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1-3 リズ










「おつかれさまでした」


 訓練を終え事務室に戻った歩は、リズにおつかれさま、と返しながらソファにどさっと腰を下ろした。


「疲れた? あんだけ日差しが強いとあんま動かなくてもきついよね」


 そんなことを言いながらも、リズは疲れた様子を見せずに訓練終了後の事務仕事に取り掛かりはじめる。

 てきぱきと書類にサインしていくリズの動作をぼけっと見ながら、歩は大きく息を吐きながらソファに身体を預けた。




 リズの生家であるバウスネルン家は、考古学研究で身をたててきた名門貴族だ。

 政争に参加することはほとんどないが、その知識は重宝されており、上手く聖竜会を泳ぐことで無害な中堅貴族の立ち位置を得ている。


 そんなある意味日和見な家なのだが、だからといって全くの平和主義というわけではない。

 研究には戦史、戦術研究もあり、竜使いのたしなみも含め、それらの実践にも手を入れているのだ。


 そのため、実際に運動施設も作ってあり、交友のある竜使いを集め、そこでこうして戦術研究を兼ねた訓練も行っているのだ。


 そして歩に出された条件も、その絡みだった。

――バウスネルン家の訓練所にて、三カ月間教官をすること。

 歩は学生を卒業した途端に、教える側にたったのだ。







「はい」


 リズに温かいマグカップを差し出され、慌ててありがと、と受け取った。

 中身は海向こう、歩の故郷でとれ、親しみのあるお茶だった。

 気を使ってくれたんだ、と思うと同時に、そんなに疲れた様子だったかな、と軽く自己嫌悪する。

 教官といっても、大したことは何もやってないのに。


「ほんと、ごめん、色々まかせっきりで」

「学生だったのに、いきなり異国で教官役なんてしたらそれでも当然だよ」

「でも流石に三カ月たってもこれじゃね」


 はーっと大きく息をつくと、リズが少し困ったような笑顔。


「またため息。そんなに疲れる? 気疲れ?」


 こくりと頷いた。

 実際やってみると、教えるのは本当に疲れる。


「なんとなくでやってた部分が多かったんだなー、って教える立場になったらわかったなー。教えようと思ってもなかなか言葉にできないし、出てきても上手く伝えられないし。それにあんまりじろじろ見ても緊張させちゃうし」

「難しいよね。声をかけすぎても混乱しちゃうし、かけなさすぎても不安になるし」

「基本的な戦闘動作はできてるから、基本的には相手のタイプ毎の対策が多くなるし、どうもね――リズはすごいよ、それも十五歳からやってるとか」

「竜騎士の確立のためだから」


 リズはまっすぐとそう言った。


 戦いと名のつくものは全てパートナーに任せ、人は後方で口だけを動かすことが常道となっているこの世界において、人も竜と共に戦うという戦術。

 それが現在、リズが実現しようとし、バウスネルン家が研究している内容だ。


 リズは小さい頃からこの竜騎士の実現を志し、中学を卒業するころには教官を務めた。

 それもバウスネルン家の人間だからでなく、竜騎士の中で一番強いからという理由で。

 その熱意に押され、家もリズの竜騎士を一家の研究内容とし、戦術構築という名目で、リズの後押しを始めた。


 初めは馬鹿にされていた研究も、リズが各大会などで活躍するたびに逆に信望者を増やしていき、今では王立大学でも専門の部署ができる位になっているらしい。

 実際、こちらの国では『竜騎士リーゼロッテ』といえば、知らない者はいないらしく、リズが歩達の国に行って嬉しかったことの一つに、あのリーゼロッテと扱われないこともあった、と聞いた。

