表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

誰が盗った

 これは別の連載の途中に、気分転換に書きました。

 なので大目に見て、最後まで怒らずに読んでくれたらうれしいです。

 私はいつものように風呂に入り、風呂から出るといつものようにキッチンに向かった。

 そこまではいつもの通りだった。

 そう、まだこのとき私は上機嫌だったのだ。

 それがまさかあんなことになろうとは……



「ない! ナイ! 無いぃ!!」

 夜、八時四十三分。私はあまりの衝撃に声に出して叫んだ。

 その声を聞き、驚いた妻がキッチンへ慌しく駆けて来る。

「どうしたんですか?」

 ドウシタンデスカ?

 今『どうしたんですか』と言ったのか?

 あまりの衝撃に、そのとき私は上手く聞き取ることが出来なかった。

 冷蔵庫のドアを開け、タオル一枚を腰に巻いた格好で呆然と立ち尽くす私は、さぞ滑稽こっけいに映ったことだろう。

 放心状態から覚ます大きなくしゃみを一つ――怒り心頭だった私は、妻の質問に答えずドカドカとキッチンを後にした。

 寝室に行きパジャマに着替え――このくらいの冷静さは取り戻した――その足で二階に続く階段下へと向かう。

 そして二階に向かって声を張り上げた。

「イチコっ! ジロウっ! 今すぐ降りてきなさいっ!」

 これほど大きな声は、家の中で発したことはないかもしれない。

 私の声に驚き、長女と長男が二階から姿を見せた。

「なによぉ?」

「一体何だよ?」

 二人とも顔を見せた途端、揃って小憎らしいばかりに不満を露にした口調で訊いてきた。

「いいから二人ともリビングまで来なさい!」

 そのときの私は二人から見れば、威厳に溢れる父親に見えたことだろう。

 成長するに従い、私への敬意を失った二人にはちょうど良い。

 続いて、心配そうにキッチンから顔を出し、こちらの様子を伺っていた妻にも声を掛ける。

「ツマエ、おまえもリビングに来なさい!」

 そう言うと私は颯爽さっそうとリビングに向かった。

 

 

 

 五分後、リビングに家族四人が集まった。

「一体どうしたんですか?」

「なんなのぉ。マジ、ウザい!」

「用があるなら早くしろよ」

 それぞれが不満の声を上げるの目を閉じながら聞き、私は鼻を鳴らしながら腕を組んだ。

 そして三人を順番に見回すと大きく息を吸い込み口を開いた。

「いいか、正直に言いなさい。父さんの……父さんのビールを飲んだのは誰だ?」

 怒鳴りたいのをグッと堪え、意識的に静かに問いかける。

 静かに問いかける方が凄みを増す状況もあるのだ。

 思惑通り、三人が『鳩が豆鉄砲を喰らった』ような顔を見せていた。

 いや、正確には二人だ。一人は犯人のはずだ。

「はあ? 親父なに言ってんの?」

「バッカみたい」

「あなた……」

 フフフ、三人共なかなか自然なリアクションじゃないか――と言いたいのを堪え、神妙な面持ちを保った。

 ここで選択は、わずかな間だけ沈黙を保つこと。

 その沈黙が、犯人にプレッシャーを与えるのだ。

 充分な間を置き、私は絶妙なタイミングで口を開いた。

「いいか、父さんはアルコールの臭いを調べる真似はしたくない! そこまで器量が小さいわけじゃない――」

 そこで一度言葉を区切り、私はもう一度三人を見回す。

「だから正直に言いなさい。正直に言えば怒らない」

 そこまで言うと、三人はそれぞれの顔を見合った。

 最初に口を開いたのはジロウだ。

「バッカじゃねえ? 信じらんねえ」

「アタシらを疑ってるの?マジで信じらんな〜い」

「あなた……」

 フフフ、思った通りのリアクションだった。

 信じられないだと?

