4-5 決着⑤ 幕切れ
一個前の決着④を改稿しました。
よろしければ、そちらからご覧ください。
決着はすぐそこ。
それがここにいる全員の総意であることは、朦朧としている歩の頭でも理解していた。
ちらり、と一瞬だけ背中のほうに視線をやると、ゲル状の塊が地面に転がっているのが見えた。
それがイレイネか、大規模な雨の後、人を切り裂ける刃をもった巨大な錐を作ったのだ、力尽きるのも当然か、と思考を済ませ、目前にみゆきに視線を戻す。
一対一。ここにきて、アーサーが入ってくることもない。
そう確認するように、視線を交じあわせる。
みゆきの顔には笑みが張り付いている。
歩がずっと見てきた気取った笑みではない。
幼竜殺しとの一戦で見せたような、堅苦しいものを全て脱ぎ捨てた笑みに、何かとちくるったものを付けた笑みだ。
結局、みゆきも馬鹿だったのか、と思いつつ、棍を握りしめる。
もう一つの相棒。本来の穂先はないことに慣れ、槍であることを忘れたかのような得物。
アーサーみたいだな、と思いつつ、それを両手で握り、構える。
背中を伝う熱い液体が、痛みを伴って流れているが、もう少しと無視した。
みゆきも剣を構えた。少し右手が下がっている。歩の一撃で力が入らない、実質左手一本。
一瞬それで自分と撃ち合えるのか、と思ったが、肩と背中の痛みに現実を思い出し、徒労だったと思いなおした。
今の自分なら、アーサーにも負けそうだ。
どちらか、と言う感じもなく、足を踏み出す。
ざっざっざ、という音。
振動と筋肉の動きに、肩と背中は悲鳴を上げる。
足の動きは鈍い。気を付けなければ、つま先をつっかけて転んでしまいそうだ。
軽く動かした腕はそれ以上に鈍く、棍を振り被ったらすっぽぬけそう。
みゆきと目があう。
同じだ。走るだけでも億劫そう。
そうか、己から一歩先んじたほうが勝ちか、と思うと、嫌なことが全て吹き飛んだ。
始めは小さな音。
「ぅぉぉ」
唸るように。舌の奥底の部分が細かく振動しただけ。
「うおお」
次は喉を動かす。吐く息に、音を少しだけ混ぜ込むように。
続いて、息を吸い込む。これが最後と、次は吐き出すのみと。
そして、叫ぶ。
「うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
「はああああ!!!」
少し高いみゆきの怒号と交わる。
剣を振り被るみゆきに対し、歩も同じように棍を動かす。
音はない。痛みもどこかへ消え失せた。雑音ばかりだった身体からは、力の確かな流動が聞こえ、全てがクリアになる。
澄みきった水のような、透き通った瞬間。
みゆきの顔には笑み。おそらく自分の顔にも。
全てがクリアな中、澄んだ感情だけが残る。言葉にならない、するのが億劫な感情。
今はどうでもいい。ただ身体を動かせ。
振り下ろす。
「歩!」
そこにアーサーの声が響いた。
視線だけで音の方を見ると、すぐそばに悪魔使いがいた。
目は血走っている。自分達とは別の狂気がのぞいた。
相手をめちゃくちゃにしたい、それだけを凝縮したような、暗い喜びの光。
棍は止まらない。身体はそのためだけに終始していた。いきなり止まれない。
いや、それも散漫になってしまった。とまれ、そう一瞬思った自分の反射が、ただ動きを鈍くするだけの結果をもたらしている。
みゆきの剣と交わる。渾身のはずだった一撃は意外と澄んだ音を立て、両者すぐに跳ね返った。みゆきも驚いていたようだ。
剣と棍、双方とも手から離れ、砂地にざっと落ちた。
目の前のみゆきとばんと衝突し、二人とも跳ね返った。
身体が現実に戻り、衝突した痛み以上のものが、肩と背中で鳴り響く。
なんとか悪魔使いを避けないと、という思いはあった。
だがそれも思いだけで終わり、身体には伝わらなかった。
なんとか立っているだけ、今にも倒れそう、それが今の限界だった。
剣が見えた。悪魔使いの渾身の横薙ぎ。横から背中を狙った一撃。
避けられない。
触れる。やられる。
そう思ったとき、悪魔使いが消えた。
消えたとしか思えない速度で、跳ね飛ばされた。
数瞬遅れて眼で追うと、地面に描かれた溝の先に、悪魔使いの身体があった。
動かない、動けないのがわかった。全身を投げ出した姿に、意思は見えない。
その横に、ばさりと大きな影が降り立った。
リズとリンドヴルムだ。巨竜と、その背に乗った女騎士。
リズが下りた。抱えるように持った大剣を地面に突き刺し、腰に差していた、剣を抜く。
剣を片手に構えた態勢で、悪魔使いの身体を転がした。
歩から顔は見えなかったが、全く動かない悪魔使いの姿に、気絶しているのは明白だった。
歓声が鳴り響く。同時に起こる試合終了のコール。
振り返ってみたみゆきの顔には、仕方がないなあ、という諦めまじりの笑みがあった。
歩はその場に座り込んだ。
なんて呆気ない幕切れ。せつないなあ、と思いつつ、気を抜いた瞬間、顔が砂まみれになり、あ、倒れちゃったと言う間もなく意識が飛んだ。