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プロローグ

 この作品は「夢見る乙女が結ぶ恋」と同じ設定を使っていますが、単品で読んでいただけます。

 今作は主人公が成人設定のため、中盤以降に少しだけ大人の展開になりますので、ご注意ください。




 よく磨かれた大理石の廊下を、シャノンは音を立てずにゆっくりと進む。満月を過ぎ、遅くに出てきた月の明かりが窓から差し込む。住み込みの使用人もいない小さな屋敷だから、その月明かりだけあれば、迷わずにあるじの部屋までたどり着けるのだ。

 出会ったときは秋だったが、季節はすっかり冬になり、手持ちの外套がいとうでは少々寒いかもしれない。

 主から買い与えられたかわいらしいコートがあるが、これからまた旅に出る彼女にとってそれは実用的な物ではなかった。すり切れそうな外套と、旅を始めたときから持っていた荷物を廊下の片隅に置いてから、再び主の部屋のほうへと足を踏み出す。


 彼女自身は使用人の仕事をさせてもらってはいたが、ある事情から一時的に住まわせてもらっていただけの居候だった。

 神経質な主だが、お酒を飲んだときはよく眠れるのだと前に話していた。彼女はそれを覚えていて、めずらしく食事中だけでなく食後もお酒を飲んでいた今夜、ここから逃げ出すことに決めたのだ。

 目的の部屋の前で、シャノンは大きく息を吸い込んで心を落ち着かせる。

 木製の重い扉を静かに押す。日中は何度か出入りをしたことのあるこの部屋だが、もちろん、こんな真夜中に忍び込んだことはない。


 彼女がこの屋敷で世話になっているのは、彼女が背負った呪いのせいだった。

 ある出来事でその身に宿してしまった呪いを解こうと、田舎から旅をしていたときに主に拾われたのだ。助けられた、というより監視するためにそばに置いていたという表現が正しいのかもしれない。彼女の背負っていた呪いは触れた人間に死をもたらすものだったから。

 それでもこの屋敷で暮らした日々は、シャノンはとても幸せな時間だった。使用人用のお仕着せの代わりだと言っていたが、故郷の村では見たこともないほどかわいらしいワンピースを与えてくれた。文字がきちんと読めないシャノンのために子供用の本や辞書まで用意してくれた。もっとも、結局彼女はその本をあまり読まなかったのだけれども。


 彼女が「レイ先生」と呼ぶこの屋敷の主は、シャノンが宿してしまった魔術を『砂時計の呪い』と呼んでいる。呪いをかけられた者は手の甲に『陣』と呼ばれる小さな円形の図があざのように浮かび上がり、三ヶ月で死に至る。



 一つだけ死を回避する方法――――それは、誰かに呪いを移すこと。



 そして、その方法こそ、彼女が今から主にしようとしていることだった。

 部屋に忍び込むと、彼は静かに寝息を立てていた。几帳面な主らしく、しっかりとカーテンを閉めているので、部屋の中は真っ暗だ。手探りで寝息のする方へ向かうと柔らかいベッドに膝が触れる。


 これほど近づいても最後に主の顔をはっきりと見られないことに落胆しながら、それでもシャノンに迷いはない。

 主を起こさないように注意を払いながら、片方の膝だけをベッドの上に乗せ、ゆっくりと顔を近づける。

 これは呪いを移す儀式。そして彼女にとっては別れの儀式でもあった。

 顔の位置を確認するように、右手だけ軽く彼の頬に触れる。そして、彼の少し薄めの唇に自分の唇を押しつける。

 清潔な石鹸せっけんの香りと、ほのかに残る葡萄酒の匂い。それが、彼女にとって彼との最後の思い出になるはずだ。

 申しわけない、という気持ちはある。彼女の行為を彼は決して許さないだろう。それでも、彼女に与えられた選択肢はほかになく、ためらう気持ちもない。


 ゆっくりと彼から身体を離し、シャノンは起き上がる。

 自身の手をかざして呪いの印の有無を確認しようとするが、この真っ暗な部屋ではよく見えない。

 もう一度、声に出していつものようにその呼びたい欲求を彼女は片隅に追いやる。


(レイ先生、ごめんなさい……。さようなら)


 最後にそう心の中で呟いて、シャノンは寝ている彼に背を向けた。

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