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聖家族  作者: 門戸明子
15/32

西岡舞の話(上)


「ねえねえ、これとか超い~よ~」


「目とかヤバくない? この角度! もうクラクラって感じ~」


「やっぱDVD買おっかなあ」


 あたしが行ってた小学校、校庭に大きな鳥小屋があってさ。何十羽っていうインコが、いっつもギャアギャア喚いてて、めっちゃうざくて。えさ当番、キライだったなぁ。

なのに今じゃ、鳥小屋の中の方が居心地いいなんて。人生わっかんないよねー。

 え? だってさ、休憩中の教室って鳥小屋みたいだと思わない?


 京子、佳純、亜里沙、それからあたし。曙高校2年A組の教室で、声を張り上げて、きれいな羽を自慢そうにパタパタ動かしてる。でもそれは別に特別なんかじゃない。うちらは群れの中の1羽にすぎなくて。騒いでないと落ち着かない。黙ってたら、そっちの方がヘン。目立っちゃうからさ。

 気になる男子のこと、大好きなアイドルのこと、ムカつく先生や家族のこと、今度の休みの予定エトセトラ。あちこち突然ぶっ飛ぶ話についていくのは大変で。傾向と対策じゃないけど、あたし結構がんばってると思うよ。


「昨日のドラマも最高だったよね! ラストめっちゃ気になるしー」


「なるなる! あれはなるっしょー」


 何がなるのか、さっぱりわかんなかったけど、とりあえず笑っとけ。相手が笑ったら、こっちも笑う、相手が声をでかくしたら、こっちもでかく。相手を真似ること、それが研究の結果出した、あたしなりのハウツーってやつよ。

 でも頭の中まで同じ、ってのはさすがに無理だよねー。実は全然別のこと考えたりして。今だって、あたし、キャハハなんて声あげながら、夕食のことを考えてる。週末の当番あたしだから、何作ろうかなって。

 今日の当番は圭太だっけ。あいつはカレーしか作らないから、どうせ今日明日はカレーに決まりでしょ。となると、週末は……うーんどうしよ。


「で、舞はどうする? 行く?」


「えっ?」


 げ、ヤバい。イキナリふらないでー! うろたえつつ、でも反射的に「もっちろん」てうなずいてしまう。まったく我ながら調子いい。


「だよね、やっぱ真吾はナマで見ないとだよねえ」


 げげ、TOWAZIのライブだったか。


「そうだよね、やっぱライブが一番だよね」


 話を合わせながら心の中でうめいた。が、時遅し!


「そうそう、やっぱナマ真吾だよ」


 Tシャツ絶対買おうね~オープニング何かな~等々、あたしたちはまたまた出口のないジェットコースターに乗り込む。

 はあ……毎日あたしもよくやるよ。


「その日だけは、なんとしても門限のこと親と交渉しなくっちゃ」


 ふと、思い出したように京子が頭を抱えた。


「ほんと親って頭固いよね。うちもバイトしたいって言ったら、子どもは勉強してればいいんだ、だってーマジうざい」


「うちも。もう17なのにさー」


 亜里沙も佳純もため息。そして、


「舞はいいなーうるさく言う親いなくて」


 京子の何気ない一言に、一瞬だけど、空気がピンて張りつめる。

 京子や亜里沙もヤバイって顔を見合わせて。地雷ふんじゃった、みたいな。

 うわやだやだこういう気まずーいやつ。あたしは舌打ちしたくなるのをぐっと我慢して、精一杯明るい声で返した。


「あはははーうらやましいでしょー」


 必死で笑顔をキープ! そう、あたし、ガチでがんばってる。




「バイトもう増やせないしなー……」


 体育倉庫でからまったネットをほどきながらつぶやいた。

 次の時間の準備しながらあたしが頭を悩ませているのは、今月の「資金繰り」、てやつ。ライブが1万2千円て、どうなのよ? ドームまでの往復の電車代でしょ、ご飯代でしょ、それからグッズまで入れると……絶対足りない。

 やっぱ借りるって手段しかないよねー。この前もツアーDVDのために1万借りたばっかだから気は進まないけど。

 もう翔兄に頼るっきゃない。でも……。


「なんでライン無視するかな翔兄ってば」


 1週間以上も既読スルーってどうなのよ? ありえなくない?

 ホストやってるくせに、そんなズボラでいいわけ?