 それくらい、竜騎士は今熱い存在なのだ。


 何も言われていないが、インテリジェンスドラゴンという自分が呼ばれた理由もこの竜騎士のためだ、と歩は思っている。


「経験よ経験。歩も相手との距離を掴めたら、楽になるよ」

「……ベテランだね」

「っていっても、肝心の戦術研究については兄達にまかせっきりなんだけどね。私は身体動かしてるだけ」


 謙遜はしているが、竜騎士研究の中心いるのはリズだ。

 竜騎士理論の確立と育成という目標にまい進する姿はエネルギーに満ちている。


 そして本当に役に立てているのか疑問でも、その夢の一端に参加できていることに、歩は些細な幸せを感じていた。


 だが、不安もあった。


 リズが作業を終え、歩も終了のサインをした後、事務所を出て、現在居候させてもらっている、バウスネルン家の本館に向かった。

 バウスネルン家の敷地は本当に広い。

本館はまるで城のようで、訓練所以外にも学校ほどもある白塗りの研究所や、テニスコートまである。本当に中堅貴族なのか? と疑いたくなる豪華さだ。


 本館も歴史を感じさせる石作りで、廊下には赤い絨毯、壁にはわけのわからない絵画や、派手な壺が飾られている。

部屋の半分は書架が並んでいるだけ、というのは流石は研究で身を立ててきた家、という感じだが、考古学研究の貴族というには不釣り合いだ。


「もう夕食できたみたいだから、アーサーとリンドヴルム誘って食堂行こう」


 そう言うリズに頷いて返しながら、二体のいるパートナー用に出入り口が大きく作られている客間に向かった。

 そしてそこに広がる光景こそ、歩の不安の種だった。


「おー歩とリズー お疲れ様― よく働いたか?-」


 黒く光る鱗に緑の瞳、二本角は大木のような趣で生えていて、爪は名刀よろしく輝いていて、まさしく竜の中の竜――ただし大きささえ考えなければ――そしてその口調は完全に深夜二時の歓楽街の五十台、これが歩のパートナーのアーサーだ。


