覚がない。あたしは白い息を両手に吐いて温めながら、携帯をいじってチャイムが鳴るのをひたすら待った。
ずっとこんなこと続くのかな……学校、もうやめちゃおうかな……でも、正志たちにえらそーなこと言っちゃったしなあ。
はあってため息をついた時。
「でっかいため息」
ふいに声がして振り向くと、誰もいないって思ってた屋上に、新条がいた。
ドアの影、風をよけるように座り込んで本を広げてる。
やっぱりこいつもあの事件のこと、知りたかったりするのかな……。
その時、あたしはハッて気がついた。ここしばらく、変わっていく教室の中でただ一人、前と変わらない態度の奴がいて、それが新条だってこと。
「ねえ新条」
あたしは新条の隣に膝をかかえて座った。
でも、あたしは何を言えばいいのか、わからなかった。
しばらく言葉を探してたら、ぽつんて、言葉が自然に零れ落ちてきた。
「親って……そんなに大事?」
「……」
「親がいないと、人生終わりなのかな」
みんなと違う、それはわかってる。でもこれってあたしが自分でどうこうできることじゃないじゃん? どうしようもないことじゃん? だったら……あきらめるしかないの?
「ま、あ~んな美人のママがいるあんたに言ってもわかんないか」
あたしはひがみっぽくならないように、わざと明るく言った。
新条のママ、保護者会に来た時見たことあるんだよね。女優さんみたい、誰の? って、亜里沙たちと騒いだっけ。
そろそろ休み時間終わるかな、って立ちあがったあたしの耳に、新条のつぶやきがそっと聞こえた。
「親は子どもより先に死ぬよ」
振り返ると、新条はもう本に目を落としてた。
またこいつか……。校門で待ち構えてた室生刑事をうんざりして見上げるあたし。
「2月1日、どこで何してた?」
またその話ぃ? って周り見ると、好奇心満々の目でみんな見てるじゃん! うわ、クラスの奴いるし……。
「新宿で買い物してたって言ったじゃん」
ってすれ違いざま小さく言って、ほとんど走るみたいに歩いた。でもそんな返事じゃ納得しなかったらしいのね。
「何時から何時、どこの店だ? それを証明できるか?」
ピタって後ろについて、室生刑事があたしのことつけてくる。
うわ、この人足ながっ!
「りんご園の園長に聞いたぞ。お前その日、帰りが遅かったらしいな。その日だけじゃない。1か月に2、3回、必ずそういう日があるんだってな。バイトでもないのに」
あたしはこっそり唇をかんだ。園長ってば、何余計なこと話してくれるんだっつの!
「由紀奈、だっけ。お前のルームメイト。あいつも言ってた。どこに行ってたのか、絶対教えてくれない日があるってな」
ユッキーまで!? あンのやろ~!
「名倉に会ってたんじゃないのか?」
「会ってません! しつこいなあ!」
「じゃあどこにいた?」
聞かれて、あたしはぐって言葉に詰まった。
だってこれは……とにかく話せないんだってば!
「……だ、だいたい、警察が追ってるのって、長髪のサングラス男なんでしょ? あたし関係ないし」
「そうだな。たとえば……三角関係のもつれとか。最近の10代はキレると何やらかすかわからんからな」
「はあ!?」
ダメだ、なんか宇宙人と会話してるみたい。話が通じないや。
「隠しても無駄だぞ。絶対突き止めてみせるからな」
耳をふさいで、あたし、ついに走り出した。
帰るなり、あたしは事務室に駆け込んでわめいた。
「なんで勝手なこと言うの!?」
机に向かってた園長とスタッフの仁美ちゃんが、「え?」て顔であたしを見る。
「あの刑事に話したんでしょ? 1日の夜、あたしがいなかったって。なんでそんな余計なこと言うの!?」
「だって舞……嘘つくわけにはいかないでしょ?」
「そりゃ……そうだけど、でも、かばってくれてもいいじゃん!」
頭の中、ここしばらくたまってたモヤモヤが爆発したみたいに収まらなかった。
「ほんとはどこに行ってたの?」
声がして振り向くと、ユッキーとか正志とか、みんなが廊下に立ってた。
「何してたの? ねえ」
「どうして教えてくれないの?」
「そうだよ、舞らしくないよ。何もないなら教えてくれてもいいじゃん」
みんながじいって見つめてくる。正志があたしの制服の裾をギュッて握った。
「ぼくたち家族でしょ? だったら隠し事はなしだよね!?」
言えない……言えない……。
言えないんだってば!!