 だが残念ながら、現在信じてないのは私の方だ。

「分かった。名乗り出ないなら仕方が無い……。今からアリバイ調査をする!」

 拳を振りかかざして言い切った私に、三人は目を見開いた。

 久々に気分が良い……。

 

 

 

 まず始めに、経緯を順序良く考えていこう。

 私は風呂上りのビールを一日の楽しみにしている。

 しかし夕食後、今日に限りそのビールが切れているとツマエが言った。

 私が言うのもなんだが、ツマエは中々良く出来た妻で、そんなことは今まで一度もなかった。

「今からコンビに言って買って来ます」

 そうツマエが言ったので、ちょうど煙草が切れかけていた私は自分で行くと申し出た。

 我ながら良き夫だと思う。

 そしてコンビに行き、煙草と五百mlのビールを1本、それにマヨネーズを買った。

 事件にはあまり関係の無いことだが、一応言っておくと、マヨネーズはツマエに頼まれたものだ。

 そして帰宅し、キッチンへ向かった。

 冷蔵庫のドアを明け、いつもの場所――牛乳パックの横にビールを入れようとしたが、その場所が空いてなかったので別の場所に置いた。

 そう鮮明に覚えている……。カニだ。蟹の横に確かに置いたのだ。

 そうしてリビングに戻り、時計を見たのを覚えている。

 時計の針は七時五十五分を差していた。

 ということは、ビールをしまったのはその時間と考えて間違いないだろう。

 その時リビングには、ツマエと娘のイチコ、二人がバラエティ番組を見ていた。

 私はソファに腰掛け、新聞を読み始めたのを記憶している。

 その約三分後、七時五十八分くらいだろう、ジロウがリビングに入ってきた。

 どうやらトイレに入っていたらしい。

 そうして八時十二分に私は風呂に向かった。

 この時間もハッキリと覚えている。

 そして風呂から出た八時四十三分、事件は起きた……。冷蔵庫のビールが無くなっていたのだ。

 もちろん、蟹の横にも、いつも置く牛乳パックの横にも見当たらなかった。

 よって、八時十二分〜八時四十三分の間がビールの持ち出された時間――いや、『犯行時刻』と言っていいだろう。

 

 

 

 私は犯行時刻を頭の中で再確認すると、一人ずつ『アリバイ』を確認することにした。

「これから一人ずつ、アリバイ確認をさせてもらう」

 その言葉に子供たちが口汚く批判の声を上げるが、あえてそれは聞き流す。

 ツマエは批判の言葉を口にはしないが、何か言いたそうに上目遣いに私を見ていた。

 分かっている。私とて我が子を疑いたくはない……しかしっ! これはハッキリさせなければいけない。

 家族とはいえ、人の物を勝手に飲んだ挙句、それを訊かれても正直に言わない。

 我が子でも……いな、断じて否っ!

 我が子だからこそ余計にそんな精神を許してはいけない!

 決して、私が楽しみにしていたビールだからというだけの問題ではない!

 私は決意を固めて咳払いを一つし、子供たちをジロリと見据えた。

 まずはジロウだ。

 ジロウは無類の酒好きで、その点を考えれば限りなく『黒』に近い。

「ジロウ。私が風呂に入ってる八時十二分から四十分の間、どこで何をしていたか言いなさい」

「な、何でだよ! ふざけんなよ!」

 ジロウは慌てふためきながら不平をこぼす。

「いいから言いなさいっ!」

 そこで私はピシャリと言い放ち、ジロウの不平を一蹴した。父の威厳だ。

「……しばらくここにいて、それからは二階に行ってたよ!」

 口を尖らせながらそう言うと、ジロウはそっぽを向いてしまった。

「二階に行ったのは、正確に言えば何分頃だ? そして二階で何をしてた?」

「なっ……どうしてそ、そ、そ、そんなことまで言わなきゃいけないんだよ」

 言葉自体は強気だが、口調はしどろもどろだ。

 いきなり本命直撃か?

 内心私は落胆した。それではあまりにも骨が無い……。

 そんなことを考えながらジロウをジッと見据える。

「ジロウが二階に行ったのは二十四分くらいよ」

 ソファの背もたれに肘を突き、そっぽを向きながらイチコがそう答えた。

 どうやら、イチコは不本意ながらも協力する気になったらしい――いや、まだ分からん!

 イチコはしたたな性格だ。もしかしたら私の心証を良くするための作戦かもしれん。

「……それは確かか?」

「そうよ。だってちょうどCMになったときで、時計を見たもん」

「なるほど……。で、ジロウ、二階で何してた?」

「携帯で電話してたんだよ!」

 フフン、どうやらやっとジロウも協力する気になったようだ。

「誰とだ?」

「何でそんなことまで言わなきゃいけないんだよ! プライバシーの侵害だろ!」

『プライバシー』だと? 学生時代に英語の成績が1だったくせに、自分に都合の良い単語だけは覚えおって!