「歌舞伎町までいこっかなぁ……怒られるかなぁ……ああああもうっ!」


 ぐしゃぐしゃになったネットをあたしは床にブンッて放り投げた。

 ガタン、て音がして振り返ると、入り口に人影……げ、新条拓巳じゃん。今の、こいつに見られた? 


「……」


 沈黙。

 うわ……何か言った方がいいのかな。

 新条って中学から同じだけど、考え読めなくて、なんか苦手なんだよねー。

 新条は黒縁メガネを呼吸でもするみたいに自然に押し上げると、何もなかったみたいに倉庫の奥に入ってく。

 絶対見てたくせに、何か言えっつの。無視されたみたいで、それはそれでなんだかムカついて。あたしはその後ろ姿めがけて地面を蹴りつけた。

 イキナリ、絶妙のタイミングで新条が振り向く。あたし、足をけり上げた格好のまま固まっちゃったじゃん。かっこわる!


「次の体育、バスケだけど」


「……へ?」


 あたしは床に落ちたバレーボール用ネットを見下ろした。




 阿佐ヶ谷駅のスーパーでいつも通り8時までバイトして帰ると、あたりはもう真っ暗。

 2月の夜ってガチ寒い。でもどんなに寒くたって、スカートの膝上20センチは死守! だけど正直……うう、こんな夜は死ぬ~。

 コートの袖をぐいぐいってひっぱって、中に手を隠しながら、家へと急ぐ人の波に紛れた。

 あたしの前を歩くのは、若いママと幼稚園くらいの男の子。

 ママさん、袋からのぞいたネギ、落ちそうだよ。あ、今日は鍋なのかな。「トマト鍋のもと」が半透明の袋ごしに見えてる。


「今日ハンバーグ?」


 男の子、ママにぶらさがるみたいにして話しかけてる。


「ブブー」


 違うよ、今日はトマト鍋だよ。さっき「鍋のもと」買ったじゃん。


「ハンバーグ?」


 違うって言ってんじゃん。


「ハンバーグがいい!」


 ダンダン地面蹴りつけてわめく男の子。うわ、このクソガキわがまますぎ。ママが困ってんじゃん。


「はいはい、じゃ、今日はハンバーグね」


 え、いいの? ネギも買ったのに?


「やったぁ!」


 飛び上がって喜ぶ男の子をあたしはにらみつけてやった。なんて自分勝手で嫌なヤツ。

あたしのママなんて……ハンバーグ作ってくれたことあったっけ?

 遠い日、ママと一緒に過ごした日々を記憶の底から引っ張りだそうとする。でももう、その姿はぼんやりかすんで、きれいに並んだ白い歯と赤い唇しか思い出せない。10年以上たつもんね。しょうがないか。

 あたしはきゅって走る胸の痛みから意識をそらした。

 ダメダメ! 暗くなっちゃったじゃん。

 あたしは足を速めて親子を追い抜くと、ダッシュした。



 高円寺駅と阿佐ヶ谷駅の中間あたり、森みたいにうっそうと茂った木に囲まれた、木造一軒家。「児童養護施設りんご園」て書かれたここがあたしの「家」なんだ。

 「さっぶー死ぬー」って叫びながら駆け足で玄関に飛び込むと、ん? 見慣れない黒いでっかい靴……。お客さん? こんな時間に?


「あ~舞ちゃんお帰り! いいところに来た」


 ルームメイトのユッキーが早く早くって廊下の先から手招きしてる。

 おいおいまたぁ? ってちょっとうんざり。疲れてるんだけど。なんでいっつもあたしが面倒見なきゃいけないのよー。

 靴を脱ぎながら大きなため息をつく。

 正志あたりか、って見当つけて食堂に入っていくと、ビンゴ。すごくない?

