悪い魔法使い
以前、WEBサイトに投稿したものです。落選でした。
僕と春香は幼馴染だ。
僕は、春香が本を読んでいる時が好きだった。悲しい時は顔を曇らし、楽しい所は顔をほころばせ、よく表情が変わった。いつも本の内容を僕に体で表現しながら喜々と教えてくれた。
「わるい魔法使いがお姫様に魔法をかけるの。かけられた魔法を皇子様が解こうとするの」
僕は、頷きながら聞いていた。
僕は、春香が好きだった。春香と僕との距離は離れないと思っていた。
しかし、今は、あの顔を拝めなくなっていた。
春香と僕は陸上部へ入部した。しかし、僕は運動が苦手だ。端的に云うと運動音痴なのだ。運動は何をしても駄目だ。しかし、春家の近くに居たかったから陸上部に入部している。運動音痴だと皆分かっている為、雑用をしている。その方があっている。
しかし、春香は走者としての才能を発揮する事となった。
陸上部にはエースとして認められた先輩がいた。春香はエースと同じく、皆が特別視するようになった。日々、春香と僕の間に距離を作り始めた。僕は、春香をよく見ていた。他の部員と一緒にエースへ目を向けていて、恋をしたのも知っている。それが、憧れの眼差しだと僕は知っている。
ある日、エースが体を痛め退部した。その時から、エースへ向けられていた期待の眼差しが彼女へ強まっていった。そして、記録が伸びなくなっていった。期待に押し潰され、笑顔が無くなっていった。
ある時から試合や記録会で突如として居なくなる時があるようになった。その後は、記録も良好で、気持ちも安定していた。そんな時には、元エースの姿が目の片隅に捕らえていた。このような時が多くなっていった。
記録会の日、春香が部室から飛び出して来た。僕には気付かず、頭を抱え駆け出した。取り乱している。僕は、声もかけられず後を追っていた。校舎の廊下、階段を駆けていく。四階へ向かう階段を駆け上がる。四階と言っても、物置だった生徒会の部屋と屋上へ出る扉があるだけだ。屋上への扉を勢いよく開けて飛び出した。僕は、扉を少し開け影に隠れた。
隙間から、春香の悲痛な声が聞こえた。
「早く薬をちょうだい。
あれが無いと保てないの。
皆の目から守れない。」
男に掴み掛っていた。男は、元エースだ。春香の腕を掴んだ。
「薬が無くても大丈夫だ。
自信を持て。
お前は、自信が持てないだけだ。」
「あれが無いと落ち着かないの。
私はダメな人間になってしまうの。
怖いの。
あの薬を飲めば落ち着ける。」
僕は、その光景を見ていた。男は、薬だろう、何かを渡している。彼女は、何かを口に含み、男から受け取ったペットボトルの水を浴びる様に口から溢れ出しながら飲んでいた。
彼女は、自信を取り戻した顔で僕の方へ歩き出し、僕の横を通り過ぎた。僕へ、冷たい一瞥を向けて。
僕は彼女が出て来た扉を開け男の前へ出て行った。
「春香に何を渡したんだ」
元エース前へ出て行くと男は驚いた顔をした。
「尊。聞いていたのか」
「何の薬を渡していたんだ。まさか、危ない薬…」
「まさか。呑むか?」
男は苦笑いを浮かべている。ズボンにポケットから取り出して僕の前に出した。病院で貰うような小袋に入った薬を出してきた。僕は、受け取った。
「これ、何時も呑んでいた薬じゃないですか」
「そう、只の頭痛薬。こっちが良いか?胃痛薬。」
ポケットに手を差込み探り出した。
「なぜこれを?」
元エースは僕に目を向けた。
「大会の時、頭を抱えていたからこれを渡した。
魔法の薬だと言って。
只、自信が持てないだけ。
あそこまで信じるとは思わなかった」
この男が、春香に悪い魔法を掛けたのだ。
空は曇りもなく青く澄んでいた。
グラウンで鳴らされるピストルの音が響いてきた。
大会が学校外のグラウンドで行われることになった。春香は誰も来ない片隅で蹲っていた。
「春香。そろそろ集合しないと」
春香は自信のない目を僕へ向けた。
「春香」
春香は何も言わない。体を揺らしながら立ち上がり、扉に立っている僕の方へ来た。僕は、春香の手を握り締めた。
春香は僕を睨みつける。僕と春香の距離は周りの目に影響され離れてしまった。
「薬がなくても大丈夫だよ」
僕は力無さげの声を出してしまった。
「尊くん、あれがないとダメなの」
春香は力ない声で呟いた。春香は、僕を真直ぐに見ていた。
僕は、春香を解放しようとしながら、縛り付ける。
春香を独り占めするために。
「ここに、魔法の薬があるよ」
ポケットから薬を取り出した。
僕も、わるい魔法使いだ。