「舞、話せないようなことしてるわけじゃないんでしょ?」
園長があたしの肩においた手を、あたし、思わずバッて振り払っちゃった。
「舞?」
「……結局、疑ってんじゃん」
自分でもびっくりするくらい、抑揚がなくて暗いトーンだった。
「え?」
「あたしのこと疑ってるから、信じられないから、そんなに知りたがるんでしょ?」
「舞、違うわ、私たちそんな」
「問題起こしたら、困るもんね。園の経営にも関係しちゃうもんね」
「舞……?」
結局そういうことか。
「他人は他人。血がつながってないんだもん。家族になるなんて無理だよね」
震え始めた声でようやくそれだけ言って、あたしは正志やユッキーを押しのけて部屋を飛び出した。
コート……来て来ればよかった。寒くてしにそ。
カタカタ鳴る歯をこらえながら、あたしは制服姿で阿佐ヶ谷の駅前をうろうろしてた。新宿とか、出てみよっかな。
もう夜遅いけど、人の波は途切れることなく駅から吐き出されてくる。
みんな、どこかを目指して、足早に歩いてく。
帰る家があるんだな。
待ってる人が、いるんだろうな。
あたしは、目の奥が熱くなるのを感じた。
――お前は一人じゃない。ここのみんな、お前の家族なんだから。
翔兄……やっぱり無理だよ。他人同士が集まったって、家族にはなれないんだよ。
「ちょっと君、そんなかっこで寒いだろう」
げ、変なオヤジが声かけてきた。うわ、お酒臭い……あたしはシカトしようとして……げろ! 腕つかまれちゃった。
「ね、おごってあげようか」
そのまま駅ビルの壁に押し付けられる。
うわ、もしかしてこれも壁ドンっていうの!? 嫌だ! あたしの人生初壁ドンがこんなオヤジなんて!!
キモすぎて、あたしは精一杯腕を突っ張ってその顔から離れようとする。
「ちょっと変態! 放してよ! 嫌だってば!」
「まあまあ、おいしいお寿司とかどう? あったかい鍋の方がいいかな?」
「いらんってば!」
やだ、ちょっと顔近すぎ! マジでキモイ!
「あ、警察ですか、今僕の目の前で、酔っぱらいが女子高生を拉致しようとしてるんですけど」
聞き覚えのある静かな声がして、あたしとオヤジはギョッと振り返った。
「新条!」
携帯を耳にあてて、新条が話してる。
「あ、場所ですか。ええっとですね、JR阿佐ヶ谷駅の東口から……」
「やややややめろ! ちょっとからかっただけじゃないか!」
エロ変態オヤジ、足をもつれさせながら、転がるように逃げていった。
はあ……助かった。
「……ありがと新条」
新条、携帯をあたしに差し出した。聞いてみると……
「21時50分43秒をお知らせします。チッチッチ……」
時間案内!?
