5-1 目覚め
目覚めてすぐそこが病室だと気づける人間は二種類いる。
不幸な人間か、馬鹿な人間だ。
そして間違いなく、自分は後者だ。
目覚めてすぐそこが病室だとわかった歩の頭に、そんな言葉がふと浮かんだ。
そしてすぐに、今自分頭悪いんだな、と思った。
ノリが効きすぎて固いベッドシーツの感触に身じろぎしていると、お、と声が聞こえてきた。
「おはよう、馬鹿息子」
声の主は、パイプ椅子に座ったパンツスーツ姿の母親だった。
口元をニヒルに歪ませ、すっと足を組んでいる。絵になる母親だ、みゆきやリズとは別の意味で。
「おはよう」
「悪口には悪口で返す。そんなことも忘れた?」
「起きぬけには勘弁して……」
全く、貧弱な息子なことで、と言いつつも、類はそれ以上言ってこなかった。
「慎一達は――学校か。アーサーは隣で寝てんのか」
ベッドの隣に置かれた机の上の籠を見て言った。
籠の中は毛布がかけられており、見えなかったが、その中にアーサーがいるのはなんとなくわかった。
「今日平日だからね。後で来るんじゃない?」
「俺、どの位寝てた?」
「一日ほどね。今回は短かったわね」
「そりゃすんません」
また仕事休ませてしまった。そう思っての割と素直なすんませんだった。
類はほんとよ、全く、と言うと、それで黙った。
珍しく口数が少なく、何かあったのかな、と思ったが、目元の濃い隈を見て、ただ疲れているように見えはじめた。
これまでも濃い隈の姿を見たことはあるが、こうして本当に疲れてそうな素振りを見せるのは初めてだ。
見た目はアレとはいえ、母親も年をとっているんだな、と思うと同時に、自分の今後のことも気になった。
これから自分は何をしていくのか。どうなっていくのか。
そもそも卒業後はどうするのか。大学に行く、とは大雑把に決めているが、それだけ。
適当に入試を受けて、受かったところに入る。それだけ。
よくある無気力な学生の思考。
それでいいのだろうか。
今更過ぎるが、唐突にそう思った。
「何考えてるの?」
さすが母親。目ざとい。
「色々。そういう母さんも疲れてんじゃない?」
「こっちも色々あんのよ」
「アーサーもねこけてるしね」
「うちはみんなお疲れモードか」
確かにそうだ。
「じゃあ私帰るから、後よろしく」
「今日はありがと」
「なんか今日は調子狂うねー」
「全く」