妖狐は幸せを噛みしめる
将来大業を為す者を堕落させる悪女、私の憧れたあの姿は一体どこにあるのでしょう。
目の前に眠る穏やかな主の顔。
その幼くて愛らしく整った顔立ちは思わずしゃぶりつくしたいほどの感情を巻き起こしますが、ここは我慢の時です。
涼しい夜風が頬を撫でます。
季節は夏を向かおうとしている草花が生い茂る頃。
小さな寝息を立てる主を優しく撫で、同じ布団へともぐりこみます。
「はあ可愛すぎますよぉ、もう元の目的とかどうでもいいですねこれ。」
私の耳が嬉しさでついつい揺れ動いてしまう。
いけませんいけません、私としたことが正体がバレてしまったら全てが終わってしまうと言うのに。
これは墓場まで持っていく秘密です。何せ私は、人間ではないのですから。
「私貴方の元から離れたくありません。もぅ使命なんてどうでもいいんです、一緒に居るだけで幸せなんです。」
これは私の懺悔、心優しい主につけ込むようにしてこの屋敷に住まわせてもらっているせめてもの懺悔。
嫌われたくない私は寝てしまわれた主に聞こえないような小さな声でごめんなさいを連呼する。
私の目的は一つ、大業を為す者の障害となること。堕落させ、その一生を共に生きること。
それが主の瞳には映らない本当の私です。
貴方は本当ならこんなところで油を売っている者ではなかったのです。
今頃は世間の為飛び回る正義となるお方、それを私の存在が台無しにしてしまっている。
仕方ありません、私はそのようにして生まれてきました。
いつか一人前の悪女となって一人の人間の人生を変えてしまうことを運命とされてきました。
そして一人前となったあの日、私は貴方に出会う。
一目でわかりましたよ貴方が私の主となることが、大業を為す者であることが瞬時に理解出来ました。
それからの日々は本当に楽しかったんですよ?毎日が幸せの連続で、この人と一緒になれたことが嬉しくて仕方なかった。
尽くし続けました私は、そして貴方はいつも私を労ってくれましたよね。
とっても優しい方なのです主、そんな貴方に嘘をつき続けるしかない私をどうかお許しになってください。
「私の愛しい愛しい主様。どうかこれからも一緒にお付き合いくださいませ。こんなダメな私ですがよろしくお願いします」
私は主の頬へと軽く接吻致しました。
体が妙に暑くなるのを感じます。妙ですよね、いつでも付き添っていたというのに未だに接吻如きで頬を赤くする私は。
でも主とこうして触れ合い、体を寄り添えることが出来る。
それが私の極上な幸せなのです。この幸せを誰かにあげようなどと思いません。
一人占めです、この主を誰にも渡してなど挙げますか。
私は優しく優しく主を抱きしめてあげます。
自慢の柔らかい身体に包み込んであげましょう。あまり甘えない主へのささやかな贈り物、なのですからね。
私はいつの間にか寝てしまいました。
健やかな寝息を立てる主に誘発されたのでしょう、その身の一部。
主に頭から伸びた獣耳、お尻から突き出す柔らかな尻尾を隠すことは出来ずに私は主と共に深い眠りへと落ちたのでした。
即興で書きました今作、続きは各々想像して下さい。