 そう怒鳴ってやりたくなったが、その言葉を寸でのところで飲み込んだ。

 尋問する側が冷静さを欠いては犯人の思うツボだ。

「誰と電話していたか言いなさい」

 私は意識的に声のトーンを落とし、冷静さを殊更ことさらアピールしながら言った。

「ととと、友達だよ!」

 声が上擦っている。やはり怪しい。

 そこで私は一つの作戦を閃いた。

「おい、ジロウ。携帯が鳴っているぞ?」

「え?」

 もちろん着信音など鳴ってはいない。

 ジロウは首を傾げながらポケットから携帯を取り出し、着信を確認した。

 やはり持っていたか!

 最近の若者は携帯を手放さない。

 聞くところによると、風呂まで持っていくヤツもいるらしい。

 私はその期を見逃さず、ジロウの手から素早く携帯をひったくる。

 その行動にジロウを始め、イチコとツマエも唖然としていた。

 その隙に着信記録を手早く確認する。

「なっ! 何してんだよ!!」

 ジロウがやっと我に返り、怒鳴りつけてくるが気にしない。

 捜査はときに強引さを必要とすることもあるのだ。

 犯行時刻に発信履歴は無い。次は着信記録だ。

 そして着信記録には――

「エイコ? 八時二十分?」

「返せよ!」

 そう怒鳴なりながら顔を真っ赤にし、ジロウは私から携帯を奪い取った。

 エイコというのが気になったが、どうやらジロウは本当のことを言っていたようだった……。

 

 

 

