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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
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4-3 決着③ 狂人

前回おやすみして申し訳ない。

今回の話はそれなりにできたと思うので、よかったらどうぞ。









 槍が降ってくる。走る。更に降ってくる。更に走る。

 時折、仕掛ける。交差する。そして次の瞬間には、また走って槍を避ける。


 言葉にすればそれだけの簡単なやりとり。


 しかしどうしようもなく楽しかった。


 対戦相手を見る。

 カーゴパンツに肌にはりつくシャツ、ブーツという模擬戦用の服装。

両手で正面に剣を持つ、オーソドックスな構え。

滑らかな長髪は首元でまとめられ、柔和で凛々しい顔には薄い笑み。見慣れた絵だ。


しかし目が違う。爛々と輝いている。

おもちゃを与えられたこどものようだが、一種の凄絶さを伴った光が見える。

いけない遊びをしているような、そんな感じだ。


頬はほんのりと赤く染まり、身体はゆっくりと上下している。疲労がたまり始めている。

しかしそれも楽しい。わかる。自分もそうなのだから。


 ぱん、と地を蹴る。途端に近付くみゆきの姿。ぴくりと腕が動き、剣を動かすのが見える。


 目と目が合う。それだけで何かを分かり合ったような気がした。


 ギルド部で別れてから、何をしていたのか。屋上での邂逅の後、何を思ったのか。

やつと二人きりだった時間はどうだったのか。どう思っていたのか。


 疑問はいくつもあったが、どうでもよくなってきた。


ほぼ無意識に棍を振るう。がん、と手応え。剣と交わる。その瞬間も何かが弾ける。

 何とも言い難い、感情の、思いの、破裂。同時に凝り固まった何かが霧消していく。

 みゆきとの間だけでなく、自分自身の中のものまで消えていっている。


 禊。それだ、今やっているのは、と思った。


 みゆきと目があう。笑み。いままでのみゆきにはない凄絶な笑み。

 みゆきも歩と同じ。わかる。分かり合っている。

 意外とこどもっぽい、脳筋なところもあるんだなと思いながら、そんなことも知らなかったの、と突っ込まれる。

 そんな気がした。


 しかしそれももう終わる。


 ふとみゆきの後方に目をやれば、イレイネが見えた。

 みゆきと同じ位の通常の大きさから、半分ほどまで小さくなっている。

 槍で放出した分だ。狙いを外しくだけた水は、そのまま捨て置かれることなく、本体の方へずりずりと移動しているのだが、それが槍の放出分に追いついていない。

 序々に足元の水たまりのかさは増しはじめている。踏み抜くときの感触が序々に厚くなっているのでわかる。


 破局はいずれ訪れる。それもそう遠くない内に、歩にとって有利な方へ。


 そう思っていたとき、みゆきが、イレイネが動くのが見えた。

 構えがやや前傾気味になり、イレイネの手から槍が伸びなくなった。


 代わりに、イレイネがゆっくりと両手を上げはじめた。

みんな立って、と言うように、あまごいをするように、手のひらを上に向け、ゆっくりと。


 同時に前面で浮きあがる。水たまりと思っていたものが、一斉にきらきらと光る粒へと変わり、宙を満たしていく。


 雨だ。


 とっさに両腕を上げ、目を庇った次の瞬間には、全身を雨粒が叩き始めた。


 それは横殴りだった。文字通り、無数の雨が真横から叩き続けてくる。気を抜けば飛ばされそうだ。

 おそらくこれは、雨というより竜巻。雨粒の竜巻。

視界が両腕の隙間から、ほんの少しの見通ししかないが、おそらくそういうことだろう。


 飛ばされないよう腰を低く構え、雨粒を受ける。

全身を無数の小さな腕で殴打されるような感覚が走り、ざーざーと轟音が聴覚を占める。

視界はなく、水の匂いしかしない。舌には粘っこくなったつばの微かな酸っぱさと苦さののみ。

頭がぼうっとしそうになる。わけがわからない。


 そのとき何かが見えた。

ばっと身体を後方に飛ばすと、ばしゅんと抜ける音。

水を斬る音。みゆきの剣だ。


 続けて後方に飛ぶ。後を追って剣が振るわれる。その繰り返し。

 棍は使えない。使おうと腕をどければ、かすかな視界がなくなってしまう。

 かすかとはいえ、なんとなく動きを察せられるのは、そのかすかがあるからだ。

 できるのはただ避けるのみ。それも微かな五感と、その情報を元にした勘頼りの。


 ただ一生このままされっぱなしでいるしかないかというと、違う。

 一度だけ――確実な一撃を狙うとき、一度だけ振るえる。

 成否がほぼ結果に反映される、賭けだ。


 狙うなら、みゆきが攻め疲れたときか、空振りすることに慣れたとき。


 さあ行くか、と思い始めたときには、全身を叩きつける雨の感覚が薄れはじめていた。

代わりに冷えた感触、全身の肌を覆う雨つぶが、熱を奪っている。

剣をよけようと激しく動かしているため、身体の芯の部分は熱い。しかし寒い。

真冬に軽装で激しい運動をしているような感じ。

そして遠からず体調が崩れそうな悪寒。


やるしかない。


 バシュン。剣が雨粒を裂く。

 バシュン。まだだ。

 バシュン。変わらない。

 バシュン。まだか。

 バシュン。――ほんの少し、音が低いかも。

バシュン。気のせいか?

