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0-1 真実と現実

遅くなってすみません! 毎週土曜更新でいきます!





 私は勘違いをしていた。聖竜会という組織について。ドラゴンという存在について。



「藤原様、時間です」

「はい――キヨモリ、行くよ」


 その呼び掛けに、唯は隣で寝息をたてる巨躯を叩きながら立ち上がった。


 ゆるりと風が起こる。ささやかだが力強い空気がながれてくる。かぎなれた、獣と鉄と人を足したような匂い。竜の匂い。


 岩のようなごつごつとした肌と、張り裂けんばかりに隆起した肉。

棍棒のような両足と、鈍く光る両腕の爪、角がないシンプルな頭。体色は新緑。

理想的な竜とよくため息をつかれる立派な姿。

しかし唯にとっては、受けた恩恵よりも乗せられた荷物のほうが多い、呪いだった。今までは。


「体調はどうですか」


 呼びに来た連絡係の人が言った。黒蛇製の迷彩服をまとった、お兄さんでもおじさんでもない軍人。


「良くも悪くもないです」

「そうですか」


 寝起きで大口のあくびをするキヨモリを見ながら言った。

牛を丸のみしそうな大きな口にはずらりと牙が並んでいたが、怖くはなかった。

 緩慢で、どこか心地良さげな動作に、牙を剝くなんて想像はまるで働かない。


 唯はキヨモリを連れ、それまでいたテントの出入口に向かった。

入口脇に置いてあった、剣を手にとる。

使い始めて二カ月だが、もう一つの相棒になった、装飾を削った常寸だが幅広の刃物。


「正直、うらやましいです」


外に出ようとテントの分厚い布をすくい上げたとき、伝令の男がそう吐露した。

顔にはにじみ出るような悔しさが表れていた。


「戦場に出られること?」

「出陣直前まで寝ていられる肝の太さも、強さもです」

「あなたのパートナーは?」

「外に出てすぐのところにいます」


 テントの外に出ると、竜がいた。立派な翼を生やした翼竜だ。

確かに少し小振りでがあるが、引いたらそれだけで栄光が待っていると言われる竜の一体。

 だが竜と竜使いしかいないこの場では、羨まれるのではなく、羨む側なのかもしれない。


「あなたはあなたの仕事をお勤めください。それが前線の私達の力になります」

「――はい。失礼しました、他の方々は皆さんお揃いです。お急ぎください」

「わかりました」


 テントから出て、集合場所に向かう。

巨大な竜が入れる大きさのテントが林立した場所から、作ったばかりの林道へ。

木々を倒したばかりで、湿った黒土の足元。

鳥のさえずりと、木々のざわめきが本来満たすべき空間。


 だが今は全く別の、強い音が混じっている。一つ一つがお腹に響く声だ。強靭な肺から押し出された空気が、人の頭ほどの喉を通り、分厚い舌の上で踊って空気に大波を起こす。竜の悲鳴だ。


どれもが悲痛だった。鼻の頭の皺が乗り移ったような、細かい憎悪のこもった唸り声。今にも途絶えそうな、竜らしくない泣き声。自分を焚きつけるべく、どこに向かってか遠吠えする声。


 そのどれからも強い感情が伝わってくる。殺す、死にたくない、生きたい。


「おう、藤原の。遅れたな」

「申し訳ありません」

「いやいや、殺伐とした空間が、一気に華やいだよ。若い美人はありがたい存在だ」


 集合場所は開けた空間に、布と棒で囲いを作っただけの場所だった。

 中では人が十名ほど、同数の竜を後ろに控えさせて、パイプ椅子に座っていた。


 その中の一角、上座の方に唯は向かった。一番奥の上座の右隣りが藤原の席だ。

 途中、何人かと目があう。

若い男は苦々しそうな睨みを、中年の男は柔らかい会釈を向けてきた。


「失礼します、敵が姿を現しました」


 唯が席についてすぐ、報告が上がってきた。先程とはまた別の伝令役だが、その顔には固い緊張が見て取れる。

 その緊張が伝わったかのように、居並ぶ一面の顔がひきしまった。


「そうか、では行くか」


 隣に座った男の合図で、みんな立ちあがった。唯もまた従って、外にでていく。


 先程来た道から更に奥に進んでいくと、道の先で、突然森が途切れ、荒野になっているのが見えた。そして同時に整列した人と竜の後ろ姿もあった。

 林道が途切れ、人と竜でできた林道に入る。

壮観な光景だった。竜は小型のものはおらず、全てが中型かそれ以上。

竜使いは皆黒蛇製の浅黒いジャケットとパンツに身を包んでおり、腰には剣を指している。

竜と人双方の顔はきりりと引き締まり、強い緊張が走っていた。


 その群れの先頭につくと、唯達はずらりと横に並んだ。

数百数千の竜と人の集団の中、十の長。


「では向かうぞ。皆、気張るように」


 そう簡潔に挨拶が済むと、荒野の先への行軍が始まった。

 一面の荒野の中、時折煤けた切り株が見える。

ぽつりぽつりとあるそれは、切り株になってからずいぶんと時間が立っているように見えた。

ここがはるか昔から戦場であった痕跡だった。


 坂にさしかかった。曇り空が目に写る。雨が降りそうな、重い雲。士気が落ちなければいいが。


 だがそんなどこか悠長な思案も、坂を登り終えたところで消えた。


 一面のドラゴンがそこにいた。翼をもったもの、獣のように四肢で地をかけるもの。後方でずでんと構えるもの。共通するのは、彼らが唯達の隣にいる生物と似ているということだけ。


 龍。人の世界の外にいるらしい、竜に似て非なるもの。

 唯はつい先日までそうとしか聞かされない、一般人にしか過ぎなかった。

 だが唯は藤原の名を冠するようになって知った。

 聖竜会が守ってきた秘密、特別だった理由――

龍の侵略が、世間一般に認知されている規模ではないことを。

これまで人間は常に戦争状態であったことを。


「総員、戦闘配置!」


 ぴりりと緊張が走る。それもそうだ。竜対龍。人類最強である自分達と、同等以上の存在との戦いが始まるのだ。


 唯はゆっくりと剣を抜いた。

 いつのまにか、笑みがこぼれていた。

 だって隣にはキヨモリがいて、そして自分は初めて、真実と現実に向きあっているのだから。


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