表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィルフレッド・レイと砂時計の呪い  作者: 日車メレ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/34

エピローグ

 ハーティア王国一の魔術師、ウィルフレッド・レイの屋敷は王立学園のすぐ隣にある。

 あまり広い屋敷ではないが、まだ若い庭木が初夏の少し強い日差しをさえぎり、季節の花々が咲き誇る花壇からは甘い香りが漂う。美しく手入れの行き届いた庭だが、なぜか木製の柵で囲われた芝だけの空間があり、それが庭の中でかなりの面積を占めている。不思議な庭だ。


「お母様! 本を読んで下さい」

「わたしも、本! 読んでください、お母さま」


 庭木の下に置かれたベンチに座っていたシャノンのところに、少年と少女が駆け寄る。黒髪の少年が兄で、淡い金髪の少女がその妹だ。彼らはそれぞれお気に入りの本を抱えてシャノンを挟むようにして座る。

 まだ植えられて数年しか経っていない庭木だが、葉はしっかりと生い茂りベンチに座る三人を日差しから守ってくれる。


「何を持ってきたのかしら?」

「僕は『闘う文官令嬢の大冒険』だよ。早く読んでください、お母様!」

「いやよ! お兄さまはいつもそればかり! わたしはお父さまとお母さまのお話しを読んでほしいの」


 二人はそれぞれ自分の持ってきた本が先だと言わんばかりに母親に本を押しつける。


「あらあら、困ったわね……」

「だって! その話、嘘ばかりなんだもん! お母様はちゃんと可愛く書いてあるけど、お父様は格好よすぎて別人みたい!」

「お兄さまったら! お母さまは、お父さまのこと……よーく見るとカッコイイって言ってるもん。お話うそじゃないもの! しわがなければカッコイイもの!」

「だから、僕は本当のお父様が主役の話が読みたいんだ! 本当のお父様は、ぬれぎぬ? でカーライルのお屋敷を壊したすごい人だって、ドミニクさんが言ってたもん!」


 子供たちがそんな争いをしていると、すぐ隣の木柵の内側からけたたましい獣の声が聞こえてくる。


「ブヒィ!」

「貴様、我が屋敷では不潔は許さんと何年言い続ければ伝わるのだ!?」

「ブヒィ――――!」

「貴様のためにブラシつき洗浄機という、すばらしい『魔具』を開発したというのに、なぜ抵抗する?」


 柵の中では必死に逃げ回る丸々と太った豚とそれを追いかけるウィルフレッドという、この屋敷では週に一度は見られる光景が繰り広げられている。

 ウィルフレッドはシャツの腕をまくり、ブラシのようなものを持って豚と対峙していた。


 呪われた豚は今でも屋敷で飼われているのだ。庭の大部分を占める木柵で囲まれた場所はこの豚のための場所だった。木柵も、中にある立派な小屋も、ウィルフレッドの手作りだというのに家族の中で唯一、ウィルフレッドにだけ豚は全く懐かない。その理不尽さに彼はこっそり傷ついている。

 呪いの解呪方法で、人間には試せない『陣の改変』をウィルフレッドはこの豚に試した。彼としては成功する自信があったのだが、万が一にも失敗すれば爆発するとあっては、到底人間に対してはできない方法だった。

 豚が肉塊になってしまったら、シャノンが悲しむだろうと思ったが、思い切って試し現在に至る。『元』呪われた豚を食用にするわけにもいかず、屋敷でペットとして飼っているのだ。


「仕方がない……」


 そう言ってウィルフレッドは豚と距離を置き、視線を標的の足元に向ける。

 途端に地面が輝きだし、光に包まれた豚は鳴き声を発することもできずに硬直する。身動きを封じる魔術を使ったのだ。


「もう! お父様。そういうことするから嫌われるんですよ」

「お父さまがんばって! キサマもがんばれ!」


 騒ぎを聞きつけた子供たちが本のことなどすっかり忘れて、木柵の外側から闘いを観戦する。キサマというのはこの豚の名前だ。豚には名前をつけずに飼っていたのだが、ウィルフレッドが豚のことをそう呼ぶので、子供たちはそれが名前だと思ってしまったのだ。

 ウィルフレッドは動けない豚を隅々まで石鹸せっけんで洗い、水でよく流してやる。


「まったく、そうしていれば貴様もそれなりの美豚だ。今後、あるじには逆らわないように!」

「ブヒィ……」


 動きを封じる魔術を解かれ、自由になった豚はウィルフレッドを完全に無視し一目散に子供たちのところへ向かう。ウィルフレッドから受けた被害を訴えるように鼻をクンクンと鳴らし慰めを乞う。子供たちに頭を撫でられた豚はどこか嬉しそうだ。ウィルフレッドはそれを見て、また傷ついた。


「皆さん、お茶の時間ですよ」


 屋敷の大きな窓を少し開けて、セルマがそう声をかける。彼女はすっかり足腰が弱くなり、杖が無いと歩けないがそれでも毎日お茶をいれてくれる。それ以外の時間は日当たりのいい場所で編み物をするのが日課だ。

 子供たちはその言葉に我先にと屋敷のほうへ走り出す。

 ウィルフレッドはその様子を、目を細めて眺めていた。


「ウィルフレッド様? どうしたんですか?」

「いや、この屋敷は随分と変わったなと思ってな……貴女に出会うまでは、想像もしていなかった」


 彼にとってこの屋敷は自分だけの城であり鳥籠とりかごだった。初めてロウソクの明かりが灯された屋敷に帰った日、それまで何年も変わらなかったウィルフレッドの全てが少しずつ変わっていったのだ。


「私は、レイ先生を幸せにできましたか?」


 懐かしい呼び方で、シャノンがかつてと同じ問いをウィルフレッドに投げかける。

 かつて、その問いに何と答えたのだろう。「知ったことではない」と、ウィルフレッドは確かそう言ったのだ。けれどもかつてと同じ問いに、同じ答えはもう言えない。


 ウィルフレッドはシャノンに身体を寄せて、耳元でその問いに答えた。





(終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