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前編

捻れ角の魔女ユーリシカは、雇い主であるリッツラハト国の第四王子に召喚され、王子の政務室へと向かった。


城内ですれ違う侍女や侍従が、ユーリシカへ道を譲り頭を垂れるのに頷くことで返答しながら進む。


中には恐れを含む視線を向ける者もあったが、そんな些細な事にユーリシカの意識をほんの少しでも向けてやる義理はない。



「あら、レオハルト、ジギリス。ごぎげんよう」



顔見知りである王子の近衞騎士たちが政務室の前で守護に就いているのを認め、ユーリシカは声を掛ける。


「お久しぶりです。魔女殿」

「魔女殿は相変わらずの美女っぷりで。眼福眼福」


レオハルトはことりと頭を下げ、ジギリスはにやりと口角を上げた。


久しぶりに見る対照的な2人の反応に、ユーリシカは真っ赤な唇を釣り上げる。


「そう言う貴方たちも、あいも変わらず小娘たちに騒がれそうな素敵な容貌だこと。どう?たまには私と遊んでみない?」

「怖い怖い。魔女殿との遊びは高くつきそうだ。なぁ、レオ?」

「一度でも魔女殿との甘い時間を知れば、何をしてもわたしは満たされることはないでしょう。その虚無を知るのが私は怖いのです」

「あらお上手。その魅惑の舌に褒美を与えましょう」


レオハルトの頬に手を添え、唇を寄せる。

ふわり、と光の粒子が舞った。


魔女の祝福は滞りなく完了された。


指先一つの接触でも祝福は可能だが、そこはユーリシカの好みである。


『今日1日が貴方にとって幸福な1日であるように』

「光栄です」

「ずるいぞレオハルト!」

「女性に夢を見せるのは殿方の甲斐性というものよ」

「魔女殿、貴方に触れると私は火傷しそうで恐ろしいのです」

「マイナス75点よ、ジギリス。人を烈火の如く言わないでくれる?」

「まだ続きがあるんですよ!途中でぶった切るのは反則じゃぁないですかね?!」

「女とは、春風の娘。水面の揺らめき。捉える瞬間を見逃しては女性の心は動かないわよ?」

「それにしても変わる速さが尋常じゃありませんが?!」


ユーリシカとジギリスの掛け合いが始まったところで、レオハルトは主君の待つ部屋の扉をノックした。


長くなると踏んで先手を打ったのだろう。

それは正しい。ユーリシカはジギリスにちょっかいをかけるのを楽しんでいるので。



「明日、挽回する機会をあげるわ」



ユーリシカが王子に呼ばれた理由は明白だ。

明日について。


毎年一日だけ、騎士を借りる日。


昨年はリオハルトに付いてもらったので、順番はジギリスのはず。



「--いやぁ、それがそういうわけにもいかないもので」

「?」



歯切れの悪いジギリスに問おうとした時、扉の奥から主人の応えがあった。



「どうぞお入り」



「捻れ角の魔女ユーリシカ。お呼びと伺い畏み参りました」



レオハルトとジギリスが扉を押し開く。


王宮においては質素な政務机の上で微笑むその人こそ、ユーリシカが主人と認めた王子である。


艶やかな黒髪がさらりと額を滑る。楽しげに煌めく瞳は鮮やかな若葉色。

白皙の美貌が笑む。


「よく来てくれたね。僕の魔女」

「貴方のお呼びとあれば、世界の果てからでも疾く参りましょう。私の王子」


秘密を共有する幼子のように2人で笑い合う。




世に知られている魔女という存在は、淫蕩で高慢で残虐。己の欲求に忠実で他者を虫のように扱う悪女である。


そして、世界の魔力を自在に操る自然の寵児。

理に触れる者。


その力は魔術師では遠く及ばない。


平和を愛する人々にとって恐怖でしかない彼女たちだが、数は少なくとも、人を愛する変わり種は確かにいるのだ。


白の魔女と称される彼女たちは時に国を護り、人を守る。


ユーリシカは清廉潔白な身ではない。間違いなく魔女の血が流れている。

魔女が魔女たる所以の性を持つし、そもそもその性分を愛している。

白の魔女と呼ぶには相応しくない。



けれど彼女は確かに愛している。


目の前に座す、若干17歳のリッツラハト国の第四王子リーガルシア殿下その人を。


だから、捻れ角の魔女ユーリシカはリーガルシア王子にだけは、己の所有を許すし、必ず守護する。




「調子は如何?リーガル殿下。そうそう、先日は暗殺されそうになられましたね?私の聖護魔術が発動したのを感知しましたもの」

「うん。でも君の魔法のお陰でご覧の通り、傷一つないよ。有難う」


座って、とリーガルシアがソファを進めるのに返事をせず、彼の後ろに回り込む。


そのままふわりと首に腕を回し抱きついた。


『世に遊ぶ精霊よ。捻れ角の魔女の声を聞け。魔女の愛し子に祝福を授けよ。汝らの力で災厄を跳ね除けろ』


了承した、と精霊がリーガルシアを取り囲み軽やかに身を翻す。

魔術師が見たら卒倒するような高等な魔術でも、魔女にかかればなんてことはない。