体中から力が抜けていく。あはははははって、久しぶりに笑いがこみあげた。
それからあたし、少しならお金持ってるっていう新条を引っ張ってカラオケに入って。
とにかく歌いまくった。
嵐でしょ、関ジャニでしょ、カトゥーン、NEWSってジャニーズを一巡したら、EXILE、TOWAZI、西野カナ、立花美砂……声がかすれても、息があがっても、ただひたすら歌い続けた。
新条は結局1曲も歌わなくて、あきれた顔で本読んでるだけ。
でも……一人じゃない。
そばに誰かいるってだけなのに、なんだかあたしは落ち着くことができたんだ。
喉がヒリヒリしはじめて、あたしはようやくウーロン茶グビグビ飲んで一息入れた。
「新条……」
「ん?」
「あたし、2月1日の日……」
「……あぁ、歌舞伎町の事件?」
あたしは頷いて、シミがポツンポツンて広がった天井を見上げた。
「どこにいたのかって、刑事に聞かれたの」
「へぇ」
「でさ、あたしがその時どこにいたかっていうとさ」
「……」
「……やっぱ言わない」
「そう」
「聞きたい?」
「別に」
「あ、そ」
だらんてソファに寝そべって。
「新条」
「……ん?」
なんでそんな気になったのかな。
よくわかんない。
自分でも全然わかんないんだけど、ぽろんて、イキナリ言葉がこぼれてた。
「会いたい」って言葉が。
「ママに、会いたい」
口に出したら、なんかもう止まらなかった。
「会いたい、会いたい」
あたしは、ボロボロ泣きながら会いたいって繰り返した。
言ったって仕方ないことだって、わかってる。あたしの家族は、りんご園のみんなで。
それを受け入れなきゃいけないって、わかってる。
ユッキーを、正志を慰める時、ほんとは同時に、自分に言い聞かせてた。血のつながりなんて、めんどくさいだけ、だから、うちら結構ラッキーなのかもよ、って。
強がって、平気なふりして。
でも、でもね……本当は、実は、みんなが羨ましいんだ。
あたしもママと一緒に、買い物したり、ご飯作ったり、したかった。
でもそんなこと、誰にも言えないじゃん――
新条は何も言わなかった。本から顔を上げることすらしない。でも、なんでかな、あたしの言葉をじっと聞いてくれてるような気がした。バカにしたりとか、することなくね。
だからあたし、話し続けた。
「でもさ……ちょっと怖いんだよね」
「……」
「……わかるかなって。ママのこと、わかるかなあって」
もう10年以上も一度も会ってないんだよ? 写真だって持ってない。
ママに会っても、ママだって娘だって、わからないんじゃないの?
でも会いたかった。
会いに来てほしかった。
なんか今日ヤバい。涙腺崩壊。あたしはひたすら泣いて泣いて、泣きまくった。
突然、頭にふわって、新条の手を感じた。
あったかい……あたしよりおっきな……手。
うわ……って。あたし、イキナリ心臓バクバク。新条のことまともに見られなかった。
あたし、たぶん、今耳まで真っ赤だ。
翌朝、「用事があるから」って言う新条と別れて、あたしは新宿署に向かった。
新条のおかげかどうかわかんない。
信じてもらえるかどうかわかんないけど、とにかくほんとのこと話してみようって思ったの。
殺風景な会議室に通されて緊張しまくりながら待ってると、室生刑事が入ってきた。
「1日のこと、話す気になったか?」
どっかって足を広げてパイプ椅子に座る室生刑事を見つめて、あたしは頷いた。
「東新宿の、稲荷鬼王神社にいました」
「ほう、そんなところで何を?」
「……座ってました」
「は?」
「あの神社、1のつく日にはお朔日祭りっていうお祭りがあって、屋台が出るんです。それが……ママとの思い出で」
唯一あたしの中に残ってるママの記憶、それが、あの神社のお祭りで買ってもらった綿あめだった。
みんなにママのこと忘れろなんてえらそうなこと言いながら、自分が一番忘れられないなんて、かっこ悪くてバカみたいで……だから言えなかったけど。
「で……なんとなくお祭りの日は、いつも行ってて」
「母親との思い出に浸ってたって?」
室生刑事、ぶって吹きだした。
「あのなぁ、そんなセンチメンタルな話で警察が納得すると思ってるのか? だいたい、稲荷鬼王神社っていったら、歌舞伎町のはずれにあるやつだろう。犯行現場にも近い。犯行時間にそこにいたことが証明できない限り、お前の疑いは濃くなるばかりだぞ」
げ、やっぱりプロってすごい。
そうだ、そうなんだよね。あたし、ギュッて唇をかんだ。
だって証明なんて、できるはずないし。信じてもらえなかったら終わり。
どうしよう……やっぱり言わなきゃよかったのかな? あたしがそんなことをグルグル考えてた時だった。
いきなりガチャ! ってドアが開いて、若い婦警さんが入ってきた。
「どもどもーこんちはー今日もええ天気ですねー!」
「なんだお前」
室生刑事が腰をあげる。
「あ、室生警部、お勤めご苦労さまです! 新宿署交通課の野沢みのりと申しますー。いやあ、近くで見るとやっぱええ男ですねえ。アタシ緊張しまくりハマグリです~! いやいや、今日のお題はそういうことやなくてですね」
あたしがあっけにとられてると、その婦警さんが「あんたが西岡舞ちゃんやね? アタシはみのりちゃんでええよ。よろしくー」って、あたしの手を握って、ブンブン振った。
何、このテンションマックスなヒト……。
ぽかんとしてたあたしだけど、次の言葉でハッと我に返った。
「この子のアリバイ、アタシが証明します」
え……!?
