1-4 教える
「あー、今の裏周りは注意して。
相手の後方をとるのはわかるけど、体格差考えて。
大型相手だと今みたいに後ろ脚とかにひっかけられたらアウトだから」
「はい、わかりました! ありがとうございます!」
歩は砂地のグラウンドで、今日もまた慣れない教官をしていた。
「怪我は――してないね」
「はい、大丈夫です!」
微妙に違うイントネーションに違和感を感じつつ、怪我がないか実際に確かめる。
竜に軽く吹き飛ばされた男生徒――といっても一個上だが――の身体についた埃をぱんぱんとはたいていくが、擦り傷程度で、特に怪我はなさそう。
頬まで砂まみれだが、それは歩も同じだ。竜があちこちで動き回っているため、巻き上げられる砂煙は強風時の砂漠とそう変わらない。
茶色でくりくりとした瞳の男生徒の興奮しきっている様子を見て、あ、これやばいかもと思いながら、重ねて注意する。
「何度も言うけど、絶対無理はしないこと。
一か八かに賭けるんじゃなくて、相手がミスするところを待つようにね。
負けて当然、勝ちを拾えたらラッキー位の感覚で」
「はい!」
「……」
「はい!」
「まず竜に自分を見失わせること。死角は多いから、焦らず丁寧にね」
「はい! おねがいします!」
いかんなこれ、と思いながらも、再度やらせてみる。
が、あっさりと尻尾に弾き飛ばされてしまった。
迷彩のボトムスがコスプレにしか見えない小柄な身体を引きあげる。
「すみません、よくわからないです! 実践していただけないでしょうか!?」
――仕方がない、あんまりやりたくないんだけど。
案の定なお願いにげんなりしつつ、ちょっと見ててと棍棒を手にとって、歩自身が竜の前に立った。
四メートル位の、翼のない直立型のオーソドックスなタイプ。
だが尾が三本、それぞれの先に鉄球にみたいなのがついていて、かなり危ない。
目と目を合わせ軽く目礼した後、さっと動く。
まずは相手の手がぎりぎり届かないところでふわふわと動いて牽制。
案の定、痺れを切らした相手がくるりと尾を振りまわし始めたところで、距離をとり、ぱっと相手の回る方向とは逆に身体を走らせる。
これで相手は自分を見失った。
そして気を見て懐に。後ろではなく前へ。わざと見える位置に動く。
相手の動きの誘導が目的だ。
そこで相手が咄嗟に出してきた爪の一撃をぱっと下がって避ければ、目の前には態勢が崩れた竜。
飛び上がりながら、相手の頭をぽこりと叩いて終了。
「まあこんな感じで。視線を切る方法は色々あるから、自分で探してみて。それから後は、その延長線上だから。竜といってもしっかりと考えて動いてくるから、その先を呼んで。逆に考えなしの動きには、基本手を出さないように。博打を始めたら、体力あるほうが勝つから――みんな訓練しようぜ」
ざっと先程の生徒のところへ歩いていく途中で、周りの視線が自分に集まっていた。
組手が完全に止まってしまっている。
拍手しているやつまでいた。
――こうなるからあんまりやりたくないんだよ。なまじ嬉しいだけに、なんか自分のあさましさが見える気がして。
「はいはいみんな、いい見本ができたね! できた人から今日上がりだから、頑張って!」
リズの茶目っ気含みの難題にえーっと声が上がったが、はいはい頑張ってもう終わりだから、とけしかけられ、訓練が再開する。
先程の生徒から離れてから、再び始まった組手全体を観察すると、その中の何人か、今さっき歩がやったように動いているのが見えた。
「やった甲斐があったね」
「恥ずかしいからあんまりやりたくないんだけど」
いつのまにかやってきたリズに返答すると、くすっとした笑い声が聞こえた。
「えっと、教官! 質問があります! 訓練以外の時間何されてるんですか?」
組手を終え、たっぷりと時間をかけたウォーミングダウンをしている最中、先程の小柄な男生徒がそう話しかけてきた。
え、となったところで、また周りの視線が自分に集まるのが見えた。
「えっと、自分の訓練とか、適当に」
「そうですか! ありがとうございます!」
え、それで終わり、と思っていると、相手がさっと奥に引っ込んでいった。
視線を回してみたが、全員にぷいっと視線をそらされた。
「ぶっきらぼうに言うからじゃない?」
事務室に戻る途中で、リズがそう言った。
「そうかな」
「この三カ月間全然話しかけられないで不思議に思ったことない?」
「嫌われてるのかなーと」
からからと笑われた。ちょっとむっとする。
「だって、いきなり海外から来たちんちくりんな竜と竜使い、年齢はほとんどの人から見て下の外国人、そんなのがいきなり自分達を教えますとか言われたら、反感おぼえない?」
さらにリズを振ったし。見た感じ、多分みんなのアイドル的な存在の。
リズが笑いながら答えた。
「歩は自分の力をもっと信じたほうがいいんじゃない? ここにいるのはみんな私と同じで、自分もパートナーと一緒に戦いたいって人よ? 歩のことを尊敬こそすれ、蔑んだりはしないよ。
みんな歩に興味あるし、話をしたいと思ってるけど、歩がなんだか機嫌悪そうな感じだから、手を出しかねてるだけ。訓練の時、拍手されたりしてんのに、嫌われてるはないでしょ」
「それはそうだけど」
言われてみると、周りを見えていなかった気がしてきた。
訓練以外何してるのか、と聞かれたとき、ぱっと自分の訓練かなと答えたが、いざ考えて見ると本当に何もしていない。
教えるほうの訓練の準備と、なまらないための自分の訓練、それに飯とかの時間を抜くと本当に何もしていない。
わざわざ遠くにやってきたのに、観光どころか家の敷地から出たことすらない。
だけど。
「いきなり外国で、なにからなにまで違う環境で、教わる側から教える側に立たされると、いっぱいいっぱいになっても仕方がなくない?」
「まあ私もきつそうだから言わなかったんだ。けっこう歩のこと聞かれたのよ?」
「え、どんな?」
気になる、と言おうとして、返答に愕然とした。
「いつ結婚するんですかって」
ぱっとリズの顔を見た。涼しげないつも通りの顔で、その奥で何を思っているのかわからない。
「えっと、それは、その。みんな知らないの?」
「みんな、婿が来たと思ってるよ」
えーっとそれは、なんといいますか、うん。
そこで都合よく事務所についた。
いや、ついたところで結局二人きりだし、あ、でも、とりあえず事後処理があるからそっちやれば、と思っていると、中に見慣れた黒いのが見えた。
「アーサー、どうしたの? 珍しくお酒飲んでないけど」
昼間っから酒飲んでないの逆に聞かれるってどんだけよ、と思いながらアーサーの顔を見ると、あ、と声をあげそうになった。
時がきたんだ。
「リズは聞いていないのか」
「聞いてないけど、そういうこと?」
「ああ、歩、本当におつかれだった」
インテリジェンスドラゴンとは何か、知る時がきたんだ、と内心で息をつきながら、にやりと笑って言う。
「酒飲んでばっかのパートナー持って大変だったわ」
「ふん、我も頭脳労働しておったのでな。リズ、竜騎士戦術だいぶ変わったから、覚悟しておくといいぞ」
「それは楽しみね」
「このぼんくらに振られたこと位、すぐに忘れられるぞ」
おい。
本当は続きも入れようとしたんですが、区切れた&量的に微妙なので投稿