 がらんてした食堂の隅っこに、正志がうずくまってびーびー泣いていた。

 赤ちゃんならまだかわいいけど、もう小学6年だし。ちょっと引くよね。……でもまあ、家族と離れてここに来てまだ1か月だから、仕方ないっちゃ仕方ない。


「もうさっきからうるさくって」


「ほっときなっていっつも言ってるじゃん」


「でも……」


 ユッキーはまだ中学生だし、ここにきて半年しかたたないから、他人事だって思えないんだろうな。

 長くここに住んでるメンバーは、新入りが泣いて騒ごうが暴れようが、知らんぷり。今だってほら、誰も部屋から出てこない。

 別にイジメとかじゃないんだよ。ただ慣れっこになっちゃってるだけ。どのみちいつかは、泣いても何も変わんないって気づいて、ここの生活になじんでくってわかってるから。下手に関わるより放っておいた方がいいってこと、うちらみんなわかってんの。


「正志」


 あたしは名前を呼んで、目線を合わせた。涙をうかべた弱っちい目が、こっちを見返してる。


「あんたはさ、親に捨てられたんだから。とっとと現実直視しなって」


 正志の両目に、みるみる涙が浮かぶ。

 あぁもぉ! 勘弁してよ。イライラするじゃん。


「舞ちゃん! ちょっとそれはキツ過ぎじゃ」


 ユッキーの抗議を無視して、正志のほっぺたをぎゅうってつねる。


「いてててて」


「変な顔」


 ギャハハハって笑ってやる。笑うと、ほら、なんで泣いてたか、少しの間、忘れられるじゃん?


「いてててて……何すんだよ舞姉ちゃんのバカ!」


 お、怒った。うん、泣いてるよりずっといい。少なくとも、涙は止まったでしょ。


「親がいなくったって、別にどうってことないじゃんか。周り見てみなよ。介護だの、遺産相続だの、家族なんていたって、めんどくさいことだらけだよ。あんたにはうちらっていう仲間がいるんだし、それでいいっしょ」


「舞姉ちゃん……」


 おとなしくなった正志の肩を抱いてよしよしって頭を撫でてやる。今日だけ特別だからね。まったく。

 あ、もしかして、さ。

 養護施設っていうと、イジメや虐待だらけ、みたいなくらーいイメージ持ってるんじゃない? ドラマやマンガでやってるみたいな、さ。まぁゼロではないけど、実際そんなにひどくはないよ。結構みんな連帯感ていうか、「普通の奴ら」なんかに負けるかってチームワークあるしね。

 照れるからあんま言わないけど、あたしはここのメンバーのこと、結構マジで大事に思ってる。血はつながってないけど、大きな家族みたいなものかもね。

 運よく里親が見つかって、出ていく子もいるけどさ、だいたいは中学か高校の卒業までここで過ごすってパターンが多いから、家族のことは早く忘れて、ここになじんだ方が自分のため。それが、ここで10年以上暮らしてるあたしからの、リアルなアドバイスなんだ。


「ねえ園長は? 全然見ないけど」


 誰かが泣いてたら、真っ先に駆けつけて一緒に泣く、ウザいぐらいナイーブなあの巨体を探して、あたしは顔をあげた。


「それがさ、なんかお客さんが来てて」


 あ。てあたしはようやく玄関の黒い靴を思い出した。


「里親候補? それか新しい子が来るの?」


「ううん、ちらっと見たけど、そういうんじゃないっぽい。雰囲気ちょっと暗くて、イケメンなんだけど、ヤバイ感じがする人」


「ヤバい人ぉ?」


 その時、食堂のガラス戸がガラって開いて、来客用のスリッパからはみ出した大きな足が見えた。そして首を縮めるように入ってきた男の人とガチで視線がぶつかっちゃった。

 30代後半、てとこかな。ユッキーの言葉に、あたしは心の中でうなずいた。確かに顔はイケてんだけど、周りの空気ピリピリって緊張してて、なんか……ドラマとかで見る極道の人、みたいな?

 その人の鋭いギョロッとした目がぐるっと食堂を見渡して、あたしで止まった。


「西岡舞っていうのはお前か?」


 え? 何、あたしに用なの?

 後ろから園長が入ってきて、たるんだ二重あごをぷるんぷるんさせながら、言いにくそうに口を開く。


「あのね舞、こちら刑事さんなんだけど……舞に話が聞きたいっておっしゃるのよ」


 刑事?

 わけがわからないでいるあたしに、その男は「捜査一課の室生剛だ」って、黒い手帳を見せた。ドラマでよく見る、ああいうの。

 まさか……。

 その時あたしの頭に浮かんだのは、たった一つ。ママのこと。

 刑事が会いにくるなんて、ママに何かあったとしか思えないじゃない。

 あたしはごくってつばを飲み込んだ。のどがあっという間にカラカラに乾いて、豆腐の上に立ってるんじゃないかってくらい、足の感覚がなくなってく。


「……ママに、何か、あったんですか?」


 あたしが言うと、室生、と名乗ったその刑事は「ん?」と怪訝な顔をしてから首を振った。


「名倉翔也を知ってるな?」


「名倉……翔也?」


 予想外の言葉に、あたしは「や」の形に口をぽかんとあけたまま、頭の中でめまぐるしく考えた。翔也、って言ったら、あたしの知り合いに翔也は一人だけだ。ってことは、翔兄のこと……かな?