室生刑事もギョッて顔になる。
「あの神社、うちの管内でもやたら賽銭泥棒やら、酔っぱらいの喧嘩やらが多いとこでねー。せやから、アタシが勧めて防犯カメラ、つけたんですー。あ、あそこの神主とアタシギャグ友ですねん。ギャグ友っていうのは……え? 説明せんでもええの? あ、そう。ま、ええわ。そのおっちゃんから、今防犯カメラの映像送ってもらったんですけどー」
じゃじゃん、て効果音が聞こえるくらいな大げさな身振りで婦警さんが自分のスマホを差し出した。
あたしと室生刑事が覗き込むと、たしかに見慣れた稲荷鬼王神社の境内が映ってる。屋台を冷やかして歩く人たちも。画面の端っこに、2月1日18時30分て表示が見えて、そして……
「あ、あたしだ」
境内に制服姿のあたしが入ってくるのが映ってた。
映像は早送りされて、どんどん時間が進んでく。画面には、境内の石段の端っこに座ったあたしがずうっと写ってる……。
「な、警部、これで納得してもらえましたか? 彼女には潔癖のアリバイがあるんやってこと。アルコールシュッシュ!」
室生刑事、ギロ! てものすごい目であたしたちをにらむと、パイプ椅子を蹴り飛ばして部屋を出ていった。
うわ、あの人やっぱ怖い……。
婦警さんは気にする風でもなく、ただ悔しそうに、「鉄壁って突っ込まなあかんがな!」て訳わかんないことつぶやいてる。
「あの……」
「あ、舞ちゃんごめんなあ、変な疑いかけられて、気分悪くなったんとちゃう?」
「あの、どうしてあたしのこと……」
「あ、それはエノキ少年……じゃなかった、新条拓巳、やったな、あの子から頼まれてん。クラスメイトなんやって?」
「新条が……?」
「拓巳とアタシ、実は朝から『ぬ!』って言っちゃう縁があってー」
……よくわかんないけど、とにかく新条がこの婦警さんに防犯カメラの件、頼んでくれたんだってことはわかった。たぶん。
警察署の入り口まで送ってくれたみのりちゃん(そう呼ばないとめちゃ怒るの)は、もう一度あたしに「ごめんな」って頭をさげた。
「室生警部のこと許したって。あの人も今大変やねん。たった1人で10万円の馬券パワーでがんばってんねん」
は? ……馬券?
「捜査本部の方針は、覚せい剤グループの仲間割れで動いとるんやけど、あの人一人だけ、痴情のもつれやないかって。あ、地上波やないで、痴情やで」
「……はぁ」
「本命の彼女おったんやないかって探しとって。舞ちゃんにたどりついて……でもまたイチから仕切り直しやな。アタシも力になりたいんやけど……こんなでかいヤマ、アタシも初めてやからなあ」
肩を落としたみのりちゃんを見て、あたしの頭の中で、何かがカチャって音をたてた。ん? 何か今、思い出しかけた……。
なんだったっけ……?
って、もう一度、今の言葉を巻き戻してみる。
仕切り直し……でかいヤマ……。
あ……! そうだそうだ、そういえば!
