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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
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4-2 決着② 理想の女









 歩が最初に動いた。

 合図が終わると同時に身体を撥ねさせる。

 様子を見るなんて、一切しない。


 狙いは、みゆき。

 戸惑う敬悟と悪魔を横目で確認しつつ、数秒でみゆきのもとに辿り着くと、槍を振るった。


 身体ごと叩きつけるような横薙ぎの一撃。

 それをみゆきは正面から受けた。

 歩の捻る方向とは逆に身体を捻り、同じようにして剣を振るう。

 同時にイレイネが身体の各所に展開、ふくらはぎの裏、肩、背中、首、つっかえ棒のようにして、みゆきを支える。


 目が合う。不惑な笑みを浮かべていた。

しかしそれは歩も同じだった。


 激突。

 十字に剣と棍が交わった。

 ガン、という音と共に足元の砂が舞い上がる。

 歩の身体の中を骨と筋肉の悲鳴が通りぬけ、びりびりと全身が震える。


 そして手応え。

 みゆきはイレイネごと後方に飛んで行った。


 やはり膂力は自分が上だ、と確かめつつも、身体は更に地面を蹴った。

 地面を削って減速するみゆきに向かい、雨あられと棍を浴びせ始める。


 みゆきはそれを剣で防ぎつつ、避けてきた。

 が、全ては防ぎ切れない。

 何撃目かで、肉をこそぎ取りそうな一撃が皮膚上を擦過する。いける。


しかし次撃でみゆきとの間にいきなり透明な膜が滑りこんできた。

イレイネだ。とわかったときには棍を突き入れてしまっていた。


 ほんの少しの感触を残し、棍は膜を貫いたが、その先の標的には楽に避けられた。

 そして引き戻すときの感触がぬるりとする。


 膜に掴まれる、距離を取るべき、と反射的に体重を後ろにかけた。

 瞬間、膜を貫き、剣先が飛んできた。


 とっさに避けるが、頬にひきつる痛み。

 やばいと全力で後方に飛びのいた。


 数歩分の距離でみゆきと見合う。

 みゆきは軽く息が上がっていた。しかしどこか満足気だ。

 歩の知るみゆきなら、あの場面で反撃は返って来なかった。成長している。


 くい、と小首をかしげた。どう? と言った感じだ。


 どっと観客が湧いた。怒号となって全身を包む。


 一息、少し大きめに空気を吸った後、棍を構える。

 みゆきもまた剣を前へ。背中にいるイレイネの両手が前に突きだされ、先がとがっていく。

 少しだけ見合った後、同時に地を蹴った。









「あら、見ない間に、二人ともそこそこなってんのね」


 うるさい位に周りが盛り上がる中、類さんがそう呟き声が聞こえ、そちらをばっと振り向いた。


「そこそこって、類さん、めっちゃくちゃじゃないですか、あいつら」


 同じように振り向いた慎一が言った。唯は知らなかったが、二人は知り合いのようだ。

 歩と慎一が仲がいいことを考えると、自然なことだが。


 それは置いておいて、会場を見る。

 そこには見たことのない光景があった。


 どっしりと構える美剣士、その周りを駆け続ける影、そして影に飛び続ける槍。


影の、歩の動きは人というより犬型のそれだ。

 顔がほとんど見取れないほどの速度で、流麗に動き続けている。


 そしてそのすぐ後ろを、通り抜ける数多の槍。透明で巨大なそれは、円の中心、みゆきの背にかまえたイレイネからだ。

 太陽の光できらめくそれは、イレイネの腕から離れると途端に巨大化、超速で歩に飛来、そして足元に穴を開け続けている。

 そしてその槍は、始まってから絶えたことはない。常に歩を狙い続けている。


 しかし歩は一度も直撃を受けていない。それどこか時折反撃をしている。