魔力のない只人には煌めきがリーガルシアを覆ったように見えただろう。


「まだ以前の魔法の効力は切れてないだろう?重ね掛けしてくれたのかい?」

「えぇ。備えあって憂いなしですわ、殿下。--あら殿下、以前より肩幅が広くおなり?逞しくなっていらっしゃるわ」

「ちょ、ユーリ…身体を撫で回さないでおくれよ…。市井でいう久しぶりに会う親戚のおばさんのようだよ」

「まぁ、酷いことをおっしゃる!せめて久しぶりにお会いした姉と言ってくださらない?」

「あぁ、僕が悪かった。悪かったからそんなに頬を撫で摩らないで…」


若干げんなりしつつも、ユーリシカの好きなようにさせてくれるリーガルシアの頬に何度も唇を寄せていると、じぃっと注がれる視線を流石に無視できなくなってきた。


この部屋に入室した当初よりリーガルシアの側に侍っていたその存在を、ユーリシカは敢えて意識せずにいたのだが。



「ご挨拶が遅くなりましたわね、タナストス。ところで私の美貌に見惚れていたと喜べばいいかしら?それとも殿下の情緒教育によろしくないと自重すべきかしら?」


こちらを見るなと揶揄すれば、リーガルシア殿下付き近衛兵隊長、タナストス=フォン=ハーバンムルトは美麗な尊顔に微笑を浮かべた。


「まさか。魔女殿にご挨拶をさせて頂く栄光を賜われず寂しくは思っておりましたが、そんな私の気持ちが視線にまで現れていたというのなら私こそ自重すべきでした」


薄金の髪をさらりと揺らし、快晴の空色の瞳を細めたタナストスは、確かに女たちを騒がす大人の色気を纏っていた。


言っていることはユーリシカへの当てこすりで不愉快極まりないが。



ユーリシカはタナストスが苦手だ。


公爵家三男に生まながら騎士の道に進み、平民も混じるそこで貴族の坊ちゃんと馬鹿にされながらも、己の剣で道を切り開き登りつめた男。


陽のあたる階段を廉直に一段一段登り、平民貴族関係なく人に愛されるこの騎士が、淫と陰を好む魔女であるユーリシカにとって後味の悪い苦手な存在で仕方がない。



「さすが騎士の鑑と謳われるタナストス。忌み嫌われる魔女にまで貴婦人の如く接してくださるのね。けれどその真摯さは魔女にとって少々毒かもしれないわ」

「そのように釣れないことを仰らないでください。何も持たぬ私があなたに差し上げることができる唯一のものなのです。けれどそれがあなたにとって毒と言うのなら、あなたが私をあなたの望むまま好きに変えてください。魔女とは毒に精通すると聞きます。毒も薬に変ぜられるのでは?」

「そうね、気が向けば臨みましょう。ほほほほ」

「いつでも心からお待ちしております」



ユーリシカは決して負けていない。

ただ本当にタナストスが苦手なだけである。



二人の間にある居心地の悪い空気に、いつものように気付いたリーガルシアがユーリシカの腕の中から助け船を出す。


「ユーリ、一緒にお茶をしないかい?そろそろ休憩しようと思っていたんだ」

「シラハのパイはありますの?私の王子」

「勿論。君の好物を僕がわからないわけないだろう?僕の魔女」

「嬉しいわ、殿下」


すり、とリーガルシアの頬に頬を擦り、彼の手を預かり二人でソファへ動く。


視界の端でタナストスがレオハルトに準備をするために侍女を呼ぶよう指示を出している。


その前に、さっさと要件を済ませておこうとユーリシカは確認した。


「殿下、本日の召喚は明日の件ですわね?昨年はレオハルトをお借りしたので、今年はジギリスということでよろしいかしら?」

「…うん、そのことなんだけどね…。ちょっと事情がかわってきてね」


入室前のジギリス同様、ユーリシカの可愛いリーガルシアも言い淀む姿を見て、嫌な予感しか感じない。


「…私の愛しい可愛い殿下?何がどう変わったのか、教えてくださる?」

「ユーリ、近い近い、怖い怖い!目が怖い!」


お互いの息がかかる距離でにこりと微笑めばリーガルシアがぷるぷると震える。

両頬を潰せば可愛い顔が台無しだ。といってもユーリシカにとっては変わらず可愛い王子だが。


「私の怖い顔はいつものことです。それより早く仰って?」

「うぷ。えっと、つまり…明日君に付ける騎士なんだけれど…」

「けれど?」



「そこにいる、タナストスを、付けようと思っているんだうぷ」



「…なんですって?」



思わず殿下の頬を潰す両手に力が入る。


振り向けば、ユーリシカの苦手な騎士は爽やかに微笑んでいた。



「魔女殿、不束者ですがどうぞ宜しくお願い致します」



何か挨拶違う、と突っ込む前に、ユーリシカから今一度低い声が漏れた。



「…なんですって」



「うぷ」




取り敢えずユーリシカは、両頬からの圧迫で突き出されたリーガルシアの唇に軽くキスを落として現実逃避した。

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