「昔、中学卒業までこの施設にいた、名倉翔也のことだ」


 そういわれて、ようやくあたしはおそるおそるうなずいた。翔兄ってば一体何やったわけ?


「彼が殺されたことは知ってるか?」


 ……は?

 ピキンて、全身がフリーズ。

 今、何て言った?

 殺された……? つまり、それって。

 翔兄が……死んだ、ってこと!?


「何それ……」


「なんだ、知らなかったのか。新宿の歌舞伎町で、ホストの刺殺体が発見されたニュースは知ってるだろう? その殺されたホストっていうのが、名倉翔也だ」


 すらすらしゃべる声が、遠くで聞こえる。

 あたしは、完全にキャパオーバーになってしまった頭の中で、「翔兄が死んだ」ってリピートする。

 だから、ライン未読のままだったの? 電話も出てくれなくて? ……翔兄? もう、死んじゃってた……から?

 うそ、うそ、うそうそうそ!

 うそでしょ? なんで!?

 凍った頭で園長をちらって見ると、その大きな顔に埋もれそうになってる小さな目が、あたしから外された。その瞬間わかった。園長は……知ってたんだ。


「2月1日の夜、どこで何をしてた?」


 ……え?


「ちょっと刑事さん! 舞のことを疑ってるんですか!?」


 園長が食って掛かる。

 疑ってる? つまり……何よ、あたしが翔兄を殺したとか、そういう、こと?


「型通りの質問をしてるだけですよ。何もしてないなら、心配することはない。もう一度聞くぞ。2月1日の夜、どこで何をしてた?」


 2月1日……? 今度は、その言葉がしっかりあたしの脳みそに染み込んで、ふいにギクリ、って体が固まっちゃった。顔をあげると、涙の跡をほっぺに残した正志がこっちを見ていた。

 ユッキーも。園長もいる。

 ギュッと唇を噛んだ。

 ……言えない。これは、言っちゃダメだ。


「……新宿で、買い物してました」


「それを証明できる人は?」


「一人だったから」


 「ふぅん」と、室生刑事はあたしを見た。それだけなのに、なんだかざわざわって鳥肌がたってしまう。

 この人……なんだか怖い。


「なるほど。じゃあ質問を変えよう。名倉翔也と最後に会ったのはいつだ?」


「あの……会って、ません。翔兄がここを出ていってからは、一度も」


 室生刑事の視線が、ずっとあたしに向いてる気配がする。あたしは目をあげられなくて、じっとうつむいて、古びたスリッパの毛羽立ちを見下ろしてた。




「なんで教えてくれなかったの!?」


 刑事が帰った後、あたしは園長に詰め寄った。

 だってそうじゃん? うちらはおっきな家族だ、なんていつも園長いってるくせに。特に翔兄とあたしはいっつも一緒にいて、ほんとの兄妹みたいに仲よくて……園長だってそれ知ってるのに!


「ごめんね舞、私も信じられなくて……。むごい殺され方をしたって聞いたから」


 むごい……殺され方……?


「ちゃんと就職したとばかり思ってたのにホストなんて……何があったのかしらねえ」


 半年くらいで、上司と喧嘩して辞めたんだよ。言おうと思ったけど、どうしてそんなこと知ってるの? って突っ込まれるのわかってたから、あたしは口を閉じた。



――バカバカしいよな。ダンナの金でキラキラ飾って遊んでるくせに、そいつの悪口とか秘密とかペラペラしゃべるんだぜ。お前は絶対、そんな女になるなよ。


――オレたちってさ、人生ゲーム、最初っからハンデあるけど。その分、一発逆転のチャンスも絶対あるからさ。



翔兄……。

 あたしはベッドに寝そべりながら、携帯をいじってた。

 画面には、原宿で翔兄と撮った写真。

 翔兄がホストクラブで働き始めて、初めて指名数ベスト10に入ったお祝いだったっけ。

 ちょっぴり皮肉やで、口が悪くて、意地っ張りで、素直なこと全然言えなくて。あんま大きな声じゃ言えないような、褒められないようなとこも、確かにあったけどさ。

 でも、すごく優しいんだよ……。

 最後に話したの、どんなことだったっけ?