 バシュン。間違いない。キレが鈍くなってきている。

 バシュン。――次だ。


 棍を握る。こころなしか、きりきりと全身が締まった感じがした。


 バシュン。


 そう聞こえそうな一瞬前、目をつむり棍を振るう。

 両腕で、渾身。

そのはずが動き出した瞬間鈍い感覚がした。

途端に続く、あ、これだめだ、という感触。

空振り。


 まぶたに水が張り付いた。

異物がアウトの目と、皮膚一枚挟んでの精霊型の水。

 視界は完全に塞がれた。


 そして続く衝撃。身体が真横へ、こんどこそ吹っ飛ばされる。


 肩に当てられた。剣の、おそらく刃ではなく横の部分。

 だがそれでも十分な一撃だった。


 ずささー、と地面を滑る。「くっ」と声が漏れた。

 すべっていると途中で全身を包んでいた感触が消えた。雨の圏外にまで飛んでしまったようだ。

 背中にどん、という軽い衝撃を受け、ようやく止まった。おそらく壁だ。


 痛みに抗いつつ、なんとか起き上る。すぐに目をごしごしと擦り、水をあらかた飛ばし、おそるおそる目を開けた。

途端に広がる光景。勢いを失っている雨に、きょとんとした観客、反対側端の悪魔使い組とリンドヴルムに乗ったリズ達、そしてすぐそこにみゆき。


 爆発する歓声に乗り、みゆきの声が聞こえてきた。


「上」


 言うが否や、みゆきは突進してきた。

 それを見ながら、ちらりと上空確認。


 巨大な槍。いや、棘。下向きに向いた、透明の円錐がそこにあった。

 透けて見えた円錐の底の部分に、小さなみゆきに似た――イレイネがいる。

この円錐が本体。つまり、強度の高い、受けてはならない武器。


 そこまで至った時には、みゆきはすぐそば。振り被った剣。

 気付くまでにかかった時間は一秒に満たなかったが、余りにも遅れてしまっていた。


 慌てて棍を握り、前へ。

棘はダメ、避けたらみゆきに狙われる、ならみゆきに向かう。

 ほぼ反射の思考だった。


 剣と棍が交わる。幾度となく繰り返したもの。そして常に歩が勝った。それも向かった理由だった。


 しかし棍を振った瞬間、右肩に鈍い痛みが走った。

みゆきの一撃による負傷。

そう頭をよぎったときには、歩が弾かれていた。

 身体は元いたところ、つまり棘の下。

 急場作りの姿勢、万全の態勢から勢い付けての一撃、負傷、疲労、一個前の攻防の結果での雰囲気。


 それらが全てよぎり、雨にぬれてどこか艶めかしくなったみゆきの、見開く眼が見えた後、背中でぷつり、という音がした気がした。


 すっと滑る。左肩から真下に、肌を肉を。

そしてすぐに激痛。雨でうっすら濡れた肌を、血が滴る感触。


ああ、これはダメな感触だ。そう思った。怪我の経験が多いだけに、歩は自分の傷の程度には詳しい。


「歩!」


 剣を半ば捨てるようにしながら、駆けよろうとするみゆきが見えた。


 対戦相手に傷を負わせて慌てるなんて言語道断かもしれないが、それも仕方ないか、とも思ってしまった。

