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誰も悪くない。

作者: 黛 カンナ

作者はあまり延命治療のことはよく分からないので不明瞭で間違った部分があるかもしれません。よければ感想を下さい。

私は兄を殺した。









私が産まれた当初は兄は、少しだけ病弱ということを除けば普通に元気な少年だったらしい。


「にいちゃん!私、にいちゃんと結婚する!」


「かわいぃな~雪子!僕も大好きだよ」


なんてやり取りをする程度には、私達の兄妹仲もそれなりにいいものだったし、兄は優しくて私は普通に兄を愛していた。


母子家庭ではあったが、母の実家はそれなりに裕福でそれなりに不自由なく、それなりに幸せだった。


しかしながら、それなりの幸せな毎日は続かず私が3年生の時に兄が突然倒れた。






原因は子供の私には詳しく教えて貰えなかったが、心臓の病らしくかなり危険で危ない状況だったらしい。


当時幼稚園児だった私は手をひかれて訳もわからずに病院にいかされた。


「いやぁぁあああ!!雪彦!雪彦雪彦雪彦!!」


病室では母が狂ったように泣き叫んでいた。

意識のない兄にすがり付いて名前を呼ぶ姿は何処か狂気めいていた。


ハッキリいってしまおう…気味が悪かった。


「お母さん…落ち着い…」


私は母を落ち着かせようと手を伸ばそうとしたが、母にはね除けられてしまったわ、


「コレが落ち着けるものですか!?雪彦が…雪彦が…うわぁぁあ!そもそもなんで雪子は悲しまないのよ!たった一人のお兄さんなのよ!?冷たい子ね!」


今思えば、悲しまなかったのは状況が理解出来ないのと、母にドン引きしていたのが原因だろうし、ただ単に呆然自失というだけだった。


「雪子は……酷い子ね……」


しかし、母にとってはそれは酷いことに見えたようで……私と母の溝は深まっていた。




☆☆


兄が入院して以来、母は頻繁に病室に訪れては意識の無い兄に対してずっと喋りかけていた。


「雪彦…今日ね、雪がふったのよ。貴方が生まれた時も雪が降ってたわ…懐かしいわね?」


兄のまぶたを撫でながら。


「部屋の中の空調はどうかしら?暑い?寒い?」


兄の手を握り締めながら。


「大丈夫よ…心臓や肺だって…いつかは治るかもしれないわよ」


兄の頭を撫でながら。


母はずっと喋りかけていた。勿論返事なんぞある訳がなく、ただ弱々しい呼吸音だけが空しく響くだけなのだ。


「母さん……聞こえてないよ……」


私はそういってはみたが、母は聞かない。


「意識がなくても声が聞こえることってあるみたいなの。だから、沢山喋るの」


と母は言うが……気持が悪かった。


等身大のお人形さん遊びをしているようで気持が悪い。


見てるこっちが苦しかった。

母は狂ったように兄に話しかけ、虚ろな目で兄の介護をしている母を見るのがとても苦しい。


苦し過ぎて……私は母がいるときに見舞いに行くのをいつしかやめてしまっていた。



☆☆


「どうして見舞いに来ないの?雪子は酷い子ね…」


祖母や祖父や母に常々そういわれた。

恨みがましく、まるでとてつもない人でなしを見る目でよくそう言われた。


否定はしない。実際にお見舞いには行きたくなかった。


そして…あまり喋ることもなくなった。


そんな私に母はよく怒っていた。


「なんで雪彦を見て平然としたられるの?どうして話しかけてあげないの?どうして無視するの?私何かした?ねえ!?私に悪いとこがあるなら言ってよ!!貴女まで喋らなくなったら私はどうしたらいいの!!」


泣きながら怒る母に対して私は何も言えなかった。


何も言えないで黙っていると、母は次第に泣きつかれてすがり付く。


「ねえ雪子、私……何か間違ってる?」


「ううん……間違ってないよ」


「じゃあ、なんで……雪彦は目を覚まさないの…なんで貴女はいうこと聞いてくれないの…」


私にしがみついて答えを問う。


「…………」


何も言えなかった。


母はとてつもなく正しい。何も間違ってない。


コレを覆されたくなくて、私は今日も黙り続けるのであった。







☆☆☆☆



『その日』のきっかけになったのは、私が久しぶりにお兄ちゃんを見舞った時のことだった。


母のいないときを見計らって兄の病室に行き、花瓶の水を入れ替えていた時のことだ。


「雪…子」


兄の口が動いたのだ。

カサカサの唇をゆっくりと動かし、干からびているであろう声帯を必死に震わせていた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