 円形の動きを続けていた歩は、くん、と方向転換した。

 そう見えた瞬間には、がん、という金属同士がぶつかりあう音。剣と棍が交わった音。そして巻き上がる砂。


 だが砂が落ちきる前に、二人は離れている。そして槍が飛び、歩が影となる。


「壮大だね」


 唯は思わずそう漏らした。


「確かに、絵になるね」

「じゃ、ないですよ!」

「まあまあ慎一落ち着きなさい。そんなはしゃいでると疲れない? ほら飴ちゃん」

「どもっす、ってあんたどこのおばさんですか!」

「種別はおばさんよ」


 本当にいつも変わらない類さんだ。

 ひょうひょうとして、つかみどころのない、そして恰好いい。

 職場からそのまま来たのか、パンツスーツ姿だが、女の私でも身惚れそうになる。

 昼も過ぎたのにぱりっと糊のきいたスーツ、品がたもたれる程度に胸元があけられ、そこにはささやかなネックレスがおさまっている。

 セミロングの髪は毛先まで輝き、気の強そうな眉と自信に満ちた顔には微笑がたくわえられている。

 仕事バリバリの理想のお姉さん。そんな感じだ。


「見た目は負けないけどね~」

「類さんは、二人の動き、そこそこですか?」


 飴を慎一に押し付け、黙らせた類さんに、唯は尋ねた。


「あの二人なら慌てるポテンシャルじゃないでしょ。精霊型と、竜使い」

「二人とも、その限界クラスじゃ?」

「二人とも私の子どもみたいなもんよ?」


 母親は全てを知っている。そういうにやっとした笑みを浮かべた。

 そう言われると、何も言えない。


「まあ後は試合見ようか。慎一、見えてる?」

「見えてますよ」


 むっとしつつ試合から目を離さない慎一を見て、そっか、頑張れ、と類さんは言うと、ぐっと私に寄ってきた。


「慎一、どう?」

「どうとは?」

「頑張ってるよね、って話。超人に囲まれて」


 歩、みゆき、そして僭越ながら私。


「貧乏クジひいてもらってますね。ありがたいことに」

「申し訳ないことでなく?」

「友達ですし。ありがたい、のほうがいいかと」

「あんたもいい子だ――んで、相談の件だけど」

「ちょっと待ってください。ここでいいんですか?」


 横目で類さんを見た。いつも通りで、息子の試合を身に来た姉といった感じだ。

黒い話を切り出したようには見えない。


「こういうとこだといいのよ。こんだけうるさきゃ聞こえないし」

「でも」


 ちらりと視線をやると、慎一と目があった。咎めるような目をしている。

 試合中、なにひそひそ話てんだ、って感じだ。


「大丈夫、中身まで聞こえてないよ。それに――慎一! 女子同士の話にからむような男はモテないよ! それとも試合が目で追えない?」


 わかってますよ、というと慎一は試合の方に目をやった。


「こうやっとけばいいでしょ」

「悪女」

「まっさらな聖女なんてつまらないでしょ? みゆきは勘違いしてたけど」


 それには唯も同意だった。

 そう、みゆきは勘違いしていた。


「理想の異性になろうとして、聖女を描くあたり子どもだよね。ほんと、不器用な子」

「歩に惚れられるように、ですよね」


 今思えば、みゆきにとって歩は特別だった。

アーサーも交えてとはいえ、一緒に帰ったりもしていたし、誰よりもフランクに接していた。

義理の兄妹みたいなものだから、といえばそうかもしれない。

しかし、一緒に弁当を作り始めると、みゆきの歩への好意は、兄妹のものではないのがはっきりわかった。


 最初はみゆきと唯の二人分だったのが、歩と慎一、アーサーの分も入れるようになったとき、作り方が変わったのだ。

 何が、とは言えない。手順は全て変わらない。

若干丁寧な作り方になったが、それも明確な差じゃないと思う。大人数になったから、というのも違う。

 多分これが恋する乙女の弁当作りなんだな、と思ったのは、歩が食べているときのみゆきの顔を見たときだ。