「……また酒飲んでんのか」

「だっていくらでも呑んでいいっていうからさー もう昼過ぎには戦術研究の方もひと段落ついたし、自由な時間に自由に飲める酒があるといえば、そりゃ飲むさ」


 天蓋付きのベッドの中央で、酒瓶と一緒にクッションに埋もれているパートナーの姿を見て、

前とは別のため息をつく。


「昼間から飲んでんじゃねえよ!」


 酒瓶に抱きつく形の相方を摘まみ上げる。なんかストラップみたいだ。


「こっちじゃこれ水だからー仕事上がりに水飲むなんて普通でしょー」

「酔っぱらってなけりゃな」

「固いこと言うなよーそんなんだから三カ月たってもバウスネルンの家のやつら以外仲良くなれねーのよ」

「うっせえ酔っ払い」

「ぎゃふん」


 ベッドに叩きつけるとげっぷのような音を立ててクッションに埋もれた。

 そのまま動かないのは、多分夢見心地なんだろう。


「ほんと、二人は仲いいね。さすがパートナー」

「……変わる?」

「私にはリンドヴルムがいるから~」


 寝そべった飛竜型パートナーのリンドヴルムに抱きつきながら、リズが言った。

 竜騎士の片割れであるリンドヴルムは絨毯に上で目をしぱしぱとしていた。

飛竜型で、大きさこそ馬を二周り大きくさせた位だが、その機敏さ、空を駆け廻る美しさは、空を泳ぐ魚のよう。

 寝そべっている姿も、佇まいがあった。


 それに比べて、このクッションに頭から突っ込んでケツをこちらに向けているアホは。


「アーサー飯だぞ」

「おうおう。苦しゅうない。そなたに我が輿の役目を受け渡そう」

「……酒瓶のある方に投げればよかったか」

「冗談だろうに」


 頭を上げぶるぶると震わせた後、ばさりと音を立ててアーサーが飛んだ。

 それが合図だったかのようにリンドヴルムも身体を起こし、二人と二体で食堂へ向かった。


 途中、何名かメイドにあったが、丁寧におつかれさまです、リズ様、歩様、リンドヴルム様、アーサー様と礼をしてくる。

 本当にこの家では、歩は下にも置かない扱いを受けている。


 生憎他の人達は用事があったのか、夕食は歩達だけとなったが、食堂でもリズと変わらない態度、料理で歩をもてなしてくれた。

 花で装飾された長机に、前菜、メイン、デザートと、まさに貴族な食事だ。


「うむ、苦しゅうない」

「すみません、酒はほどほどで止めてください」

「酒ではないといっておろうに」

「酒臭くない口で言え」

「酔ってないぞー」

「頭ぐらぐらさせてんじゃねえよ!」


 くすくすとリズと執事メイドみんな笑ったが、嘲りの色はなく、ただ家族の面白コントに笑っているという感じだ。


 本当によくしてくれているのだ、この家の人達は。自分とアーサーに。


 だからこそ、歩は不安になる。


 なにが、というわけではない。

実際にはインテリジェンスドラゴンのことなんてほとんど知らず、竜騎士の研究の一環のために歩達をここに留めているのかも、とか、逆にアーサーのことを調べたくて呼んで置いて、いざ出ようとしたら拘束されるかも、とかは思っていない。

 それは半年前に見た、リズの自分に対する余りに健気な姿を思い浮かべればない。少なくともそう思いたい。


 この不安は多分、拍子抜けからきている。

 竜殺しの竜、なんていう血なまぐさいものを追っているのに、こんなにふわふわとした日々を送っていいのだろうか、と思ってしまうのだ。

 幼竜殺しからこちら、色々と悲惨な目にあってきた。

 だからこそ、インテリジェンスドラゴンを、竜殺しの竜を追い求めると決めたとき、決意した。覚悟したのだ。道中の困難と悲惨さを。


 だが最初にリズに頭を下げた以外はこれといった障害はなく、むしろ綿で包まれるような日々を送っている。

 それが余りに、都合がよすぎるように感じてしまうのだ。


 そして不安の種はもう一つある。


「じゃあ歩、おやすみ」


 食事を終え、リズとリンドヴルムの姿が廊下の角に消えていくのを見て、肩の力が抜けていくのを感じた。


 リズは何も言ってこない。毎日顔を突き合わせているのに、まるで歩が振る前の、朗らかなリズのようなのだ。

 歩はリズを振った。

それも多分、いい振り方じゃなかった。

恨まれても仕方がない、と今だと思える。

散々迷って希望を持たせておきながら、いきなりすっぱりと断った。

その上、後になって身勝手な頼みをしたのだ。


 正直、歩はリズと会うのが怖かった。

殴られたり罵倒されるのが怖いからじゃない。

それは自分が受けなければいけない罰だと覚悟は受けてるし、リズがそういうことをするとも思っていない。

ただ怖かった。

気まずい空気が形になることに。

その空気が自分を押しつぶそうと迫ってくることに。


なのに、船から降りてこちらの国で対面したときのリズは、まったくそんな空気を出してこなかった。

ひさしぶり、元気してた? しっかり働いてもらうからね!

そんなもんだった。


多分リズもそんな空気を嫌がったんだろうとは思う。だから歩も務めて明るく振る舞った。

だけどリズはこの三カ月間、まるで尻尾を出さなかった。

本当に歩が振る直前からの記憶が抜けているかのようなのだ。


リズには責められず、リズの家族にはいい扱いを受け、使用人には客として完璧な歓迎を受け、あまり交流こそしないものの、尊敬されているのがわかる年上の生徒達

その余りに都合のいい環境が、歩は不安だった。


これから先に、これまで受けた幸福の分だけ不幸があるのではないかと。











「では話をするかの」

「ですね。検査は済みましたし、もういいでしょう」

「リズも辛かったろうに」

「あれは本人が望んだことだ、その同情はいらんだろう」

「インテリジェンスドラゴンか、本当に我らの内に来るとはな」

「あら、餌で釣っておいていまさらですか?」

「品のない言い方は嫌いだ」

「どちらにせよ、転がり始めた巨石を止めることはできん」

「そうね、乾杯でもしましょうか」

「何に?」

「竜殺しの竜とかわいいリズを振ってくれた男の子に」

「「「……」」」

「乾杯」

「「「……乾杯」」」



続きはまた明日(今日)

……朝七時は深夜三十一時だから 

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