「そういえば翔兄、最後に会った時、『でかいヤマ見つけた』って言ってたの」
「『でかいヤマ』?」
そこであたし、うーん……てちょっと考えた。だって警察の人にはちょっと言いにくいことだったから。だけど……みのりちゃんならいいかな。
「実は……翔兄って、ちょっと悪い癖があって」
「悪い癖?」
「人の秘密、探るの好きなの。万引きとか、ウリやってるとか……。探偵の真似っぽいことして調べて。それで、そのう……時々手持ちのお金が足りなくなると……」
言いにくくて黙り込んだあたしを見て、みのりちゃんピンときたらしい。
「強請ってた?」
あたしは頷いた。
「そんな大きな金額じゃなかったよ。1回ファミレスでご飯食べて終わり、ぐらい。それにそれは昔のことで、最近はホストで十分稼いでたから、そんなことしてなかったと思う」
そうだ。だからあたし、「でかいヤマ」って聞いたあの時、まぁた翔兄の悪い癖が出た、ヤバそうだな大丈夫かなって心配になったんだ。
「強請りってことは、やっぱり覚せい剤絡みかいな?」
それは……わかんない。あたしは首をふる。
「でも……その後、わけわかんないこと言ってた」
「わけわかんないこと?」
「『お前のおかげだ』って」
「お前……? 舞ちゃんの、おかげ?」
「だと思う、けど……あたしネタになりそうなこと話した覚えとか全然ないし、何のことかわからないんだけど。……ごめんなさい、参考にならなくて」
「ええねんええねん! 問題ナイチンゲールや! 何が手がかりになるかわからへんもん! おおきに!」
ブンブン両手で握手するあたしたち。
警察にもいろんな人がいるんだなあなんて、新宿署をもう一度振り返ってから、あたしは新宿駅に向かって歩き出した。
そしたらあたしのこと待ってたみたいに、新条の姿が路地から現れた。
え……?
なんだろ、あたし……変だ。あいつの顔、まともに見られない。心臓がどっくんどっくんて、速くなる。
顔……赤くない?
顔洗ってないし、髪もボサボサだし……って、なんかあたし、焦りまくってる。
でもお礼、ほら、お礼言わないとっ!
「あ……ありがと」
って、なんとか小さくつぶやけた。新条はひょいって肩すくめて、先に立って歩き始める。あたし、慌てて追いついて。
えーと、何か、何か話題っ!
「しっ新条すごいじゃん、警察に友達いるなんて」
「別に……偶然知り合っただけ」
「でも……どうしてお祭りのこと知ってたの?」
そう、昨夜はそんな話、一言もしなかったのに。
「あの近くの病院に知り合いが入院してて。お見舞いに行く時、見かけたことあったから。1日ももしかしたらって思って」
「そっか……ありがと」
そのままあたしたち、一緒にJRに乗って、阿佐ヶ谷駅まで戻ってきた。そりゃ中学同じだしイマサラだけどさ、新条の家って、案外近くだったんだね。
並んで歩きながら、あたし新条のことむちゃくちゃ意識しちゃった。
背、結構高いんだな、とか、髪、ちょっと伸びたな、とか。
うわーなんだ、これ、やばい? やばいじゃん、あたし。
いつの間にかりんご園が近づいてきた。
途端に……あたしの頭は現実にカムバック。
そうだった。飛び出したんだっけ、あたし。
園長に、ユッキーに、正志に、みんなに……なんて言おう。心配してるかな。遅くなった足どりであたしの気持ちが伝わったのか、新条は一言、「ちゃんと話せば」って言ってくれた。
「……うん、そうする」
新条の声って、なんか不思議。
すごい安心できる。
あたし、もしかしたら新条のこと……。
その時、あたしは園の前に赤い車が停まってるのに気づいた。
見たことないピカピカのスポーツカータイプ……誰か来たのかな? 里親候補かな?
特に深く考えることもなくそのまま近づいていくと、助手席側のドアが開いて、女の人が降りてきた。カツンて、かっこいい黒のロングブーツが音を立てる。フワン……て、なんの香水だろ? 甘い香りが風に乗って漂って……。
顔を上げると、真っ赤な唇が微笑んだ。あたしはぽかんて、その人を見つめた。
「……ママ?」
あんまりびっくりして、新条の姿が隣から消えていたことにしばらく気づかなかった。