 苦笑いしながら、類さんは頷いた。


「清廉潔白、誰にでも優しく、自分に厳しく、なんにでも取り組み、こなし、いつも人より一歩ひいて動く。大和撫子、理想の嫁、ってとこかな」

「でも理想の恋人じゃない。まるで現実感がない」

「だってそんなの異性じゃないもんね」


 歩とみゆきの間にあった壁は、そういうことだったんだろう。

 類さんは、どこか悲しそうに、今にも消え入りそうな儚い顔をした。


「本当に、不器用な子。生き方も何もかも。こんな男同士の殴り合いでしか、思いを交換できないなんて」


 言われて、二人を見てみる。遠目で激しい動きになかなか見えなかったが、目を凝らすと、二人の顔が見て取れた。

二人とも笑っていた。一種の凄絶な笑みではあったが、楽しそうだ。

 類さんに言われて、これは二人は初めての夫婦喧嘩みたいなものなんだな、と思った。


「凄まじい夫婦げんかですね」

「お、いい言葉。全くだね――で、本題に移ろうか」


 本題。

 言われて思いだした。

 そう、これは本題じゃない。別にある。

 少し頭を切り替えようと、少し類さんに抗弁してみた。


「さっきもそんな切り出しでしたね」

「人を驚かすの好きなの」


 背中をつーっと撫でられて、首のあたりが寒くなった。

 抗議の目を向けると、にやにやとした笑みで、で、本題、と言ってきた。


「依頼された資料は後で渡すよ。みゆきの両親のこととか、今回の顛末とか」

「お願いします」


 三日程前に、歩に聞かれないよう、学校が始まった後を見計らって、学校をさぼって水城家へ行った。

 そしてそこで、類さんにお願いをしたのだ。


「急なお願いしてすみません」

「そりゃ藤原の御嬢さんにお願いされちゃね」


 藤原。聖竜会でも名高い名家だ。

 そして、私が卒業後に背負う名でもあり、使って行く権力だ。

 その手始めが、類さんへのお願いだった。


「あんた、背負うつもり?」

「できることだけ多くを」


 幼竜殺し、悪食蜘蛛。どちらも防ごうと思えば防げた事案だ。

 私が藤原の後継者となろうとすれば。

 そしてそうなれば、より多くを助けられる。

 たとえば、今回のこととか。


「襲撃は誰の仕業かはわかった?」

「あそこの馬鹿です」


 会場の隅で、リズにあしらわれている悪魔使いを指して言った。


「兄が警察官で、拳銃はそっから手に入れたみたいです」

「そんなまでして勝ちたかったか」

「欲しかったんでしょうね。実績が」


 卒業後、それなりの進路に進もうと思えば、実績が必要だ。

 警察にしろ軍にしろ、幹部は八割竜使いだ。

残りの二割に入りこむには、個人でも実績がいる。

それをてっとりばやく手に入れようとした、馬鹿とその家族の暴走が、キヨモリが撃たれたあの事件の顛末だ。


「みゆきの力を目にして、変わったんでしょうね。勝てるかも、って」

「みゆきのお父さんも見る目がないですね」

「あそこも色々あんのよ。それも資料に入ってるから」


 観客が湧いた。会場に変化があったようだ。


「ま、これで終わり。私達も試合を見ましょう」

「一つ、質問いいですか?」

「何?」

「類さんは一体何者なんですか?」


 竜使いの奇形児であるみゆきを預かり、変型の竜であるアーサーと歩の母。

 そして藤原家の後継者が、自身の襲撃について調べていたことを知っている人。


「秘密」


 類さんの顔を見る。いつも通りの笑みだった。勝ち気な大人の笑み。

 そしてそれがこれから私の行く世界に必要なもの。

 後半年か、と思うと、泣きたくなった。


「ちなみに襲撃事件の話はかまかけね。あったのは知ってるけど、後はさぐり。どうせ調べてたんでしょっていうね」

「それもかまかけですか?」

「やるじゃん」


 乾いた笑いが漏れた。


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