 重苦しい沈黙がリビングを包む。

 ジロウもツマエにさとされ、やっと落ち着きを取り戻した。

「じゃあ、次はイチコだ」

「あなた……」

 何か言いたそうにツマエが声を掛けてくる。

「おまえは黙っていなさい!」

 そう一括し、私はイチコに向き直った。

「え〜……あたしはぁ、ずっとTV見てたぁ」

「ずっと? 一度もリビングを出なかったのか?」

「そう」

 フフン、それが本当か確かめる手段もすでに考えてある。

 私は黙ってテーブルの上にあったリモコンを取ると、それを操作する。

 それはDVDのリモコンだ。

 イチコは好きな芸人が出ると、TVで見ているにも関わらずDVD録画をする。

 その熱心さを勉強に活かしていれば――などと今はそんなことを言っても仕方が無い。

 問題は、私が風呂に入る前、新聞を読みながらチラリとTVに目をやったとき、その芸人が映っていたことだ。

 そして、当然のようにDVDも稼動していた。今はその動きが静寂を保っていた。

 私は勿体つけるようにTVとDVDのリモコンを手に取り、それを手早く操作する。

 案の定、風呂に入るときに流れていた番組が録画してあった。

 記憶を頼りに、私が風呂に行くときに流れていた場面を映すと、一時停止をしてイチコに質問をする。

「番組はこの後どうなる?」

「はあぁ?」

 あからさまにイチコが嫌な顔を見せた。が、そんなことでは怯まない。

「どうなるか答えなさい!」

「え〜……。たしかぁ……」

 そのような具合に、ランダムに場面を選択して質問を繰り返したが、イチコの記憶力は中々のモノで、全ての質問に的確に答えた。

 どうやら『ずっとリビングにいた』と言うのは本当らしい。

 しかし、まだ完全に信じるわけにはいかない。

 もちろんジロウもだ。

 電話をしていたのは本当だが、それが何分までだったかは分からん。

 仮に、ずっと電話をしていても、ビールを取ることは可能だ。

 ビールを飲みながらガールフレンドと電話する――その光景を思い浮かべ、なぜか無性に腹が立った。

 ツマエは……それはない! ツマエは酒の類は一切飲めない。

 それと気になることが――それは、三人からは不思議とアルコールの臭いがしないことだ。

 ということは、取っただけでまだ飲んでいないのかもしれない。



 とりあえず良い打開策が見つからず、沈黙の中でにらみ合いが続く。

「ツマエ、おまえはどこにいた」

「あなた……」

 また何か言いたそうだが、容疑者がいる中で甘い顔は出来ない。

「いいから言いなさい!」

「……」

 ツマエが黙り込んだ。

「ちょっとぉ、お母さんまで疑うの? お母さんお酒は飲めないでしょ! 最低えぇ!」

 最低? おおいに結構。このような状況でなくとも、日頃から『最低』と言ってくる。

 そんな娘に、今さら最低と言われても、鋼のような私の心は折れはしない。

「イチコは黙りなさい!」

 私がイチコを一睨みすると、ツマエが重い口を開いた。

「……あなたが出て来る直前まで、ずっとキッチンで洗い物をしてました」

 ツマエが低い声でボソリと言った。

 一瞬、三人でギクリとする。

 明らかに怒っているときの口調だ。

 普段は温和なツマエの怒りは、某アニメの『クマの○ーさん』を見た直後、野生の実物リアルな熊を見て受ける衝撃に値する。

 要は、そのギャップに戦慄が走るのだ。

 私は取り繕うように咳払いを一つした。

「ああ……おまえを疑っているわけじゃないんだ。その、なんだ……その間に誰かキッチンに来なかっ――」

「来てません」

 うおっ! 私が最後まで言い終わらぬうちに答えてきた。

 しかし、ここで怯んではいけない。

「そんなわけないだろ! 私は確かに冷蔵庫に入れた! 蟹の横だったと記憶している!」

「……」

「しかし、蟹の横にも無ければ、いつもの場所にもない! 誰かが取ったとしか考えられん!!」

 そう声を荒げて言うと、ツマエがスッと立ち上がった。

 私を含め、三人でまたビクリと身体を震わせる。

「……」

 身を仰け反らせる私たちをよそに、ツマエは黙ってリビングを出て行ってしまった。

 残された三人で、これから起こるかもしれない惨劇の予感にソワソワしていると、ツマエが静かに戻ってきた。

 そうして、そのまま私の横で仁王立ちをする。

「ひ、ひ、人の話の途中に、ななな、何をしていたんだ!」

 ツマエを見上げて怒鳴るが、声が上擦っているのが自分でも分かった。

「……」

 黙ったまま仁王立ちしていたツマエの腕が振り上げられた。

「ヒッ!」

 私が思わず情けない声を漏らしたその直後――

 ダンッ! とテーブルを叩く強烈な音だった。

 三人とも肩をすくめ、目をつぶっていた。

「……」

 しかし、テーブルを叩いた音の後は静寂が広がり、私は恐々と片目を開けた。

 すると目にしたのは――

「なっ! 一体何処に……」

 私は驚き、これでもかと言わんばかりに目を見開いた。

 テーブルの上にはビールが――間違いなく、私が買ってきたビールが置かれていた。

「ツマエ……おまえだったのか?」

 ツマエを見上げ、そう問いかけた私にツマエがボソリと呟く。

「蟹……」

「え、なに? かに?」

「蟹……明日、食べようとしたんです」

「?」

「だから解凍しやすいように、『冷凍室から冷蔵室に移しておいた』んです…」

「冷凍室から……冷蔵室? ……っ!」

 私はそこでハッとし、記憶が鮮明に甦った。

 風呂から上がり、冷蔵庫を開けた。

 ビールは『蟹の横』にも、牛乳の横にも無かった。

 私は『冷蔵室を見ていた』のだ。

 元々、ツマエが蟹を置いてのは『冷凍室』。

 私はいつもの牛乳の横に置けなかったので、まだ移動される前の『冷凍室にあった蟹』の横にビールを置いたのだ!

 そう、私はビールを冷凍室にしまった。

 ちょうどその方が、風呂上りにキンキンに冷えてると思って……。

「……」

 気まずい。とても気まずい空気がリビングを覆う。

 刺さるような視線が痛すぎる。

 …

 ……

 ………

「アハ! 父さん、勘違いしちゃった……テヘッ!」

 

 この後一ヶ月、私は家族から『存在しない人』として扱われることとなる。

 テーブルでは、キンキンに冷えたビールが、まるで泣いているように濡れていた……

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ネットで窃盗を自白している人が最近多い。だから「盗った」で検索してみれば、この作品が出てきました。 きっと親父の勘違いだろうな~と思って読んでいれば、やはり犯人は本人と言うベタな展開w …
[一言] 確かに推理ものとしてはちょっと物足りなかったです。でも、コメディとしてはよかったです! 父の言動には笑わされました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