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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
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5-2 その後








 母親が帰ると、途端に身体が重だるくなった。

 まる一日寝込んだ直後なのだからそれが当然だといまさら気付いたが、そう思っている間にもどんどん意識も糊のようにねばついていく。

外界と意識の間に膜がかかり、五感と時間の感覚が薄くなる。

時計を見ると、秒針が十秒分だったり、二十五秒分だったりを一度に刻んでいた。

壊れた時計なのか、自分の目が壊れたのか。

当然後者だ、と気付いたときには、もう時計は見えなくなっていた。


 「竜使いでも人間です、無理はしないでください」という医者の声はなんとか聞きとれたが、それも隣の部屋の蚊の音位かぼそかった。

 そしてそれ以外は何も聞こえなくなった。


 おもゆの中にいるような静寂の中、唐突に、変わらなければならない、とい聞こえてきた。

それはいつかの唯の声だ。

たった一度しか再生されなかったが、妙にはっきりと聞こえた。

それだけが頭蓋骨のふちにひっかかったように、意識の中に残る。


 変わらなければいけない。そうだ。その時期が来ていた。自分が気付かない内に。


たとえば、半年後の進路。

本当に、自分は今まで何も考えていなかった。なんでそんなに考えなしだったんだろう、と思う位漠然と、他人事のようにしか思っていなかった。ほんの数日前の自分を思い浮かべると、嫌に間抜けに見えた。


 さっき見た母親の疲れた姿もそうだ。自分が子どもから大人に変わる時期だったという合図だった。


 実際にどうするか? 

 大学へ行く? 一番妥当で、漠然とした答えだ。ただし逃げともとれる。

就職するか? 一応竜使いで、ギルド部での実績もあるため、就職口はある。お誘いの手紙の中には、今になっても受けいれてくれるところはあろう。だが一生のことを、そんな簡単に考えていいのだろうか?