 そうそう、そうだ。

 いいお客さんがついてくれたって喜んでて、あたしにパフェおごってくれたっけ。

 あれ……?

 そういえばあの時……あの時……。

 あたし、なんだかヤバそうだなって、チラっと思わなかった? でも……でもなんでそんなこと思ったんだろ?

 翔兄、何か言ってたんだっけ?

 頭の中はぐちゃぐちゃにからまったイヤホンみたい。

 ごめん翔兄、思い出せないよ――。むごい殺され方って、一体何があったの?

 携帯をギュッて抱いたまま布団を頭からかぶって、ダンゴムシになって。あたしは、隣のベッドのユッキーに聞こえないように、小さく小さくなって泣いた。




「舞ちゃん舞ちゃん! 大変!」


 ユッキーに揺り動かされて目を覚ました。

光が視界にあふれて、あたしはうめいた。

うわー……絶対目ぇ腫れてる。だって重いもん。あたしは布団をかぶりなおして言った。


「何よ、まだ早いじゃん……」


「外見て! 外! なんかすごいことになってる!」


 カーテンを細く開けて、ユッキーが手招きしてる。仕方なくもぞもぞ這い出して、外を覗き込むと、塀越しにアンテナがたったワゴン車が見えた。おまけになんだかざわざわ人の声。こんな朝っぱらから……?

 ピンポーンピンポーン

 インターフォンの音が連続して響いた。


「お話聞かせてくださーい! いらっしゃるんでしょー?」


 男の人が絶叫してる。

 あたしたちはわけがわからなくて、顔を見合わせた。




 食堂に入っていくと、みんなもう起きてテレビを観てた。


「ねえねえ、うちが映ってるよ!」


 興奮した口ぶりの正志がテレビ画面を指す。

 その指の先の画面を見て、あたし「マジ!?」って叫んじゃったよ。そこには、たしかに見慣れたうちの正面玄関が映ってたから。

――こちらが、殺された少年が幼少時代を過ごした施設です。少年は覚せい剤を所持しており、警察ではそれがトラブルの原因ではないかと見ています。薬物にまで手を伸ばした彼の心の闇は、一体どのように育まれたのでしょうか。


「はぁ? 何それ!」


 翔兄は被害者なのに!


「ねえねえ、舞姉ちゃん、ぼくたち有名人?」


 まとわりつく正志をシカトして、っていうより、ただ茫然として、あたしはレポーターの声を聴いていた。


 結局、園長が取材を引き受けて、その隙にみんな裏口から外に出て、学校へ向かった。

 なんであたしたちがこんなにこそこそしなくちゃいけないの? 翔兄だってあたしたちだって、何も悪いことしてないのに! 

 翔兄が覚せい剤? 絶対何かの間違いに決まってるじゃん!

 怒りまくりながら教室のドアをガラって開けた。いつも通り「おはよ~」って。

 一番前の席にいた亜里沙が、「おはよー」って返してくれた。でも……あれ、なんだかみんなの顔が……カタイような。いつもと違くない? 気のせいかな?

 でも、京子も「ねえ、昨日のドラマ見た?」って話しかけてきたから、なんだやっぱり気のせいかって思ったんだけど……。


「なあなあ、お前が住んでるのって、あのホストと同じとこなんだろ?」


 教室の隅から、男子の声が飛んだ。とたんに、教室の雰囲気がぴーんて張りつめる。

 そうか、みんなニュース見て、うちだってわかっちゃったんだ。


「あいつ、ヤバいクスリやってたんだろ? お前ももらってたりして」


「お前が殺したんじゃねえの?」


 別な男子から声が飛んで、あたしはギョッと固まっちゃった。

 ざわざわあって嫌な視線があたしに集まる。


「舞がそんなことするはずないじゃん!」


「そうよそうよ、変なこと言わないでよ」


 佳純や京子がかばってくれて、あたしは笑顔を向けた。

 何か言いたかったけど……何も言えなかった。口を開けば、涙が落ちそうだったから。


 未来完了? 過去完了?