私は駆け寄って兄の口に耳を傾けた。


兄は呼吸と共に、私にいう。


「生きるのが……もう……辛い……もうやだ……苦しい……苦し……」


泣くかのように……けれど干からびた体からは水分が出ないというように……。


そして、最後に兄は全ての力を振り絞っていう。






「お母さんに治療を……止めさ…せて…」







そして兄は意識を失ってしまった。


夢のような…フワフワとした意識の中で私が思ったことは…。


「伝えなきゃ……」


すぐさま私は母の元へと向かって兄の伝言を伝えた。







「なんて酷い嘘をつくの!?」


結果、与えられたのは平手打ちだった。よく考えると当然だ。


「貴女は!!貴女はなんでそんなことをいうの!?頭おかしいんじゃないの!?命をなんだと思ってるの!?」


母は泣きながら、私の顔を何度も掌で叩く。


「どうして!?」


叩く


「そんな酷いこと…っ…が!」


叩く叩く叩く叩く叩く叩く鼻血が叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩グジュグジュく叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩鼓膜がく叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く痛い叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く痛い叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く


「貴女は人間じゃない!!」


叩いた。


成人した女性の力は思いのほかあって、私は口の中から血の味がした。

耳からビリィイイ!と紙が破れたかのような音と、目の奥がドチャドチャと何かが潰れる音が聞こえ始めた頃に、母は手を止めた。


「ねえ!!!貴女は雪彦を殺したいの!?死んで欲しいの!?」


私の胸倉をつかみ、涙を流しながら叫んでいる。私は鼻血をドクドク流す。


「ちが……そうじゃ……ない。兄さんが……兄さんがいって……」


「どうしてそんな残酷なことをいうの!?どうして嘘をつくの!?」


母は私の言葉を信じない。


そりゃそうだ。信じられる訳がないし……信じたい訳がない。


誰がどう見たって、構ってもらえないクソ餓鬼がふざけたことをいっているようにしか聞こえない。


そして、そんな糞餓鬼女を叩く母は何も悪くないし仮に私が母だったとしたら同じことをするな。




「子供に生きて欲しいって思って何が悪いの!?ねえ、何を間違ってるの!?」



母は叫ぶ。


「…っ…ーー…」


間違ってないよ。お母さんは何も間違ってない。


けれどその言葉は喉が潰れて出せなかった。



少しして、異変に気づいたナースたちによって母は取り押さえつけられ、鎮静剤を打たれた。



私も治療を受けた。

どうやら眼球の奥と鼓膜に傷がいってしまったらしい。


けれど私なんかの傷よりももっと…母の方が苦しいのだろう。




☆☆


「死にた…い…もう…苦し…い」


今日も兄は母のいない頃を見計らって私にいう。あの日から時々私にだけそう申すのだ。


未だに鼓膜が破れて治療中の私にもその声がハッキリ届く。


「お兄ちゃん…なんで私にいうの?…お母さんに直接いってよ」


いくら私に懇願しても……私には治療を止める資格はない。



「きっと……それを言ったら……母さんは……死ぬ」



この答えに…私は酷く納得がいった。


確かに母は死ぬだろう。息子の為を思い、生きて欲しいと願い続けて出た結果が……兄が死を望んでいることだなんて悲劇を通り越してただの喜劇だ。


きっと、母は自殺してしまうだろう。


「母さんに……感謝……してる。生きて欲しいと思ってくれて……すごく……嬉しかった……愛してくれて……嬉しかった」


その言葉にはきっと…嘘はない。


それでも尚…兄は死にたいと願うのだ。


愛と苦しみは無関係で比例しない。奇跡は起こらない。


奇跡は兄の意識がかろうじて蘇っていることだけだ。


「私は何もしてないもんね?」


「…………」


無言は……肯定だ。

これが兄の本音なのだろう。


私は何も背負わなかった。何もしなかった。

兄に対して普通の愛情しかもたず、母の行動を気が狂ったと解釈し、けれど完全に離れることも出来ないで、密かに見舞う。