 そもそも今回の大会はぬるい。剣は刃引きするし、パートナーの牙や爪にはサポーターをする位だ。

 選手同士でも暗黙の了解として、やりすぎないのはある。棄権が多いのもそのためだ。


 この後、試合はみゆき達の勝ちで終わり、歩は勝者であるみゆきに付き添われ、担架で退場、病院へ移動。そしてそれらは自分が意識のない中、行われる。

 大会は後味の悪い決勝で終わり、盛り下がって終了。喜ぶ姿は、何故だか悪魔使いだけ想像できた。

 そして気がついた歩。そしてずっと付きそっているみゆきを見る。自分が負わせたため、おそらくみゆきはずっと自分につくだろう。

 そのとき、目があう。喜ぶみゆき。涙を流す。そして途方に暮れる歩。


 それじゃ、だめだろう。

 そこに先程までの夢のような共感と理解はない。

 そして一生、ない。


 歩は、声も漏らせない痛みの中、それはダメだ、と思った。


 ノスタルジックになっていた脳みその幻想かもしれない。

 しかしみゆきにここで助けられては、この戦闘はそんな終わらせ方ではいけないと思った。


「あああああああ!!!!」


 振るい起こす。怪我? 傷? 冷えた身体? 疲労。


 そんなもの何もない。


 あるのは、一つ。


 棍。


 背中の傷を無視して、全身を振り絞る。傷から血が流れ出る。だからどうした。


 え、という口の形できょとんとしたみゆきを見て、軽くしか握られていない剣に向かって、思い切り振るった。


 がん、と当たり、剣が飛んで行く。そして余力がみゆきの右腕に。

 骨が折れる感触はなかった。しかし確実な一撃だった。

 当てた瞬間、歩の右肩と背中の傷もはげしく呻いたが、満足な一撃だった。


 そのまま倒れこみそうになったが、なんとか踏みとどまる。

 棍を左手で地面に刺す。そうしないと持ってられそうになかった。


 飛んで行ったみゆきに視線を向ける。

途中、あぜんとした観客が目に入ってきたが、無視した。


 みゆきは既に立ち上がり始めていた。右手はぶらんとさせている。

 顔が見えた。

 笑っていた。これまでで一番の凄絶な笑みだ。ぞくりと冷たい血が巡るような、妖艶さがあった。


 歩も笑った。なんて馬鹿な二人だ。


「甘かったな」

「だったね」


 みゆきの声には力がない。自分で言うのもなんだが、かなりの一撃だったようだ。


「では、行こうか」

「はい」


 お互いの声は本当に小さい。聞き取れているのが不思議なくらい。

 しかしお互い聞こえている。わかる。


 棍を抜き、左手で構える。右手は添えるだけ。背中からはだらだらと力が抜けていっている。


 次で決まる。そして、みゆきもまた同じ気持ちのようだ。


 ああ、なんて気持ちのいい勝負なんだろう。


 笑みがこぼれる。みゆきもまた笑う。

狂人同士だ。観客には間違いなくそう見えているに違いない。

だが何故かそれがどうしようもなく嬉しかった。


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