そもそも今後のことはアーサーと話しあわなければいけない。

言葉の通じない通常のパートナーなら、意見は聞きつつも、基本は人間が決めればすむ。

しかしアーサーはインテリジェンスドラゴン。人間と変わらない思考を持っている。

ならば聞かなくてはならないだろう。


そう思ったとき、ふと何かがつながった。

アーサー。インテリジェンスドラゴン。竜殺しの竜。


竜殺しの竜となった後のアーサー。その態度。

そしてリズの言った、インテリジェンスドラゴンに関する情報の存在。


 すべきことが、見つかった。



 そのとき、重苦しい糊のような意識がさっと覚めた。


 部屋を見回そうと首を回そうとしたとき、背中に鈍い痛みが走って、身体がびくんとなった。

 そういえば自分重傷だったな、と今更になって思い出しつつ、ゆっくりと身体の緊張を解いてうつぶせに倒れこむ。


 母親が来て話をしているときは、まるで痛まなかった。

 もしかして、かなりやばい状態だったのかもしれない。

 けど、母親も医者も普通に話しかけてきてたっぽいし、そうでもなかったのかね、と思っていると、ドアが開く音がした。


「ども、生きてる?」


 慎一の声だ。


「生きてるよ」


 そう言いつつ、ゆっくりと身体を起こす。少し痛むが、案外身体は動く。


「おはよう、って感じかな?」

「だな。おはよう」


 唯がそう言った。後ろにはキヨモリもいた。慎一は既に中に入っており、その横では上げ敷く振られる尻尾ものぞいている。

 手をぶらりとベッドの横に差し出すと、熱くてざらざらとした舌が舐めまわし始めた。

 後で手洗わないといけないけど、少し気持ちいい感触だった。


「で、体調はどうよ?」

「まあ生きてるからいいんじゃない?」

「おいおい適当だな」

「生きてる? とか聞いたやつよりはましじゃね?」


 ふっと笑うと、背中が痛んだ。


「やっぱ痛むのね」


 心配そうな唯の顔が見えた。

 そんな大したことない、慣れてるし、と言おうと思ったが、それより話を変えようと思い、


「俺が倒れた後、大会どうなった?」


 と聞いてみた。

 すると歩の意図を察してか、慎一がぱっと答え始めた。


「ああ、お前が担架に運ばれた後、そのまま閉会式。リズが優勝旗受け取ってたよ。ってか最後、リズが悪魔使いに剣突きつけたの、覚えてる?」


 歩がうなずいた。うなずいてから、そういやリズが来ていないことに気付いた。

 そしてもう一人も。


「えっと、リズは――どんな感じ?」


 ひとまずリズのことを聞こうとして、けど来てない? と言うのは、無神経な言葉な気がして、そう尋ねた。

 すると、慎一がにっと意味深な笑みを浮かべた。


「いつも通り。少なくとも、周りからは」

「リズの告白、断ったんだって?」


 そう言った唯の顔は、気まずそうな顔だった。

 慎一のように面白がっているようでも、怒っているようでもなく、気まずそうな顔。

 なんとなく、どんな顔をしていいのかわからないのだろう。


「うん、断った」

「あんな綺麗で良い子振っちゃうなんて、なんてひどいやつだ!」

「慎一、黙ったほうがいいよ」

「で、どうして断ったの? 正直、嫌いじゃなかったでしょ?」


 笑い混じりだったが、マジの声だった。慎一を咎めた唯も、黙って歩をみてきた。

 だから歩も真面目に答えた。


「一番じゃなかったから。それしか、言えなかった」


 歩がそう捻りだすと、二人は黙った。

 それで二人もリズを好ましく思っていたことがわかった。

そして気付いた。リズを含めて四人で過ごした関係はかげがえのないもの、それは失われてしまったんだ、と。

もう一つの四人の関係との両立も、五人での関係の成立も、不可能なことだったが、それでも大切なものを失ってしまったことには違いなかった。


「まあなんにしろ、今回も我がギルド部はしっかりと成績を残せたわけで、部長としては鼻高々だわ」


 慎一がおちゃらけてそう言うと、少しだけ空気が和らいだ。

 それで息もつけないような雰囲気が解けて、ようやく息継ぎできたように唯がもらした。


「最後の大きなイベントも無事に終わってよかったね」

「だな~ あとは卒業までの準備って感じだもんな」


 これでギルド部ももう終わりか~、という二人の顔は、寂しそうな、しかし決まったもののあるように見えた。

 そういえば聞いたこともなかったが、二人は進路どうするんだろうか。


「慎一は進路どうする?」


 歩がそう言うと、お、と意外そうな慎一の声が返ってきた。


「おう、ようやく歩さんも考えだしたか」

「っつっても、そういや慎一は家業継ぐのか」


 言ってから、慎一が実家のギルドを継ぐこと位決まってたと思いだした。

 慎一は含みのある笑みを浮かべた。


「おうよ。ギルド部もそのためだったしな」

「箔はついた?」

「ここだけの話、かなりね」

「ギルド部やって、一番実になったのは慎一だったかな」

「まあそう言うなよ。楽しかっただろ?」


 そう楽しそうにいう慎一だったが、そうした余裕のある態度にも、卒業後のためにもしっかりと準備をしているのが感じられた。

 聞いているこちらが嬉しくなる位、充実しているのがわかる。


 羨ましいな、と思いつつ、次は唯に聞いてみようか、と思ったが、口に出す前に止まってしまった。

唯はくすくす笑っていた。そんな唯だが、生い立ちはかなり複雑だ。当然進路もそうだろう。

 となると、この空気のときにそれを聞くのは、水を指すことになる。

 また後でいいか、と結論づけようとしたところで、


「そういや唯はもう決めた?」


 となごやかに慎一が尋ねた。

 いいのか? と身体を強張らせながら、唯の顔を見る。

意外に、くすくす笑ったままだった。特に無理をしているようには見えない。


「決めたよ。藤原を継ぐ」

「そうか」


 二人は全く変わらずそう言った。

 なごやかな様子と、口にした言葉の重大さの差が大きすぎて、歩はほぼ脊髄の赴くままに尋ねてしまった。


「どういうこと?」


 唯の顔に、少し困ったものが混じったが、それでもなごやかなままで、答えた。


「実は私、最近慎一と二人で話すこと多かったからね」

「お前らのことでな」


 お前ら、つまり歩、リズ、みゆきのことか。それなら歩が知らなくても仕方がない。


「それで行き詰ったときに、進路のこととかも話してたから、それで知ってんだよ」

「慎一のギルド関連の話はためになったしね」


 だけど、なんかのけものにされたような気がして、少しもやっとしたものが残る。

 それが顔に出ていたのか、唯は困ったようにしながら、言った。


「んで、私の進路についてだけど、私の家の話はしたっけ?」

「だいたいだけど」


 みゆきからのまた聞きだったりも多かったが、おそらく大事なことは知っているはずだ。


「なら話は早い。んで結局、私は藤原を継ぐことにした。だから卒業後はあんまり会えなくなるかもね」

「激務なの?」

「多分。実績作りしに現場にも出ないといけないし、勉強も多いし。キヨモリも寝てばっかりはできなくなるね」


 そう言うと、唯はキヨモリの頬を撫で始めた。早くも目を閉じて寝息を漏らしそうになっていたが、キヨモリは唯がなでやすいように、顔の位置を調整した。

 それはあたかも、撫でる側の唯が、逆にいたわられているように見えた。

 実際、そうしたスキンシップは、むしろ唯のためだったのかもしれない。


「色々辛いことも増えそうだな」

「ならどうして?」

「幼竜殺しと悪食蜘蛛、どっちも私が継いでいたら防げたと思ったから」


 唯の答えはシンプルだった。


「もちろんそんな短絡的じゃないよ。ただ、実際はそうだったんだろうなって。自分から動いて、初めて世界は変わるんだって、わかったから」


 悟ったような、しかし妙に地についた、格言だった。

 それは、まぎれもない唯の人生が生み出した本物の言葉だと思った。


「実際、なってよかったことはあったしね。この前の銃での襲撃事件も片ついたから。詳細は言えないけど、もう狙われることはないよ」

「もうそういう世界に入りこんだってわけだ」


 慎一の尋ねかけに、唯は頷いた。辛い話のはずなのに、そうは見えなかった。

 念願の初仕事をしっかりやりとげた、そういう顔だった。


 それを見て、正直、歩はくやしいと思った。慎一と唯はもう踏み出している。

 地に足のついた、広大な世界への確かな一歩を。

 だからこそ思う。歩はこれから何をすべきなのか。


「と、ここで歩君に難問を出しましょう」


 慎一が心の内を呼んだように言った。


「何?」

「ちゃんと潜り抜けましょう、って話。俺らは退散します」

「だから何を?」


 悔しくて、いらついた感じで行ってしまったが、二人は何吹く風といった感じで、廊下に出ようとしている。


「ではさようなら」

「おい」


 本当に出て行ってしまった。結局謎のまま帰っていった。

 ドアがばたんとしまる。くそ、そう毒づこうとしたとき、ドアが開いた。

 慎一達か、と思って注視している。

 そして驚いた。


「久しぶり」


 そこにいたのは、みゆきだった。

 演技の好きなやつらだ。


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