 ごめん先生、はっきり言って、今そんなことどうでもいい。先生のへったくそな日本語英語を脳みそからシャットアウトして、あたしは机の下で携帯をいじってた。

 興味なかったからスルーしてたけど、「歌舞伎町」「殺人事件」で検索するだけで何百件てヒットする。

 犯人の手掛かりが少ないせいか、名前こそ出てないけど、翔兄がもう散々な叩かれようしてる。年をごまかして女を食い物にしてきた極悪ホスト、覚せい剤にまで手を出してた最低男――って。これじゃまるで死んで当然て感じじゃん!

 ちゃんと聞いてよ、翔兄はそんな人じゃないんだってば! あたしがママを思い出して泣いてたら、一晩中手を握っててくれて。内緒だぞっておやつ分けてくれて、いじめられたら仕返ししてくれて……すっごく優しいんだよ!

 みんなに大声で言いたい。聞いてほしかった。でも……。

 あたし、教室をぐるって見渡した。

 みんな、家に帰れば「おかえり」ってママが待ってる「普通の子」たちばっか。あたしや翔兄とは違う。亜里沙も京子も佳純も……。

そんな子らに、あたしと翔兄の絆、わかってもらえる? あたしの言葉、届く?

 答えは、ノーだ。




 最悪な一日は、それで終わり、というわけにはいかなかった。

 放課後、校門を出ようとしたあたしの前に、長身の男の人が立ちふさがったの。あたし、思わず「げ」て後ずさっちゃったよー。だってその人は、昨夜うちに来た刑事だったから。


「ちょっと時間作れるか」


「バイトあるんで」


「翔也を殺した犯人、捕まえたいと思わないのか?」


 は? そんなの当たり前じゃん。でもあたし何にも知らないし!

 無視無視! って強引に通り過ぎようとすると、「お前、嘘ついてたな」って声が追いかけてきた。


「お前の写真をホストクラブの連中に見せたら、翔也を訪ねてきたお前を覚えてたやつがいたぞ」


「……」


 あたしはぴたって足を止めて、のろのろ振り返った。




 スポーツ紙広げてるおっさんばっかりの、煙がたちこめただっさい喫茶店に連れていかれて、あたしは室生刑事と向き合った。椅子に座ると、研いだばっかりのナイフみたいな目が真正面にきて、なんだか落ち着かない。


「で? 認めるんだな? 会ってたこと」


 仕方なくうなずいた。


「最後に会ったのは、年末です」


「1日は?」


「会ってません。本当です」


「名倉との関係は?」


「は?」


 血のつながらない兄妹……とか? 幼馴染、かな? どう表現すればいいわけ?

 室生刑事、ふんて鼻で笑って、全然信用してないって目してる。


「つきあってたんじゃないのか?」


 は!? そうくる!? 慌てて首を振る。


「違います。兄妹みたいな感じで。その……」


 言いにくかったけど、あたしは正直に言った。


「時々お金足りなくなると、お小遣いくれたりとか」


「金? それはそれは。『くれた』だけなのか? 代わりに何か要求されたんじゃないのか」


「え……?」


 数秒間考えて何を言ってるのかようやく理解した。

 このオジサン、一体何考えてんのよ!


「変な想像しないでよ! あたしと翔兄は、全然そういうんじゃないから!」


 ふうん、て室生刑事はタバコに火をつけた。うわ、煙くっさ! あたしはゴホゴホってわざと咳き込んでやった。


「じゃあ、名倉とつきあってた女を知らないか?」


「知りません! 翔兄、自分のことそんなに話す方じゃないし」


 そういえば、恋バナとかグチとか、いつもあたしが話してばっかだった。翔兄はケラケラ笑って聞いてくれて。決まって最後は、「バッカじゃねえの、大丈夫に決まってんじゃん」で終わり。その台詞、好きだったなぁ。なんか安心できたっけ。

 室生刑事は、ぐいって体を乗り出して、あたしを覗き込んだ。


「本部はシャブ絡みの仲間割れって方向で行きたいようだが、オレは違うと思ってる。もっと単純な、発作的犯行。痴情のもつれってやつじゃないかってな」


 そしてゾンビ顔負けの暗い目で、ささやいた。


「いいか、子どもだからといってオレは容赦しない。犯罪者は等しくブタ箱にぶち込む。……地の果てまで追いかけてな」

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