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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
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3-i どうしようもないもの









 イレイネが生まれた翌日、私は歩も通う、普通の小学校に入学した。

 貴族の世界から一般の世界へと遷移した身にとって性急で、息をつく暇もなかったが、それが逆に有難かった。

 家のことも、歩とアーサーのことも忘れられたから。


 私にとって、それは初めてのまっとうな学校だった。

 策略のない、普通に子どもを成長させるための場所。

 家柄や親の立場に左右されない、一から社会を築く学び舎。


 初めは不安だったが、自己紹介を終えて、自由時間になり、少し過ごすと、安堵できた。

 想像していたのと違って、彼らは私の知っている小学生、元友人達と変わらなかった。


 思ってみればそれもそうだ。

元友人達とは足し算やひらがなやっているときからの付き合いだ。

家の意識があったとはいえ、それも子どもに過ぎない。

 彼等もいつも演技していたわけではなく、ただ親に言われて仲良くし、無視しただけかもしれない。


 だからといって、もう彼等と道が交わることはないだろうが。

 重要なのは、新たな生活だ。


 男子からも女子からも受けは悪くなかった。

 ちやほやされる転入生にいらついた様子の人も、話している内に仲良くなれた。

 これまでの経験が十二分に生きた。

 特に最近一年間の公私にわたる優等生としての経験は、私の身となっていた。


 久しぶりの気兼ねなく過ごせる日々が私を迎えてくれた。

 ただ一つのしこりを除いて。


 同居する歩とアーサーと、私は未だに馴染めなかったのだ。

 どうしても歩とそのパートナーを見ると、嫌なものが胸の内に湧いてきた。

 それはいけないことだとわかっていた。

 しかしどうしようもない。

当然の感情だからだ。


イレイネが竜だったら、目の前の歩とアーサーから、竜使いの部分だけを私がもらえたら。

もしかしたら、実家に帰れる。

父と本当の意味での家族になれ、母は正気にもどり、使用人たちもお嬢様と呼んでくれる。


夢想でしかないことはわかっていた。しかしやめられなかった。

そしてだからといって、私の中の嫌なものを他人にぶつけてよくも、当然ない。

私はただ歩を遠ざけることしかできなかった。


 話しかけることなんてできないし、話しかけられても上手く返せない。

 必要最小限の会話しかなかった。


 一か月ほどたっても、何も進展がなかった。

半ばこのままで過ごしていくのかと思っていると、夜ごはんの後、類さんがいきなり、一か月家を留守にするから、と言いだした。


 長期の出張が入ったらしい。

 私を迎えたことと、歩が特異な竜を産んだことで、様々な手続きや付添に時間をとられ、大分仕事がたまっていたらしく、仰せつかったとのことだった。

 類さんは言わなかったが、貴族とそれ以外との生活の差を、私に教えるのにも大分時間をかけてくれていたのもあった。


 文句を言えるはずもなく、歩、アーサー、私、イレイネの生活が始まった。

 私はようやく一人でシャワーを浴びたり、脱いだものを指定の場所に入れることなど慣れたばかり。

勿論家事は何もできない。

歩はいくらか類さんから仕込まれ、説明を受けていたようだが、それも手慣れるところまでは至っていなかった。

インテリジェンスドラゴンにも、そうした実務はできない。

イレイネは生まれたばかりで私と同じ。


悪戦苦闘の日々が始まった。


歩は率先して家事をこなした。

アーサーも、なんだかんだ言いながら手伝っていた。

見てはおれん、なんて言いながら、料理関係には積極的に動いた。


大して私は何もできなかった。仕事を探しても手間を増やすばかりで、かえって邪魔になる。

初日は歩の後をついていくことしかできなかった。


申し訳ないと思いながらも、どうしても歩達と触れあいたくない私は、ただごめんねと言うしかできなかった。


話しかけてきた私に、歩は驚いたが、すぐに俺も似たようなもんだから、ご飯美味しくなくてごめん、と言った。

アーサーは特に何も言わず、無表情に私を見るだけだった。


屈託のない歩を見て、私は何も言えなかった。

ただ私の黒い部分は、自分に向けられている部分が多いんだな、と思った。


 一日が終わり、なれないことで疲れた身体をベッドに横たえる。

 不思議と眠気は薄かった。色々考えてばかりだったからかもしれない。

 床についても、考えごとは次から次へと湧いてきて、私を休ませなかった。


 精一杯頑張っていた歩と比べ、私は何ができるのだろうか。

 嘘ばかりだと思った。

 ここに来るまでの生活は嘘まみれだった。

 ここに来て、学校での生活も、思ってみれば嘘だらけだ。

 相手の視線に立ち、都合のいい自分を演じる。不快に思われない言動に気をつける。

 どれも嘘みたいなものだ。


 意義のあることは何ができるのか。

 勉強? そんなものが何の役に立つ。少なくとも家事には何の役に立たない。

 なんて自分は空虚なんだろう。

 皆、なんてすごいんだろう。

 気にしていなかった使用人たちの仕事も、こんな感じだったのか。


 気付けば、朝になっていた。

 一応、眠れたようだった。


 一週間はまたたく間に過ぎた。

 家事に追われた。

 洗濯一つにも発見がいくつもあり、人の生み出したものがいくつも見えた。

学校でも余裕がなくなった。

いつもなら細かな言動まで気を配っていたが、ふと振り返ると何を言ったか記憶がなかった。


二週目に入ると、今までになかった感情が芽生え始めた。

感謝だ。

こんなにも大変なことを、面倒なことをやってくれている人達。

それ以外の仕事も、苦労している。

ありがたい、と思った。


三週目に入ると、頭が軽くなっていることに気付いた。

 不思議と、元友人達のことを思い出しても、何とも思わなくなっていた。


 四週目。

 ありがたい。

 この四週で一番そう感じたのは、歩に対してだった。

 家事をしてくれることも、歯切れの悪い私に話しかけてくれることも、全て。

 いつのまにか、憎しみも嫉妬も薄れていっていた。

 このころになると、アーサーも話しかけてくるようになった。


 類さんが帰ってきた。


 何もなかった、と類さんが聞くと、歩が悪態混じりに自分と私の成果を誇るように色々言った。

対して類さんは当然、と答えたが、しょげた歩を見て、ま、あんたにしちゃよくやった、と加えることは忘れなかった。

 歩は嬉しそうだった。アーサーも似たようなものだった。


 それから私に視線を合わせてきた。

 その瞳はしっとりと濡れ、包みこむような視線をむけてきていた。

 それでわかった。

 彼女は私のために家を空けたのだ。


 ありがたい、と思った。


 そして隣にいる歩を見た。


ああ。思わず漏れた。思い出した。堰とめられていたものが、一気に吹き出した。


 再度類さんを見る。

 煽るような、挑戦的な眼差しで、にやりと笑みを浮かべていた。理解していた。


 夕飯を食べ、風呂に入り、ベッドにもぐりこんだ。

 それまで漫然とこなしていたそれらが、全く別の視点で見えた。


 瞼を閉じて、類さんに対して思う。

 ごめんなさい。

 私はあなたから大事なものを奪います。


 そして歩に対してまだ届かないでほしい思いを口にする。

 あなたが好きです。


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