私は空っぽだ。


「僕を……卑怯だと思う?」


「思わない……思わないよ。兄さんも母さんも悪くない」


母も……絶対に何度かは考えた筈なのだ。延命治療を止めるという決断を……。


だが、母は母としてそれが出来ない。親としてそれが出来ない。


母さんは悪くない。

子供に生きて欲しいと思う気持ちが悪であっていい筈がないし、罪であっていい筈がない。


兄さんは悪くない。

充分辛い闘病生活を続けた。充分頑張った……もう死にたいと思うのは悪でも罪でもない。兄さんは弱くない。


生きて欲しいと願ってくれた母に残酷なことをさせたくないと思うことは卑怯じゃない。


「誰も悪くない。誰も罪を犯していないのに……誰も報われないこともあるんだね」


母は兄に生きて欲しいと願う。


兄は母に生きて欲しいと願う。


けれど兄は死にたいと願う。


母は『自身の手で息子を殺す』をしてしまえば死ぬ。


八方塞だ。


「これじゃあ…答えは一つだ」


罪は私が犯そう。


その罰は私がかぶろう。



もうここで終わろう。





何も背負おわなくて逃げていたんだ……ここで立ち止まろう。



立ち止まるべきだ。



「……」


私は兄の首を両手でつかむ。

細い首が、私の握力によって醜く歪む。


歪んだ首は次第に青黒く変色し、酸素が失っていくのが分かる。


苦しいはずのこの行為なのに彼は安らかな笑顔でいった。





「……あ……あり……がと……」





幻聴か幻覚か…それを確かめる間もなくピー…という命が潰れる音がした。







「なに……っして……!!!」


声がして後ろを振り返ると…ドアの所で母がたっていた。


顔を真っ青にし、状況を理解したらしき母は凄い速さで兄のベッドに向かう。


「いやぁぁぁあ!!!雪彦!!雪彦!目を開けて!!息をして生きて嫌嫌嫌々嫌嫌嫌々!!!!」


半狂乱になりながら母は兄の名を呼び、何度もゆらす。


出しすぎた涙は血となり…母の顔をぬらす。


「なんでこんなことをしたのよ!?なんで!?」


「……」


「何かいってよ!何か喋ってよ!私が悪いんでしょ!?私が間違っていたんでしょ!?」


私の両肩をつかみ、何度も何度も揺らして母は問う。


「子供に生きて欲しいと思う親の何がいけないのよ!?雪彦はまだ生きれた!!生きていたら……生きていたら、まだ希望があったのに!!」


うん、だから母は何も悪くない。


それは悪じゃない。


「母さん……ごめん、いかなきゃ」


私は母を振り払い、ドアへと向かう。


「まってよ……何処へいく……いくのよ……」


「警察だよ……兄を殺したから罪を償わなければならない」


「貴女も……私をおいていくの?私は何を間違ったの……私の何が悪かったの?教えてよ……私はただ……生きて欲しかったの……子供に生きてほしくて…雪子にも…離れて欲しくなくて」


母は答えを求める。何が悪かったのかと。

けれど、私は答えを持ち得ていない。


母は何も悪くないから。


「母さん…貴女は何も悪くありません。…だから悪い私を恨んで私を憎んで……そして生きてください」


そういって私は母の手を振り払って病室を出た。


後ろで泣き叫ぶ母の声をBGMにゆっくと廊下を歩く。


「あぁ……終わった」







こうして誰も報われない、誰も幸せになれない物語は……。


ようやく終演したのであった。


この物語で一番悪かったのは、唯一止められた雪子がそれに気づかず母を肯定したこと。母がほんの少しだけ娘に罪をなすりつける為に『否定』をまっていたことかな?と思ってます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 引き込まれる文章でした。 [一言] 実際には、雪子の錯覚であった、しかし、雪子には自分の主観が間違いであると認識する術がない、だから、本当に兄に殺してくれと頼まれた、と雪子は思い込んでいる…
[一言] お兄ちゃんクズ過ぎん?
[良い点] 作者の真意は別として、悪いのは「母」だと思います。 親の一方的な意思のみで、子供達の気持ちに耳を傾けてません。 次に悪いのは「兄」です。 病気で大変苦労して辛いのでしよう しかし、生きる…
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